朝。目が覚めたら、まだまどろみの中だった。
まどろみの中で知る、私は夢を見ていたのだと。
(誰かと手を繋いでいた。温かい――)
まどろみが浮かび上がっていく。
(隣にいたのは、青い瞳をした、大事な人――)
意識が、覚醒していく。
(その大事な人は、私にとても大事なことを言っていた――)
目が、覚めていく――。
(私の名前を呼んで、呼んで……。「大事なことだからね」って……。なんだっけ?思い出せない)
先程まで覚えていたはずの、大切だったはずの言葉が、朝の光に霧散した。
(とても大事なことだったのに。どうして。さっきまで覚えてたのに。あの人の顔も、もうおぼろげ……)
どこにもいかないでほしかった夢の記憶は覚醒とともに消え去り、昼には夢を見たことしか思い出せなくなっていた。
/6/23『どこにも行かないで』
誘われたから、仲間に入った。
冒険だから、共に戦った。
回復役(ヒーラー)だから、傷を治した。
咄嗟の攻撃を受けた時、あなたが私をかばった。
防護壁(シールド)が張れないから、強力な回復呪文を覚えた。
すべてあなたから始まったこと。
すべてあなたのためにしたこと。
あなたが勇敢な姿を見せてくれたから、私は――。
「どうした?」
「なんでもない」
見つめていたことがバレたが、何事もなかったようにごまかす。
「先を急ぐぞ。魔王城はすぐそこだ」
勇者の背中を見ながら、私は今日も仲間たちと冒険を続ける。
/6/22『君の背中を追って』
好き、嫌い、好き、嫌い、好き…………。
一片一片散っていく花びら。
それはまるで花占いのよう。
あぁ、ほら。また散っていく。
先程『好き』だったから、今度は『嫌い』か。
好き、嫌い、好き、嫌い……。
花が散る様子を見ていたら、突然の強い風が周囲を襲った。
自然に落ちていた花弁が突風の暴力によって、一息に花びらを散らしていった。
あとには、ひとつふたつしがみつくように残る花弁のみ。
花占いは途中で終わってしまった。
あぁ、でもこれは『好き』でも『嫌い』でもない、『無関心』ということなのかしら?
/6/21『好き、嫌い』
「雨のにおいがする。ここ入ろ」
かおりが日傘を畳んで喫茶店のドアを差した。
表に出ている看板に『淹れたてコーヒー』と『ケーキセット』の文字とイラストが躍っている。
言葉なく頷いたゆうきは、先に店に入るかおりの後に続いた。
「えーと、私このケーキセットとアメリカンで。ゆうきは?」
「私もケーキセット。ブレンド。ホットで」
かしこまりました、とメニューを下げていった店員の制服がかわいいとかおりが言う。
「さ、て」
店員がカウンターの内側に入ったのを見届けて、かおりは一言ずつ区切って言った。
「大丈夫?話聞くよ?」
今日は二人で三ヵ月ぶりに会う予定だった。駅前で待ち合わせて、手を振りながら来たかおりの顔を見たゆうきは、そのまま俯いてしまった。
かおりが何を言ってもたいした返事が返ってこないので、とりあえず歩き出したところだったのだが――。
「かおり……」
ゆうきが自分を呼んだ顔を見たかおりは何かを察し、通りすがりに見つけた喫茶店に入ったのだった。
「ほら、拭かないと乾いてカサカサになっちゃうよ?」
注文を終えた後、ダムが決壊したように声もなく泣き出したゆうきに、かおりはハンカチを差し出した。
窓の外では、ゆうきの涙に呼応したように雨が降り出した。
二人がカップに口を付けたのは、すっかりコーヒーが冷めてしまったあとだった。
/6/20『雨の香り、涙の跡』
「もしもし、もしもーし」
孤独な穴の中で、誰かいないかと“それ”は彼方に声をかけた。
だが、闇から答えるものは何もない。
「もしもーし……。だれもいないの……?」
何もない闇の中、ひとりぼっち。
寂しくて寂しくて、手で口を囲うように筒にして声をかける。
「おーい、おーい」
やはり答えるものは何もなく、“それ”はとうとう寂しくて泣き出してしまった。
「くすん、くすん」
静かに、静かに涙がこぼれる。
「くすん、くすん」
どこから来たのか、どうしてここに来たのか、”それ”はわからない。
わからないのに、ひとりぼっち。何をしたらいいのかも、わからない。
「くすん、くすん……――あれ?」
”それ”がしばらく泣いていると、するすると白く光る線が降りてきた。
線は”それ”の足元にとぐろを巻き、しゅるしゅるとかさなっていく。
じっと線が重なるのを見ていた”それ”は、ふと思いついた。
(なんだか、これ、『いと』みたいだな)
光る線の端を持ち、苦労しながらなんとかそれを小指にくくりつけた。
(もしかしたら、いつかなにかでみた『いとでんわ』ができるかもしれない)
糸の光に勇気をもらったのか、少し元気が出た”それ”は、もう一度手で口を筒のように覆って、闇の中に声をかけた。『糸』をくくりつけた小指を少し立てて。
「おーい、おーい」
声をかけてしばらく待ってみる。
しかし、何も返ってくることはなかった。
「やっぱり、ボクはひとりなのかな……?」
新たにやってきた寂しさに、再び涙がこぼれそうになっていると、
「……ーい」
何かが闇の彼方から聞こえた。
”それ”は三度手を筒にして叫んだ。
「おーい!」
「……おーい」
声が返ってきた。”それ”は嬉しくなって更に叫んだ。
「おーい!いるよ!ボクはここにいるよ!」
「誰だー?そこに誰かいるのかー?」
今度は明確に返事が返ってきた。”それ”は喜び、その場で飛び跳ねた。
また手を筒にして、声に返した。
「ボクはここにいるよー!」
/6/19『糸』