箱庭メリィ

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「雨のにおいがする。ここ入ろ」
かおりが日傘を畳んで喫茶店のドアを差した。
表に出ている看板に『淹れたてコーヒー』と『ケーキセット』の文字とイラストが躍っている。
言葉なく頷いたゆうきは、先に店に入るかおりの後に続いた。

「えーと、私このケーキセットとアメリカンで。ゆうきは?」
「私もケーキセット。ブレンド。ホットで」
かしこまりました、とメニューを下げていった店員の制服がかわいいとかおりが言う。
「さ、て」
店員がカウンターの内側に入ったのを見届けて、かおりは一言ずつ区切って言った。
「大丈夫?話聞くよ?」

今日は二人で三ヵ月ぶりに会う予定だった。駅前で待ち合わせて、手を振りながら来たかおりの顔を見たゆうきは、そのまま俯いてしまった。
かおりが何を言ってもたいした返事が返ってこないので、とりあえず歩き出したところだったのだが――。
「かおり……」
ゆうきが自分を呼んだ顔を見たかおりは何かを察し、通りすがりに見つけた喫茶店に入ったのだった。

「ほら、拭かないと乾いてカサカサになっちゃうよ?」
注文を終えた後、ダムが決壊したように声もなく泣き出したゆうきに、かおりはハンカチを差し出した。
窓の外では、ゆうきの涙に呼応したように雨が降り出した。
二人がカップに口を付けたのは、すっかりコーヒーが冷めてしまったあとだった。


/6/20『雨の香り、涙の跡』

6/20/2025, 9:34:35 AM