水たまりがあった。
雨上がりの地面にあるそれには晴れた空が浮かんでいる。
カラスが二羽水たまりに映り過ぎると、女性と男児の声が聞こえてきた。
紫陽花の植わる団地内の道路を一組の親子が歩いている。
「今日はどんな一日だった?」
「きょうはねー、コウくんとおりがみしてねー、なっちゃんとおすなばあそびしてー」
幼稚園の帰りらしく、手を繋いだ親子は楽しそうに話をしながら帰路を進んでいる。
「んでねー、あっ!」
「あっ、みっくん!」
何かを発見した男児が咄嗟に手を放し、母親の声にも振り返ることなく一目散にそこへ向かった。
ばしゃん!
勢いよく黄色い長靴に踏まれた水たまりは小さく波を上げて弾けた。
幸いそれほど深くはない水たまりだったので、男児は長靴以外濡れることなく、難を逃れた。
安堵の息をつく母親の気持ちを知ってか知らずか、男児は足先で水を蹴って戯れている。
「こら、みっくん! 勝手にママの手放さない!」
男児に追いついた母親が小さな手を掴んだ。
「もう帰るよ。ごはんの支度しなきゃ、パパ帰ってきちゃう」
「え! 今日パパ早く帰ってくるの!? うん、かえる!」
母親の言葉に笑顔を咲かせた男児は繋がれた母親の手を握り返した。
仲良く手を振って帰る親子の姿が水たまりに映る。
遠ざかっていく姿の遠くに、うっすらと虹が反射していた。
/6/5『水たまりに映る空』
好きなの。
好きで好きでたまらないの。
あなたのクールなところが好き。
あなたのおちゃめなところが好き。
オシャレに手を抜かないところが好き。
あなたがどんなことをしたって受け入れるわ。
実ることはないと思っていたこの想いは
ひょんなことからかなってしまって――。
あなたがわたしのことを好きと言ってくれる日が来るなんて思いもしなかった。
大好きなの。
大好きなの。
狂おしいほど愛してるの。
でもこれは、恋? 愛? それとも――?
殺したくなるくらい好きなのは、なに?
/6/4『恋か、愛か、それとも』
繋いだ小指が覚えている。
『約束だよ』
私と、あの人との約束。
「約束、したじゃない……っ」
嗚咽に混じった悲鳴は、相手には届かない。
「ずっと一緒だって! 言ったのにっ……!」
棺桶の向こうにはただ安らかに眠る彼女の姿のみ。
だが、相手は約束を違えたわけではなかった。
(約束、守ってるよ。ずっとあなたのそばにいる――)
彼女は生前の姿のまま、彼女の横にぴったりと寄り添い、約束を守っている。
/6/3『約束だよ』
「お兄さん、傘忘れちゃったの? 入れてあげる」
10年以上前に潰れたタバコ屋の軒下で雨宿りをしていると、少女に声をかけられた。
180センチ超えの男が子ども用の傘に入れてもらうのは忍びないと思い断るも、少女は強情だった。
「お兄さんのおうちあそこでしょ? すぐだもん。そんなに濡れないよ」
「じゃあ、えと、お邪魔します」
登下校中に姿を見ていたのはお互い様らしく、家の場所を指され観念した。
さすがに傘を持つのは譲ってもらい、少女が濡れないように傾けようとして、傘の内側が目に入った。
「えへへ、すごいでしょー。アカリのお気に入りなの!」
女の子にしては珍しく真っ黒な傘を持っているなと思ったが、その内側は外面に対して明るかった。
ぽつぽつと黄色い点がそこかしこに飛散しており、それはまるで――
「プラネタリウムみたいでしょ!」
家の前まで送ってもらったあと、シャレたお菓子なんて用意してなかった俺は、その足でコンビニに行き後日アカリちゃんにお礼をした。
/6/2『傘の中の秘密』
広告視聴完了前にアプリ落としたので
前の内容消えてしまいました……。
ひざの上にのせた愛犬のポロを撫でながら恭子は窓の外を見た。
「あ、よかった。見てごらん、晴れたよ」
愛おしそうに背を撫でる手は慈しみに溢れている。
「よかったねぇ。雨上がったよ。雨の中いくのは嫌だろうしねぇ」
撫でられているポロは目をつむって気持ちよさそうにしている。薄茶色のくるんと丸まった毛はふわふわとしていて、まるでぬいぐるみのようだと恭子はいつも思う。
「ほらほら、虹も出てきたよ。これで渡れるね」
恭子は手を止めず、撫で続ける。
窓の外は雲の隙間から晴れ間が見えており、その向こう側にはうっすらと七色の橋が見えた。
「ポロちゃん、今までありがとうねぇ」
恭子の声が震える。ぽたりと撫でる手に雫が落ちた。
恭子の悲しみを表すように降っていた雨は、虹の橋を渡らせたい彼女の願いが届いたのか、通り雨で済んだ。
「ポロちゃん、天国(あっち)に着いたら、空から私達を見守っててね」
恭子はようやく、撫でる手を止められた。
/6/1『雨上がり』