「惚れたほうが負け」なんて言うけれど
両想いになった時点でドローでしょ
/5/31『勝ち負けなんて』
『そうして彼らは新たな街へと旅立つのだった。
〜 Fin 〜』
カタカタ、カタン、と最後の文字まで打ち終えると、作者は今までの旅を一身に背負ったかのように盛大な伸びをした。
いや、書いたのは彼なのだから、旅をしてきたのは彼だと言っても過言ではないのだが。
「うーん。ようやく終わったー。さ、休憩してから担当さんに送るかー」
独り言を呟いて彼が部屋から出ると、誰もいないはずの部屋に話し声がしだした。
『なぁ、おれらの旅、終わったって書いてあるぜ?』
『始まりがあれば終わるもの、当然でしょう』
『でもでも、まだ魔王倒してないよ?』
ぼそぼそとした声がだんだんとはっきりしだしたかと思えば、先程終了を書かれたあとの部分からつらつらと文字が増えている。
それは彼の書いたファンタジー小説の主人公たちのセリフだった。
『こんなところで終わらせられてたまるかよ』
『しかし、そうは言ってもですね。作者(神)が私達の冒険はここで終わりだと仰ったのです』
『まだまだ途中なのに? ヒドくない?』
主人公の勇者、眼鏡をかけた賢者、魔法使いの少女、セリフはまだまだ連なっていく。
『あ、終わらせなきゃいいんじゃないか?』
『は? 勝手にそんなこと出来るわけないでしょう』
『わ、ナイスアイディーア! あたし達で続けちゃえばいいんだ!』
『よし、そうと決まれば次の街へ出発だ!』
『ちょ、ちょっと、なにを勝手な――』
『おー!』
勇者たちは、閉ざされた道を切り開いてずんずん進んでいった。道なき道を進む二人を見て、賢者は戸惑っている。
『ぼーっとしてると置いていくぞー』
が、勇者の声に慌ててあとを追いかけた。
しばらくすると、コーヒーとスマホを持った作者が部屋に戻ってきた。
「あ、担当さんですか? あの、さっき書き終わったって言ったやつなんですけど、続き、思いついちゃったんで書いていいですか?」
/5/30『まだ続く物語』
「ねぇ、今日はどうするの? 泊まってく?」
「んー、いや、出てく」
「……そう」
僕の好きな人は、恋人になってくれない。
「泊めてくれてありがとね。またいつか」
「ねぇ」
彼女が左のロングブーツのジッパーを上げてる時、声をかけた。
「好きだよ」
「うん。ありがとう」
「そろそろさ」
「また連絡するね」
僕の言葉を遮った彼女は、にっこり笑ってひらひらと手を振る。
別れ際はいつも『かわいい彼女』そのものなのに。
誰かの家を転々として特定の相手を作らない。
学部も学校も違うのに、近隣の大学で有名な彼女は『渡り鳥』と呼ばれている。
/5/29『渡り鳥』
「どうしてアンタはそんなに速いんだ?」
「どうしても何も、心に浮かぶままを連ねているだけさ。溢れて止まらないんだ」
そこらに散らばる紙に書いてあるいくつもの言葉、言葉、言葉。
それは小説だったり詩だったり、俳句なんかもある。
(この人に書けないものはないのか)
種類豊富なだけでなく筆の速い師匠を見て、弟子は感嘆するしかなかった。
/05/28『さらさら』
「これは、初めて立った時のやつ」
ひとつ。
「これは、小学校1年生の時の運動会。かけっこでこけちゃったけど、6番中3位まで巻き返したんだよ」
ひとつ。
「小学校6年生の時の応援合戦。応援団に立候補して、精一杯声張り上げてたなぁ」
ひとつ。
いくつもの思い出のつまったものをゴミ袋に入れていく。
「これは――中学の卒業式か。ビデオに撮るのもこれが最後か、なんてしみじみしてさ……」
それはビデオカメラのカセットたち。
娘が生まれてから成人するまで、ずっとこいつと一緒にやってきた、と父親は目尻を下げる。
「かと思ったら、もう一度活躍する機会があったんだよなぁ。もうもっと高性能な機械はあったけど、どうしてもこれで撮りたくて……。きれいだったよ。――これで最後か」
最後の一つをゴミ袋に入れると、たくさんの思い出ごと捨ててしまうようで、口を縛りたくなくなってしまう。
「はぁ……」
盛大な溜息が出た。
お別れしたくない。だがもう使えないものは置いていても場所を取るだけだから、いっそ断捨離をしなくては。
「捨てたく、ないなぁ」
「何言ってるの! 捨てないと場所取るだけでしょ! こんなにたくさん! 引き出し二つも使ってるんだからね! この子のためにも空けてあげてよ!」
ぽつりとこぼれたぼやきをとうに大人になった娘に聞かれ、ごうごうと文句を放たれた。その様や大きなお腹をさする姿は昔の妻にそっくりだ。
大切な思い出たちとの別離の時間くらいくれたっていいだろう、と口には出さずに娘を見やると、娘は大きな息を吐いて言った。
「もう! DVDに焼いたんだから、そんなに悲しむことないでしょ!」
言わんとしていることを見透かされたのか、別離に時間をかけすぎだと怒られた。
そう。このカセットテープは廃棄してしまうが、思い出はなくなりはしないのだ。
しかしあの古めかしいビデオテープで見るからいいのであって、これはこれで味があるのだともだもだしていると、
「ぼやぼやしてると捨てるものも捨てられないよ?」
それも見透かした娘にトゲを投げられた。
しょうがなく腹をくくって最後のひとつを撫でてから袋の口を持った。
その時階下から娘の夫の声がした。
「お義父さん! ほら、テレビに繋げましたよ! 彼女の小さい頃の話聞かせてください」
そうだ、今日の午後は彼と娘談義をするのであったことを忘れていた。
ちょっとやめてよ、なんて声も聞こえたが、聞こえなかったふりをしてリビングに急いだ。口を縛ったゴミ袋を携えて。
/5/27『これで最後』