「これは、初めて立った時のやつ」
ひとつ。
「これは、小学校1年生の時の運動会。かけっこでこけちゃったけど、6番中3位まで巻き返したんだよ」
ひとつ。
「小学校6年生の時の応援合戦。応援団に立候補して、精一杯声張り上げてたなぁ」
ひとつ。
いくつもの思い出のつまったものをゴミ袋に入れていく。
「これは――中学の卒業式か。ビデオに撮るのもこれが最後か、なんてしみじみしてさ……」
それはビデオカメラのカセットたち。
娘が生まれてから成人するまで、ずっとこいつと一緒にやってきた、と父親は目尻を下げる。
「かと思ったら、もう一度活躍する機会があったんだよなぁ。もうもっと高性能な機械はあったけど、どうしてもこれで撮りたくて……。きれいだったよ。――これで最後か」
最後の一つをゴミ袋に入れると、たくさんの思い出ごと捨ててしまうようで、口を縛りたくなくなってしまう。
「はぁ……」
盛大な溜息が出た。
お別れしたくない。だがもう使えないものは置いていても場所を取るだけだから、いっそ断捨離をしなくては。
「捨てたく、ないなぁ」
「何言ってるの! 捨てないと場所取るだけでしょ! こんなにたくさん! 引き出し二つも使ってるんだからね! この子のためにも空けてあげてよ!」
ぽつりとこぼれたぼやきをとうに大人になった娘に聞かれ、ごうごうと文句を放たれた。その様や大きなお腹をさする姿は昔の妻にそっくりだ。
大切な思い出たちとの別離の時間くらいくれたっていいだろう、と口には出さずに娘を見やると、娘は大きな息を吐いて言った。
「もう! DVDに焼いたんだから、そんなに悲しむことないでしょ!」
言わんとしていることを見透かされたのか、別離に時間をかけすぎだと怒られた。
そう。このカセットテープは廃棄してしまうが、思い出はなくなりはしないのだ。
しかしあの古めかしいビデオテープで見るからいいのであって、これはこれで味があるのだともだもだしていると、
「ぼやぼやしてると捨てるものも捨てられないよ?」
それも見透かした娘にトゲを投げられた。
しょうがなく腹をくくって最後のひとつを撫でてから袋の口を持った。
その時階下から娘の夫の声がした。
「お義父さん! ほら、テレビに繋げましたよ! 彼女の小さい頃の話聞かせてください」
そうだ、今日の午後は彼と娘談義をするのであったことを忘れていた。
ちょっとやめてよ、なんて声も聞こえたが、聞こえなかったふりをしてリビングに急いだ。口を縛ったゴミ袋を携えて。
/5/27『これで最後』
5/28/2025, 4:55:01 AM