清くてあたたかい、
誰も争わない、嫉みも憎悪も侮蔑もない
罪深くてもそうでなくても、救われる世界
それを人は、「何」と語るのか
例えば
夢半ばに倒れた誰かの生きる世界。
例えば
添い遂げなかったアイの成就する世界。
例えば
多くの犠牲を得ずに理想が叶えられた世界。
ともすれば、それは『理想郷』と呼ぶべきモノだろう
しかして、
例えば
苦しみを背負って倒れたのに
「起き上がれ」と生かされる世界。
例えば
寄せられ囁かれた愛の言の葉が
「全て嘘」で浮薄な恋人を持つ世界。
例えば
多くの「希い」の下進んでいったのに
騙った偽善者だ独裁者だと詰られる世界。
誰かの『理想郷』はややもすれば
誰かの『███』になるかもしれない訳だ
この世にありふれた願いは、正に鏡に写る万の華。
見方を変えれば美しいが、そうでない事もある
原初の欲求こそ同一であっても
そこからくるくると感情を纏わせ
簡単に違う『願望』へと転じさせる。
紛う事なく千差万別。
全ての願いを結集なんてさせたら
何が出来るかなんてわかりゃしない!
そりゃあ区別も差別も戦争もなんだって起こる筈さ、
…おや?長々と語る『僕』は一体何が言いたいのかって?
統合された、或いは「心のない」人間…
いや、ヒトガタの集まりでも無い限り、
全て救われる真の理想『郷』なんて無いさ
って話だとも
そんなに重く考えなくていい。
なんせこれはただの、フィクションなんだからね!
力を込めて、振りぬく。
一体何を。
何の為に。
何に向けて?
例えばそれは、刀を模った竹かもしれない。
しん、と冷えた空気を切り裂く様に一人振り抜く
そんな事もあるだろう。
例えばそれは、硬い材質の球かもしれない。
ワッ、と歓声と期待を背にして応える様に投げる
そんな事もあるだろう。
例えばそれは、競技としての走りでもある事だ。
脚に力を込めて、誰かの背を置いていく様に走る
そんな事も…
「なぁんて、私には出来なかったなぁ」
どくどくと、荒い心音が煩い。
遥か先、息を散らしながらも歓声を身に受ける彼女
自分に真面目で、
期待を掛けられて
そうして気付けば私を追い抜いていった彼女
幼い頃から続けて早十数年、
「好き」の感情だけで走り続けた時に目にした彼女
単に目に入っただけなのに気になって
遠巻きに勝手にライバル視して
彼女は何も知らぬ間に私を負かしただけの事
ただ、名も無く埋没していくのは私の方で
「彼女」は、これから先進み続けて
栄光を手にするのかもしれない
それが悔しいのか或いは羨ましいのか
いいや、そんなもの。
「ただの言い訳にしかならないや」
ある少女は、栄えある台に立つ事も出来ず。
ある少女は、そんな誰かの感情も知る事無く。
そうしてある夏が終わったのである。
男は、ふと思い出す
キラキラと命を賭して生きていた事を。
あまりに多いから、溢れ過ぎていたから
誰もが誰も、価値があってもなかったような命たち
意味も無く生きていたのかもしれない
輝きも無い、ありふれただけの個。
仲の良かった他の█も居たのかもしれない
終わりすらもよく思い出せない、そんな前の話
まあ、今となっては関係無いが。
空に思いを馳せつつ目の前の事象に目を向ける
今日も愛しい娘が「魔法」を失敗したらしい。
水浸しになった家具と絨毯達に妻は空を仰いでいる
「まあまあ、そう怒らないで」
過去の自分では考えられない程に大切な二人。
例えそれが異質、異端と言われる魔女の裔でも
私にとってはかけがえのない家族で。
…だからこそ、この後幼い娘が短い家出の後に
成人男性を連れてきた時には、少々
いや大分かなり鶏冠に来てしまった訳だが
今日も藍空に命が瞬く。
遥か彼方で彼らは生を燃やす。
そうしていつか光を散らし終えた時、
何処へ行くのだろう
同居人は饒舌に、夢を見る様に語ってみせた。
…生憎君と違って私には理解出来ないな。
どの命であれ尽きればそこで終わりだ
科学的根拠でも残るのならば、話は変わるけどね?
先程の主張と正反対な皮肉ぶった私の言葉に、
流石に怒るかと読んでた本から視界を上げれば
そこにはクスリと微笑む同居人
幼い子供を諭す様に、静かにこう続けた
「でも、私は貴女に巡り会えましたよ」
ぱちくり、と言葉の意味を噛み砕いている間に
ではお先失礼します、と素知らぬ顔で去っていった
問い質したい点はあったが、言葉に出来ぬまま
ただ、かの人物の星の様な瞳に気を取られてしまった
少女はキラキラと目を輝かせる
男はだらだらと冷や汗をかく
「どうやってやったんですか!」
「(どうしてこうなったんだろうなァ!)」
男は趣味で奇術を学ぶ男だった。
少女は本気で魔法に憧れる少女だった。
男は遠い昔の学び舎の活動で、奇術に夢を見たが
残念な事に物覚えが悪くドジだった。
諦めきれず、かと言って弟子入りもできず。
月が真上にいる今とぼとぼ家路に向かっていた。
ところが通りがかりの公園に少女がいた。
当然今は真夜中。どうしたものか
親の影すら見えず、ない勇気を絞って声を出す
「きみ、どうしたの?」と
遊具に腰掛け、俯いていた少女に寄れば、
驚いたかの様に顔を上げて見せたが
土砂降り雨にあったかの様に泣き腫らして
「家にかえれないの…」とつぶやく。
…本来ならば、この時点で手に負えない。
連れて行くべき所があったのだろうに
男は元来悲しい表情というのが苦手だ。
故に誰かを笑顔に出来る「奇術」に夢を見た。
男は少女を笑顔にしてあげなければ。
妙な使命感に駆られてしまったのは
生来のさが、とでもいうべきか。
或いは非日常体験に少しテンパってしまったのか。
「えっと、ねえ君こっちを見て」
今から不思議な事が起きるよ、と怪しさ満点
口上も下手な男だが、少女の気は引けたらしい
そっと自身の手を握って、パッと開かせてみれば
「はい!宙に浮いた炎だよって熱ッ」
…残念な事に開いた衝撃で自身の服に燃え移ってしまう。どうやったか?男もよくわからない。
ボォっと勢いよく燃えはしないが、男はパニック状態
……さて、少女の話をしよう。
少女の祖先には魔女がいたらしく、魔法に憧れたが
残念な事に才能に溢れすぎてドジだった。
しかも加減も下手で、同じ魔女の母に叱られてばかり
今日も家を水浸しにして、居た堪れずに公園へ
ところがそんな少女に声をかける変わり者。
知らぬ大人にどうしよう、と戸惑うも
男は自分の顔見て「どうか泣かないで」と
逆に慌てふためく。
幾らかの時間ののち、男が手を突き出して
「不思議な事が起きるよ」と握った手を見せる
そうして開いて見せれば、「魔法」を使ったのだ!
しかも少女と違って制御もしてる。
少女はパッと笑顔を浮かべたが、どうやら
魔法の火が男の服に移ったそうで。
それは大変だと少女も魔法を使う。
その結果ー
「…火を消そうと、したんですけど…」
「うっかり水が出過ぎちゃった、って事だねうんハックション!」
服に移った火に慌てていたはずが、
頭上から滝の様な水が落ちてきた事に混乱し
目の前の少女が悲痛な声で「ごめんなさい!」
というから事情を訊いたのだが…
辛うじて男のバックは濡れておらず、
中に入れていたタオルで自分と少女の体を拭いた所で
もう一度少女は口を開いて
「おにいさんも魔法使えるんですね…どうやって
そんなふうに使えるんですか?」
なんてとんでもない爆弾発言を言って……うん?
「わたし全然使えなくって、きょうもお母さんに怒られちゃったんです…でも、おにいさんついさっき火の魔法つかったじゃないですか」
魔法じゃないね奇術だよ?
「まだ水を出すことくらいしか出来ないから、どうやって炎出せるか教えて欲しいんです!」
そもそも何もない所から水すら出せないが?
「きじゅつ、って火の魔法の名前なのかな…わたしまだ詳しくないので、くわしくしりたいです!どうやってやったんですか!」
どうしてこうなったんだろうなァ!
少女は目をキラキラと輝かせる。
男はだらだらと冷や汗をかく。
とりあえず、これ以上外にいると風邪を引いてしまうから。
少女を家にまで送る事を決意した。
奇跡をもう一度。なんて、俺には荷が重いんだが!