「適応」とは生存力である
自然界は多くの未知と恐怖に溢れている。
故に危機を退けるか、危機と共存を選ぶか
どちらにせよその行動は、危機への「適応」だ。
その積み重ねで今も尚種として栄える生命は
正しく生存力が有る、知的な生命と言えるだろうさ
「…で、そんな当たり前の生物学引っ提げて
何の反論なンです?「センパイ」」
目の前の年上?の後輩…だったかが荒々しい語気を
隠そうとせずに詰ってくる。
物臭そうな風情を隠さない女…詰られてる
「センパイ」たる女は、気にするでもなく
筋を残した手元のみかんの一欠片を口へ
放り投げ、飲み込んでから堂々とこう言った。
「端的な話さ、
今日は外が寒いから部屋内の炬燵で団欒しながら
語るのは何も間違ってないだろう?」
「そういう話じゃねえンですよねぇええ!!!!!」
ほどよい暖かさのリビングの窓を突き抜け、
頭を抱えた後輩の叫びはこだま…したかもしれない
話は約30分程前に遡る。
女の趣味である数式等の探究は、場所を選ばない。
…とは言え、より冴えた思考を叩き出すのに
脳が詰まった肉体のパフォーマンス維持は
理論的とも言える。
この冬のはじまりと言える時期は、
自然界生命にも人間に対しても「温度低下」という
厳しさを発揮する。
数年前は最低限度の対策を考えていたが……
ここ最近になって女は考えを改めていた。
炬燵こそ冬の作業環境として最適解ではないのか、と
そこに脳への甘味補給にみかんもセットである。
最高だ!常世の春とも言えよう!
……しかし、問題が発生してしまった。
「みかんを気付いたら食い尽くして?」
「ふむ、(むきむきむき)」
「しかもいつもの家政婦がまだ帰らないから?
まこと遺憾ながらに久々の外に出て?」
「んぐ、(もきゅもきゅ)家政婦じゃない。同居人だ」
「そこまでのニュアンスの違いは知りませんよ。
で、寒さ極まる温度だから?玄関から数歩程度の
距離で倒れ込んだまま?オレがたまたま見かけて?」
「そして君が買っていた荷物にみかんがあったから、
私は現在こうして無事に帰還できたという訳だね」
「阿呆かッ」
男…女の後輩は本日数度目の大声を荒げてしまう。
そもそも男にとっては予定外が積み重なり続けて
脳処理のキャパシティが、非常識情報で
雪崩を起こして生き埋めにされる寸前だ。ふざけるな
男は、数年前世間的に天才と持て囃される前の
女の大学時代の同期であった。
自身より歳若く、されど余りにも愛想も何もなく
「普通」な周囲は次第に女を異物として弾いていた。
男は遠巻きにそんな女の姿を見ていた側である。
知的で無機質ながらも狂気の域とも言える
「探究」への貪欲さも、それ以外への無関心さも
全てが完璧な「天才」たり得るモノだと。
ゾワリと鳥肌が止まらず、身震いを覚える程だった。
故に男は、そんな女を同じ探究者…とまでは
言えもしないが、密かに気にしていた。
同期ではなく、「センパイ」と言っていたのも
幾らかの…言い知れぬ感情を隠したものだ。
それが…それが……
「そういえば、名前も不明な後輩君。君なんで
こんな所に来れたんだい?」
私長い間引きこもっていたんだけどねぇ、
過去の言い知れぬ感情よ。
これがお前の崇めた「天才」の未来だ。
より一層複雑化した心情を知りもせず、
「センパイ」はオレの購入したみかん一袋の半分を
平らげ、続け様に恐ろしい爆弾を暴投した為
暫く炬燵の天板で項垂れたまま動けなくなった事は
仕方が無いと言わせて、欲しい。
濃藍色の様な短髪
凛とした佇まいの長身
物静かで期待を諦めを映した表情
ひかりの加減で、銀にも金にも見えるその瞳
きっかけといえば、その美しい姿
……所謂外見というヤツではあるが、一目惚れ
逃げ場探しに寄り付かない山の奥の奥に辿り着いた、
影に塗れて汚れた子供と
光に照らされた美麗な大人
そんなお伽噺の様な、始まりである。
大人は人が嫌いだった。
「異端」な自分を多勢で追い回す存在だったから。
過去を想起したくない程度に、大人にとっては
窮屈で、苦痛で、不快で、醜悪な記憶しかなかった。
でも、その子供…「純真な子」に遭遇した事は
唯一無二の、生涯初めての困惑の連続だったと言える
大人は遠回しに出てけと子供へ脅してみたものの、
何故か次の日からも欠かさず子供はやって来る。
「きれいな人さんは、なんて名前なんですか?」
暢気にぽやぽや見つめて子供は問うてくる。
いくら冷たく態度と声で「二度と来るな」と表しても
子供は自分を見つめて目を離そうせず
毎日来ては自分を見つめ、月が少し傾いた頃に
未練たらたらの顔のまま「また明日!」と言う。
子供に出会ってからは振り回されてばかりだった。
なんせ「人」とマトモな関わりは、一生縁の無い
ものだった筈で。
自分と似た「異端」…同じ他の魔女よりも
突出していた所為なのか年を取る事もなく、
ただ時の止まった姿と、自然すら上回る異能故に
追い回され、疎まれ、恐怖され、奇異の目で見られ
それがどうだ。初めこそ多数の存在と同じ様に
奇異の目を向けていたと思えば、
へにゃりと気の抜けた顔だったり、ただ多くを語らず
にこにこと緩んだ顔で見てくる。
昨日なんかは唐突に野花を突き出して来たりと
全くもって不可解だ。
だが、そんな日々も終了だ。
数日警戒していたが、子供は周囲に触れ回った様子は
無い。とは言え、大人は子供に姿を見られている。
異端な自分は定期的に場所を変えないと
怪しまれて、知らない内に多勢で追い立てられる。
特に最近子供に対して「妙な」感覚を感じる様に
なった大人は、今日こそは出て行こうか。
と思いはしていたが、子供の顔を思い出しては
悶々としたまま、月の傾きを眺めて佇んでいた。
…さて、
この「大人」は、一般的な意味の大人より
自身も理解し得ていない、大分未熟な所があった。
それは、大人が異端であった事。
その子供の様に、接して来た人間が居なかった事。
『人間社会』に溶け込んで居なかった事。
だから、
子供の体に青紫の痣が増えていた理由も
月が中天に登っても尚出歩いている事実も
花を渡した次の夜から来なくなった真相も
「体だけ大きく」育った美しい魔女は、
何一つとして、知らなかった。
「成る程、そんな事になってたんっすね…」
「……っ……っっっ……」
「ちょ、腹っ、いっっ、痛いですって!」
「………っっっ!!!……!…………っっっ!!!」
「あのっ、折角の晴天がおどろおどろしい雲に
覆われたんっすけど!?落ち着いてくださいって!」
稲穂の様な金髪
あわあわと情けない大男
爽やかで明るさを秘めていた表情で
ひかりに照らされ、血の色が現れている紅の瞳
きっかけといえば、懐かしきこの山
……向こうは人の気すら知らず、満面の笑顔
苦い過去ではあるが、諦めきれずに赴いた山の奥の奥
光に照らされ成長した子供と
影に塗れた過去から大泣きの大人
そんな情けない様な、彼らの「再開」である
子供は夜が嫌いだった。
「朝」を迎えるまで逃げ場のない世界だったから。
多くを語りたくない程度に、子供にとっては
狭苦しくて、痛くて、辛くて、嫌な事しかなかった。
その先に待っていたのが、この月夜の出逢いだった。
唯一無二の、一生に残る幸運と語っても良いのだろう
子供はぽーっとその美しい大人に見惚れていたが、
見られていた大人の方は、むっと眉を寄せ
「子供が出歩く場所じゃない。帰れ」
これまた涼やかで美しい声で言った。
その声にも子供は惹かれてしまったので
先程と比にならない程に、熱烈に見つめてしまったが
ビュウと前触れもなく突風が吹き付けてきて、
子供が目を閉じた瞬きの間に大人は消えた。
「きれいな人」との出逢いは、夢のような短さで。
でも、ばくばくと高鳴る鼓動は、外の冷たい風は真実である証左の筈で。
ただもう一度逢いたいから。
その理由で、子供は明日も生きる事を決意した。
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………おや、「再開」ではなく「結末」…
じゃないのかって?
若人の恋の行方を間違っても「結末」だなんて
締めくくったら、馬に蹴り上げられて空の果てまで
吹き飛ばされてしまうよ?
どの世界でも、これからなのに
「勝手に終わらせないで!」
というのが当人達の本音ってやつだからね!
以上、『僕』からでした〜邪魔したね⭐︎
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例えば
悠久なる空を飛べる翼を持つのであれど、
羽ばたく自由を知らねば
その翼は「飛べない翼」となる
例えば
何処にだって駆けられる脚を持てど、
すぐに折れてしまったなら
その脚は「不自由な脚」となる
この2つの論点は一体どう異なるのか。
まあ簡単な話だ。
「知る事がなかった」
か
「知ってしまった」
であろう。
自由を知らずに済めば、自身の知る世界だけで
何にも脅かされず安寧を貪る事が出来る。
自由を知ってしまったなら、今までの
狭苦しい世界を窮屈と飛び出す事が出来る。
しかして、「不自由な脚」となった後者では
「自由を知れど踏み出せない」
その鬱屈さに心を病んでしまうかも知れない
そして、「飛べない翼」を持つ前者であれば
「自由を知らずとも生きていく」
翼に頼らず生きていく術を生み出せるかも知れない。
……とまあ、真面目くさい話だけれど
要は生き方とは自在に捉えられるのさ。
「誰かの不自由は誰かの自由」
世界を知って苦しむか
世界を知らずとも苦しむか
世界を知って自由に羽ばたくか
世界を知らず不自由に歩き出すか
その選択は、全て君次第!
とは言っても、『僕』の語る言の葉は
堅苦しく見せかけたまどろっこしいフィクション!
そう深く悩まなくても良い話。
ただ、薄っぺらい『僕』なんかの言葉でも。
今を生きるキミたちの心に刺す事が出来るなら
面白いかも知れないけどね!
ある女の話をしよう。
女が少女であった頃、その頃から利発だった。
数字や数式、元素といった「記号」に魅了され
両親に買い与えられた読本を夢中になって読んだ。
そんな少女をよそに、両親は仲違いをしていった
父と諍いの絶えない母。気付けば失踪していた父。
そうして、母も同じ様に少女を置いて行った時
少女は他人に興味を失った。
少女が一人でいるのを保護された時も。
少女を哀れと思った誰かが引き取っても。
少女はただただ数式と化学式に没頭した。
心優しい里親と自身の努力の結果、
国立教育機関に学費免除の上成績首位で入学となり、
より多くの知識と可能性を追求できる
環境へと身を置いた。
少女は女となり、
女は知らぬ間に様々な功績を打ち立てて、
所謂「天才」と持て囃される様になった。
多くの賞を得て、名声も地位も手に入れた。
女に多くの人間が関わる様になった。
女の恵まれない幼い過去を掘り下げる輩が出てきた。
女が望んでいなかった「無駄な」時間が増えた。
ただ探求する事が好きだった。
ただ煩わしい音が嫌いだった。
憐憫も嫉妬も憧憬も同情も。どんな言葉も声も。
何もかもがうっとおしく感じられた。
そうして女が初めての賞を得てから5年が経った頃。
ある大雨の日に、女はふらりと姿を消した。
「 、ふぇくちっ」
「………何やっているんですか、貴女は。」
ガラリと躊躇いなく開けられた浴室の扉から
呆れ声が一つ。また自分は眠りこけていたらしい。
ぺちゃぺちゃと張り付く感覚に
気持ち悪さを覚えながら、頭上の声の方へ向く。
「やあ、君か。何って…付属物と身体の洗濯?」
「衣服を着ながら入浴している事を間違っても
「洗濯」などとは言いませんし、
そもそも衣服を身体の「付属物」と言うのは
何か服に恨みでもあるんですか貴女」
凛々しい眉をぎゅっと寄せて、
同居人はじとりと睨んでくる。
さて、何故こんな状況になったのか。
物臭女は、幾らか頭を捻って思い出す。
そういえば、
丸3日本に没頭して部屋に倒れていた自分を
仕事で暫く会っていなかった同居人が帰宅後
発見し、栄養補給を強制的に行われ
「流石に不潔です。せめて入浴して下さい」
などと語られ浴室の前に放り投げられたのだった。
そして、3日間思考の冴えたままだった自分は
「脱ぐのは面倒だ。そのまま入れば一石二鳥だ」
と恐らく思考して使って今に至る…気がする。
同居人の放つ圧と視線に耐えかねて
ざばあと湯を滴らせながら立ち上がるも、
ぬるい湯の染み渡った「付属物」…いや服は
まとわりついて動きにくい。
……そういえば、こんな事が前にも
あった様な気がする。
「とりあえず早く上がって着替えて下さいね。
…間違っても、その服を周辺に放らない様に。
あと髪を乾かしてる途中で眠りこけない、」
「わかったわかった!全く、君は世話焼きだねぇ」
物臭女がタオルを受け取ったのを確認して
同居人は浴室を後にし、リビングへと向かう。
上がってきた女の為に珈琲を用意する為だ。
……つい2年ほど前にも同じ事があったな、と
懐古しながら
ーある██の話をしよう。
██は女の事を少女の頃から知っていた。
と、言っても実際はただ一度の邂逅も同然
女は碌に覚えていない記憶だろう。
十五夜と呼ばれるある夜、
まだ仲の良かった男女と少女は空を見上げていた。
比較的夜空が美しく描かれる郊外にて、
恐らく旅行にでも来ていたのだろう。
少女は星にも負けない様なきらきらとした目で
空を眺めていた。
その途中で、じっと「自分」を見てくれたのだ。
名のない、普遍的な薄い赤の光を放っていた██
少女は特に何を言うでもなく、
暫く「自分」を見てからくるりと翻し
「ぱぱ、まま!キレイな██様がいたよ!」
と言ったのだ。
きっとそれは自分じゃない。
他の██の事を指したのだろうが、
あんなにも熱心に見られてしまった事が
あのきらきらした瞳が、表情が。
忘れられなかった。
出来る限り██は少女を見守った。
少女が喜ぶ様も、傷つく様も、
次第に周囲へ興味を失っていく様も
何も出来ないまま、見守った。
見る事しか出来なかった。
少女が女となり、女がややあって
何処かへ逃げる様に…或いは迷子の様に、
大雨の中を彷徨っていた頃。
哀愁をそそる後ろ姿を見せた時。
とうとう██は堪えきれず飛び出した。
どうやって、だとか何をもって、だとか
理屈は分からないまま傘を片手に降り立った。
そうして、濡れ鼠になった女にそっと近づいて
「何をやっているんですか?貴女」
と傘を傾げて言ったのだ。
よる、しずまりかえった世界で
そっとまどをあけて、
キラキラかがやくお星さまと
まんまるお月さまの
浮かんだお空の世界をふわふわおさんぽするのだ。
もっとなれたら、あい色のお空に冒険だ。
ほうきにまたがって、そら高くとび上がって
お星さまをそっとつかむのだ。
きっと温かくて、まぶしくて、何より
キレイにピカピカ光る。
お星さまをしまってもっともっと高くとんだら、
お月さまにたどり着くのだ。
きっとうさぎさん達がぺったんと餅をついて
ぴょんぴょんはねている所に混ぜてもらう。
きっとそんな事が出来るなら、
ぼくもすごい「魔法使い」になれるよね?
眠りにつく前。
あの人に似ている星のようにキラキラと
輝かせた眼で、愛しの子は語る。
眠いだろうに、小さな瞼をごしごし擦るので
そっと手を掴んで布団の上へと導く。
「まだまだあんたには難しいわよ?」
そう宥めても眠れぬ君に、
「魔法」の言葉をそっと唄えば
とろんと星の瞳は瞼の下で微睡んだ。
技術が発展し、昼夜問わず光の灯り続ける現代社会。
残念な事に、奇跡…或いは恐怖を起こす
「魔法使い」「魔女」はとうの昔に排斥された。
今や私か、遠い遠い顔も知らぬ過去の隣人位しか
魔女の裔の生き残りは居ないのだろう。
奇跡と謳われた「魔法」に然程興味の薄い私は、
扱いを知る祖母から学んだ後は、ただ漠然と
他人に明かすのでもなく一生を終えるつもり…
であったのだが、妙な運命に導かれたのか
気付けば一児の母、という奴になっていたのだ。
紆余曲折や大騒動もあったが今や過去。
話し出せばただの蛇足。関係のない話である。
こんな私と生涯を誓ってくれたあの人は
もう居ないけど、私には大切な愛し子さえいればいい
柔らかな幼い寝顔を横目に、部屋を出たら
この時間に相応しくない電子音。
むっと苛つきながら携帯を取り出せば、何と珍しい。
遠い昔に縁を切った、実家に住む弟からである。
それなりに仲は良かったこの弟は、「魔法」に
憧れを抱いていたようなそうじゃないような
一回り近く離れて居たし、喧嘩別れで家を出たので
氷が溶け切って味の原型もない飲料位に記憶は薄い
終わりのない通知音にちょっと、いや大分
鶏冠に来ながら律儀に出てやる。
怒り混じりにの私の声に萎縮したのか
「あ、う」としどろもどろのビビり状態
久々なのにこんな非常識な時間とは何事か
愛し子にまで響かない程度にガンガンがなり立てるが
昔より低いながらもおどおどした声は、
とんでもない爆弾を投げつけてきた
「いや、あの。こんな時間にごめん。姉ちゃん。
でも姉ちゃんにしか、言えないんだよ………
姉ちゃんと婆ちゃん以外に、
「魔法」を 使える子がいたんだよ。」
いやマジで。とか、色々あったんだけど。
などと続いた言葉は一切合切聞こえなかった
暫く呆気に取られた後に
「はああああああああ!!!!????」
と、うっかり近所中に響く声を出してしまったのは
きっと。奇術趣味の愚弟が全て悪いのだ。