「周りをぐるりと見てみなさい。どう思ったかね?」
博士はふと手を止めて僕に聞く。
こんなやり取りは慣れっこだ。
博士は暇なときはいつもこうして僕に同じ疑問を投げかける。
デジャヴって奴だ。
「ほれ。」
…拒否権はないようだ。大人しく周りを見回す。
「なんか、不思議な物がたくさんあるなぁ…と。」
「ふむ。例えばどれが不思議なんだい?」
「……これ、とか。」
指を向けたのはずっと前から気になっていた大きなクリップに鳥の遺伝子を配合させたような、気味の悪いもの。何に使うのだろうか…触れたくもない。
「これか。」
「ぁあ……」
後ろには眼球モドキまでついているのか!
「博士、これは何なんですか…。」
この質問も何度繰り返されたことだろうか。
博士がすっと目を閉じる。
博識な博士の雑学込みの解説タイムだ。
……が、博士の口から得意げな「説明しよう。」は聞けなかった。
「…世の中には、知らなくても良いこともあるのだよ。」
「………そうですか…。」
これ以上は、何も聞かない。
互いに何も追及しない。
やがて静かな不規則な執筆音が沈黙を心地良いものに変えてくれるだろうから。
どれだけ痣作ったって、血を流したって、やっぱり愛し合ってることには変わりは無かった。
体はダメになっても心がダメになることはないからさ。
でも、それは私だけだったみたい。
貴方は体も心も無傷だったのでしょう?…でもコレは私の妄想に過ぎなかった。…そう思いたかった。
あの拳は、貴方の辛さを心の痛みを具現化したものだから…そう耐えてきたのに。
私にはそんな態度な癖に金髪ロングでミニスカ履いた、あの女にはデレデレしてんじゃん。
それでさ、思ったんだよね。あ、私だけじゃあダメなんだね。嫌、アイツが弱いんだよね。弱いから私が支えて上げなきゃいけなくて。でもそれは私じゃダメだったみたいで。何人か必要だったみたいで、ダメ、だめだったから…。
涙は出てこなかった。痣の数が分からなくなった頃から泣けなくなってしまった。多分、枯れちゃったんだろうね。
だからか、妙に頭が冴えてきて。冷静になって。カバンからスマホ取り出して。あのクソ男の連絡先をスクショ。で、ひとまずブロック。なんかに使えるかもしれないしね。
――あ〜、クソ。なんであんな奴に尽くしてたんだよ。なんで痣作られてんだよ!世界に1つのアタシ様の体だぜ?オーダーメイドしたって完璧にはなんねえんだよ。
あ〜…クソ虚しいなオイ。
こんな日に限って妙に空が澄み渡ってやがる。あ、雲みっけ。ちっせぇなあー…。………。はぁ…。
バイバイって、パイパイに似てるね――
誰か休止符を打ってくれ!
底無し沼に足をとられ、身動きが出来ないまま生け捕りにされているのだから。
黒い艷やかなあの髪が、あの甘い瞳が、視界に入るだけで線香花火が眩い火花を散らしてしまうのだから!
嗚呼、唇の両端が少し上がるだけでその目が細められるだけで私は撃ち抜かれてしまうのだよ!
私の気持ちに気づくはずもなく、歌うように笑いかけて言葉を紡ぐ君。まるで朝日に輝く海のようだ!
誰か終止符を打ってくれ!私のこの物語に!恋心に!
嗚呼、なぜ気がついてしまったのだろうか。気づかないまま終わらせてくれればよかっただろうに。
叶わぬものなど諦めてしまえ!忘れてしまえ!
目の前にある花に止まることを許されない蝶の気分だ。
いっそのこと誰か羽根をもぎ取ってくれ!
終わりを望む物語がここにある。桃色のまま、この夢を終わらせておくれよ!
嗚呼…まったく君は罪な男だよ。
風でチラッと見えちゃった。
別に見ようと思ったわけじゃなくてただただ視界に入ってしまっただけだ。………灰色だった。
俺が着てる服だって同じ布なのに何でアレを神聖視してしてしまうんだろう。
きっと全男子がそう思う。特に思春期を拗らせて女子との接点が殆どない奴はな。……そうさ俺だよ。
学校ではそこそこに男友達ならいるし「アレ」のことなんて頭から抜けてた。
でも家に帰ったら思い出したように紐を手繰り寄せてしまって、頭から離れなくなった。
…灰色だった。女子って白しか履かないのかと思ってた。…でも灰色…いいな…。でも白も…。何なら何もなくても……。
…キモいな。我ながらキモい。ただでさえ女子に話しかけて貰えないのにもっと話しかけられなくなってしまうではないか。止めよう。……。
頭からは離れない。…そして身体が疼き始めた。俺だけじゃない。男子は全員通る道だ。…女子だって何人かは通るだろ…。
……やるか。衣服を乱し、物を露わにし、………。
「…ついに、やってしまった…。」
勿論快感はあったが、それよりも後悔、懺悔が勝った気がした。…いや、これもまた背徳感か……。
いや、俺のせいじゃない。だって全員通る道だ。恥ずかしいことではない。やったことない人なんていないはずだろ。
頭の中を言い訳が駆け巡る。
「……風のせいだ。」
そう、あの風さえなければ。あんな布何かに俺が取り憑かれなくて済んだんだ。
「風のいたずらってやつか…。」
「いつか戻るよ」
そんな無責任な言葉に私は微笑みと共に頷いた。
「適当なこと言わないで」「いつかっていつ?」泡のように膨らむ言葉を飲み込んだ。だって貴方が望む言葉ではないから。
その日から私の中心はなくなった。何のために動こうか?貴方が私を作っていたから、そんな貴方は無責任にも消えてしまったから。別に怒りは湧いてこない。この感情はなんだろう、言葉にするとしたら「無」だ。本当に何もない。辺り一面真っ白で片付いている。濃霧に包まれている。四方を越えられない壁が隔たっている。
貴方を待つために生きている。貴方が帰ってくるとこを信じている自分が段々萎れているのをみて見ぬふりをして自分を欺き続けている。
朝はやはりリールが一番。これが無くては固形化してしまう。蝋を見つめて外に飛び出すのが貴方の子供。朝食を足で摘みながら私は、はなりと考えた。ジェニーはロンドン…ラザニアはブリテン…カザールはカナリアン…。
待っている、まっている。いつかはいつ来ますか。いつとは何ですか。いつかはいつが来るんですよね。そうですか?そうですよね。貴方はそういった。私に。