君の目を見つめると、今にも泣き出しそうな顔をした自分が映っていた。
「泣かないって決めたんじゃないの?」
くしゃりと目を細めて笑う君にもどこか寂しさが垣間見えて、また目元が熱くなるのを感じた。
「ずっと会えないわけじゃないんだから」
「そ、うだけど…」
とうとう視界いっぱいが滲んでしまい、奥歯を噛みしめて俯くと、足先に小さなシミを作った。
駅のホームからアナウンスが流れる。
「じゃあ、次ので行かなきゃ」
元気でね、と君が寂しさを隠さないまま笑った気がして顔を上げた。案の定そこには、想像と同じ顔をした君がいて、引きつる喉を押さえ込んで声を出した。
「絶対に、また、会おう、ね、」
「…うん」
電車がゆっくりと止まり、君が乗り込み振り返った。
「おかげで楽しい学生生活だったよ、ありがとう」
ドアが閉まると同時に、扉越しの君の瞳が溢れた。
電車が走り出すと、脱力感から膝が震え近くのベンチに腰掛けた。
これでもう終わりか…と君との日々を思い出しながら、空を見上げた。
春がそこまで来ていた。
星空の下で君を待った。
まだかなぁ、早く来ないかなぁと白い息を吐きながら玄関先で手を擦っていると、遠くで流れ星が見えた。
あっ、と思っているうちに消えていき、願いを考える時間さえも与えてくれなかった。
でもいいんだ、今になって思いついた願い事の1つはもう、叶うから…。
「お待たせしましたー。牛丼大盛りと豚汁です。」
星空の下、バイクに乗せられたキミを出迎える。
流れ星はいらない、スマホと財布さえあれば。
「それでいいじゃなくって、それがいいって言って」
幼なじみのあの子は、そうやっていつも私の言葉を指摘した。私が面倒くさがると、口を尖らせて怒った素振りをみせた。そんなところも可愛くて、私が思わず笑うとあの子も忽ち笑顔になった。あの子の周りには常に人がいた。羨ましいと何度も思った。
中学1年生の頃に2人で入った陸上部。
短距離のあの子と長距離の私は、種目こそ違えど幼なじみというのもあって仲良くしていた。
同じ人を好きになったのは、2年生の春ごろだった。
帰り道の公園でお互いの好きな人の話になった時、
あの子は顔を真っ赤にして好きな人の話をしてくれた。長距離の先輩だった。
「先輩でいいの?」
「違うよ、先輩がいいの」
熱った肌を誤魔化すように はにかむ姿に何も言えずに、私は咄嗟に嘘をついた。
「私はまだわかんないや」
「ずるい!先に言わせといて〜!」
「あはは」
応援するねと交差点で分かれた後、私は重い気持ちを引きずったまま歩いた。先輩のことも好きだけど、それ以上にあの子のことも大切だった。
あの子の笑顔が曇らないならこれで良かったんだ。
…これが良かったんだ、と自分に言い聞かせた。
「1つだけ〜わがままを許してもらえるなら〜君の〜隣にいさせてください〜」
思いっきり握りしめたマイクに曲と共に想いを乗せてその子の方を見た。曲名は【1つだけの】
1週間前、『好きな子とカラオケに行くならこの曲を歌ってみな。落ちるぞ』と先輩に教えてもらった。
向かいのソファに座るその子は、表情を変えずに画面を見続けていて、こちらの想いは届いていない様子。
先輩の嘘つき。そもそもあの人歌が上手いからモテてるだけなんじゃ、と頭の中で詰り、演奏中止ボタンを押した。
「もういいの?」
「いやぁ、思ったより歌いづらかったから」
本当は3時間練習したけど。
「ふーん、そっか…」
なんとなく気まずい空気が流れた気がして、なにか話題を探さないと、と頭をフル回転させているとその子が口を開いた。
「この曲を歌えば私を落とせると思った?」
「えっ」
「おおかた、私とカラオケ行くって決まった時に先輩にでも聞いたんでしょ」
「なんでそれを…!」
「歌うんなら最後まで歌えばいいのに。そうやって怖気付いてやめちゃうとことか、すぐ人を頼るとことかどうかと思う」
なぜ今説教されているんだ。というか、なんで気持ちがバレているんだ…。
フル回転させた脳は使い物にならず、1人パニックになっていると、その子がゆっくり近づいてきた。
「でもまぁ、そういうとこも好きだけどね」
大切なものとはなにか、
大人はきっと、お金、地位、名誉、と言い
子どもはきっと、友達、ゲーム、漫画を選ぶのかもしれない。
人それぞれ大切なものがあると思う。
だけど私は知っている、大切なものとはそんな大それたものではなくて、日常にある些細なことだということを。そう、大切なものとは、
牛丼につける紅しょうがのことであると。
私たちの日常に常にあって無料なのに、牛丼をさらにワンランク上の美味しさに導いてくれる。
紅しょうがは、牛丼にとっても私にとっても大切なものである。