エイプリルフールについた嘘は、その1年間叶わなくなるそうだ。例えば、恋人がいないのに恋人ができた、という嘘をつくと、1年間恋人ができなくなるとか。
これを逆手にとって私は嘘をついた。
「私、牛丼大盛りを食べたことがない!」
ふふふ、これで今年1年、牛丼大盛りをいつでも食べられるというものよ。我ながらなんという巧妙な嘘。
隣の部屋にいる姉に伝えると、姉はスマホから目を離すことなく、
「近所の牛丼屋潰れるらしいよ」
と抑揚のない声で言い放った。
「はっはぁ〜ん、姉ちゃんもエイプリルフールに乗っかってるんだね。これで近所の牛丼屋も1年間潰れないね!」
「いや、エイプリルフール関係なく牛丼屋潰れるってよ」
見せられた姉のスマホ画面には、【閉店のお知らせ】と書かれたポスターの写真があった。
「嘘だ…」
幸せになりた〜いふりかけ という物が発売された。
なんでも、そのふりかけをご飯にかけて食べるとちょっとした幸せを呼んでくれるらしい。
ネーミングのインパクトから、発売当初は話題を呼んだが、一時的なモノでいつの間にか割引商品にまで成り下がってしまった。
そんな 幸せになりた〜いふりかけを手に俺は食卓についた。
白米にかけてみると、パッケージに描かれた通りの海苔と卵と胡麻が入った至ってシンプルなふりかけが姿を現した。味は、うん、これも至ってシンプル。普通に美味しい。
特にそれ以上の感想もなく黙々と食べ進めていく。
(それにしても、今日の夕飯がふりかけご飯と
えのきの味噌汁か…。)
給料日前とはいえ、簡素な献立に思わずため息が漏れてしまう。
ふと、パッケージの文字を声に出して読みあげる。
「幸せになりた〜い…」
誰もいない一人暮らしの部屋に響いた声は、どこか寂しさをはらんでいたように思えた。
そんな気持ちを誤魔化すようにご飯をかき込んでいたら、スマホが震え、待ち受け画面に実家の母からメッセージが届いた。
『明日カレー作る予定だけど、あんた帰ってくる?』
あまりのタイミングの良さに出た溜め息は、すぐに苦笑いに変わった。
幸せになりた〜いふりかけは、確かにちょっとした幸せを呼んでくれるらしい。
「ハッピーエンドを願ったのは君だろう?ほらご覧。お望み通りこれが、君が見たかったハッピーエンドのはずだ。
嫌いな上司は、うつ病にして退社させて、
邪魔な同僚の男は、交通事故に遭わせて、
帰りたくない実家は、家事にして、
馬鹿にしてきた友人は、飛び降り自殺させて、
ぜんぶ君が「自分の周りの嫌な縁を切ってください」って願ったからだよ。こちらもそれに応えたまでさ。
御伽話なら「こうして幸せに暮らしましたとさ」ってハッピーエンドじゃないか。
こんな風になるなんて思ってなかっただって?
何を今更。ハッピーエンドを望むなら、きちんと自分の言葉に責任を持たなくっちゃ。」
---京都にある安井金毘羅宮には、大量のお札が貼られた「縁切り縁結び碑」があり、具体的に願い事を念じなければ、周りの人間か自分自身に不幸が起こる形で縁が切れると噂されている。最悪の場合、死に至るとも。
見つめられるとうなじが熱くなった。
どうにか抑えようと思って深呼吸しても、熱は治ることを知らず、むしろ火に酸素を送り続けるかのように上昇した。
あぁ、恥ずかしい気持ちがバレちゃうなぁ。
次第に呼吸は荒くなり、視線を逸らすことも困難になる。手が震えて、カシャンと果物ナイフが落ちた。
膝が震えて、へたり込む。
スカートが血に染まる。
目の前のその人は、床に寝そべったままピクリとも動かずこちらを静観している。
へたり込んだせいで距離が近くなり、今度は身体全体が熱くなった。
あぁ、この人の最後に映ったモノが私になっちゃったな。
なんて、恥ずかしくて頬を擦った。
「My heart が heatしちゃう!」
「胸が熱くなる、でいいじゃねぇか」
「この feeling は what!?」
「文法めちゃくちゃすぎるだろ」
「You は何しにJAPNへ?」
「偽番組名になっちゃったよ」
「There is no particular meaning.」
「なんて?」
「There is no particular meaning.」