生きる意味を考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えていた。
生まれちゃったもんなぁ。仕方ないよなぁ。
でもなぁ、天寿を全うするまで生きていくのに、 この先の人生あまりにも長すぎるよなぁ…。
とブランコを漕ぎながらぼんやりと星空を見上げた。
やっぱり公共の場じゃまずいかなぁ…と右手の縄を
握りしめながら、そこら辺の木に視線を移した。
すると、公園の入り口辺りでドサッという音が聞こえ振り返ってみると、女子高生らしき子が不自然に地面に伏せていた。どうやら転んだらしい。手を貸した方がいいかという心配より先に、女子高生のスカートが捲れているのを認識してしまい、動くことができなかった。
すぐさま立ち上がった女子高生は、恥ずかしそうに周りをキョロキョロと見渡し、こちらの存在に気づくと顔を真っ赤にして走っていった。
女子高生の足音が遠のくのを耳に、1人深呼吸をした。
うん、こういう事があるから生きているんだな。不純な動機ほど、物事の成長や継続に欠かせないもんな。
よし、明日も頑張ろう。
とブランコから腰を上げ、再び星空を見上げながら、これから先、さっきみたいなことがどれだけ起こるだろうかと縄をポケットに突っ込み、帰宅路についた。
今日の心模様はいかがでしたか?
え、最悪だった?それはいけませんね。
何か心安らぐもので癒されましょう。
そうですね、手始めに美味しいディナーを召し上がっていただいて、その後はのんびりハーブティーを飲みながら子猫の動画鑑賞。ドルチェも用意しましょう。
食休めをしたら、香りのいいバスボムを入れたお風呂にゆっくり浸かって今日の疲れを洗い流しましょう。
そして、ふかふかのベッドに包まれてぐっすり眠りましょう。
あなたは今日もよくがんばりました。
たまには、肩の力を抜いて自分を甘やかしましょう。
そうしましたら、明日のランチは、
牛丼特盛温泉たまご付きを食べましょう。
雫の落ちる音がした。
ポタッ、ポタッと確かに雫の落ちる音がした。
家族の誰かが夜トイレに起きて、洗面所の蛇口を閉め切らなかったんだな、
と察し、仕方ないから代わりに閉めに行こうかと、 ベッドの上で目を閉じたままモゾモゾしていると、
ふと、違和感が頭をよぎった。
何故1階の洗面所の音が、自分がいる2階の、ましてや扉が閉まっている部屋まで届くんだ?
古い家とはいえ、壁はそんなに薄くないはずだし、 なにより、雫が落ちる音など小さすぎて聞こえるはずがない。
だとしたら、この音は?
小さな違和感は、徐々に異質を孕ませ、次第に恐怖心すらも呼び起こそうとした。
そうこうしている間にも雫の落ちる音は止むことなく、一定のリズムで鳴り響く。
どう足掻いても拭い去れない違和感を耳にしたまま、再度眠ることなどできるはずもなく、
己の勇気を最大限にかき集め、目を開け、枕元にある
リモコンで部屋の明かりをつけた。そこには、
天井の隅っこでシミを作った雨漏りが、床に雫を打ちつけているだけだった。
無色の世界の君に憧れて、僕も今ある色を落とそうと思った。
しかし、一度ついてしまった色を落とすのは困難で、どうしたものかと考えあぐねていたら、
君が、色のある世界に興味がある、と言い出した。
それなら簡単さ、と君の手に包丁を持たせ、そのまま手を添えて僕の腹に一突きさせてみせた。
目を見開き驚く君に、これで僕と同じ、色のある世界にいられるよ、と笑ってみせた。
桜散る春の夕暮れ。
会社から帰宅路にある公園の前で足を止める。
陽の光を受け返しながら散る花びらは、星の瞬きのようで思わず目を奪われる。
「…綺麗」
「そうですね」
いつの間にか、隣にいた学ラン姿の少年が呼応し頷いた。独り言を聞かれた恥ずかしさと、急に現れた少年に驚愕し、目を見張った。
「ここ、桜が綺麗なんですけど、あまり知られてないみたいで穴場スポットなんですよ。ほら、人も全然いないでしょう?」
「そう、みたいね」
落ち着いて話すその横顔に、桜以上に目を奪われた。
花束を握る手が汗ばむ。
「近くに線路があるから、電車が通ると叫んでも聞こえづらいんですよ。…この道を人が通らない限り」
「…っ!」
抑揚のない声が不気味に響く。何も答えない私を見透かしたように少年は続ける。
「1年前の今日、僕はここで刺されました。犯人は、学生を狙った愉快犯だったそうで、すぐ捕まりました。誰でも良かったんですって。」
少年の声と自分の鼓動が耳の中でぶつかり合う。
「そして、その現場を見ていた人がいたんです。
犯人はそれに気付かず、すぐに逃げて行きました。
けれど、僕はまだ生きていた。電車が通ったけど、
最後の力を振り絞って、叫んで、たすけを求めた。
……あなたに」
ゆっくりとこちらを向く少年。
「どうしてあの時助けてくれなかったんですか?その菊の花は、どういうつもりで持ってきたんですか?」
視線を落とすと少年の腹部は、学ランにシミを滲ませていた。
「あの日、あなたが僕の声を聞いて動いてくれたら、こんな事にならなかったのに…っ」
どうして、という恨み聲と共に風が強く吹いた。
目を閉じて、風が止むのをひたすら待った。
再び目をあけると、そこに少年の姿はなく、
ただ桜が静かに散るだけだった。