『届かぬ想い』
かつて共に旅をした勇者がいた。
この世界はゲームで、自分はプレーヤーだという。異世界人、救世主、彼のような者を指す言葉は知っていたが実際に見るのは初めてだった。
多種多様な民族が住まうこの世界で。
驚くべきはその懐へ入る手腕と人柄だった。
剣を持てば筋肉痛になり、魔法のセンスは皆無ときた。
ハズレだと見放そうと思うことも何度かあった。
その瞳から、光が消えたのはいつだったのか。
魔王を倒し、互いに巡業が重なり離れて過ごすことが増えたある日。彼が魔王として君臨したと聞いた。
すぐさま会いにいこうとするも王国を守れと止められる。逆らえば俺も死罪に処すという。数年前にこの国を窮地から救ったのは、俺たちだというのに。
会うことさえ許されないなら、つのる想いを届けられぬのならば文を書こう。
かつての仲間は誰一人として討伐隊に加わることを許されなかった。
魔王を倒すべく現れた新たな異世界人へ文を託そう。
ばかやろう、戻ってこいと。
愚痴を言い合う相手はここにいるぞと。
いつの日か戦うことが怖いと、人と魔族と何が違うのだと、薄暗い洞窟の中で戸惑い苦悩する彼の姿を、ふいに思い出していた。
『神様へ』
魔王が倒されてから数日が経った。
何度も勇者がきては王を倒し、数日後や数十年後に再び魔王が生まれる世界に生まれた魔族の子。それが私だった。
数日とはいえ、魔界に身を潜めるまでは道を歩くだけで人族に石を投げられた。卵、枝、石、ひどい時には武器を使ってくる者もいた。
生まれ落ちてまだ数十年、見た目は八年も経っていないように見えるはずにも関わらずだ。
その外見にいち早く絆された者がいた。
「大丈夫かい?」
それは、王を倒した若き勇者だった。
彼は私を抱き上げると、戸惑い騒ぐ人族たちに背を向けた。下から見上げる顔はひどく穏やかで後光が差して見えた。とっくの昔に見限った神様が降臨されたのだろうか。そのくらい彼の胸の中は温かく感じた。
国に反逆者だと追放され仲間には見放された神様へ。
どうか、あなたの穏やかな御心が汚されることがありませんように。
そんな私の祈りもむなしく時は過ぎた。
かつての勇者は優しき心を魔に蝕まれ、その姿を醜く変えて、次代の魔王として君臨した。
『快晴』
家族からも友達からも雨女と呼ばれて早十余年。
晴れた日はたいてい嫌な思いをするから、多少はましな曇りの日を待ちわびては耐えてきた。一度だけ、運動会中に雨乞いをしたら本当に雨が降ったことは秘密だ。
きらきら、ぴかびか。
太陽の下で元気に笑う人たちがうらやましい。
そう思っていた。
「めいちゃん!」
彼に会うまでは。
梅依だからめいちゃん。
なんの因果か、見るだけで目が潰されそうな爽やか笑顔の人と先日から付き合い始めました。文化祭のパシり、もとい買い出しに行こうと誘われて、いやいや私と出かけた日には雨に降られますよなんて言ったら。
「俺晴れ男だから大丈夫。もし買い出しの日が晴れだったら付き合って!」
結果。買い出しの日は雲ひとつ見えないくらいの快晴で。
でも、何一つひどい目には合わない奇跡の一日となった。
買い出しの翌日からもよく一緒にいた。からかってきたクラスの人たちに彼女だと紹介しているのを聞いて自分の勘違いに気がついた。
「付き合ってってそういう意味だったのかあ」
照れながら笑う私を見た彼は、なぜか真っ赤になって私を抱きしめてきた。
彼から香るお日さまのような匂いに、晴れも悪くはないな、なんて思いながらそっと彼の背に手を回した。
『遠くの空へ』
学校へ行く日の朝、必ず見かける航空機がいる。
キィンとどこか遠くで聞こえる耳鳴りにも似たその音は、お母さんのおなかの中にいたころから聞いていたものだ。
空から見る景色はどうですか?
ぼくが生まれた島はどのくらい大きいですか。
島で生まれた子どもはいつか島から出なくちゃいけない日がくるらしい。コーコーがないからって。ばあばが言っていた。
基地から出て遠くの空へ飛んでいくあの航空機のように。
ぼくもいつか遠くへ行く日がくるのだろうか。
2年前から通い始めた分校も充分遠いけど。
心の中でひとりそんな風につぶやいてみたりして。
水色のランドセルを背負って立ち上がる。
「いってきまあす!」
家の隣にある畑から「気をつけてねえ」というお母さんの声と、じいじがトラクターを動かす音が聞こえた。
『言葉にできない』
職員室に続く渡り廊下で大きな背中を見かけた。
仲良しな子と話しては、バインダーを手に楽しそうに笑っている。
彼を見かけるたび口を開いては閉じて、手を上げようとしては下げる。
そんなことを数日繰り返している。
言わなきゃという焦りばかりが頭を占めてきては、後悔が日々胸の中に積もっていく。
言葉にできないならいっそ捨ててしまおうか。
初めての恋人との別れから一年が経った今。
新しい恋が始まろうとしていた。