『春爛漫』
高校生生活が始まった。下駄箱前の中庭で、入学式のころから目の端に写ってはいた部活勧誘が盛んに行われている。
どこにも入る気はなくて、断りきれないチラシだけ受けとっては、右に左に避けていく。
もう少しで下駄箱、と思ったそのとき。
桜がひらりひらりと揺れていた。
自然と作られた観客の輪の中で、彼女たちは浴衣を着て踊っていた。近づいてみれば同じピンクでもそれぞれ刺繍や花の種類、紐などがそれぞれ違う。
中庭にある桜の花が春特有の強い風に吹かれて、踊る彼女たちと一緒にくるくると舞う。
浴衣の柄と本物の桜が共演してまさに春爛漫な風景を作り出していた。
曲が終わり、拍手を受けながら一人の女子が前に出る。
「私たちは日本舞踊部です!文化棟で活動しています」
大輪の桜の花とウグイスの柄。
長い髪を頭の上で一つのお団子にまとめている。
その人は、小さいころ同じダンススクールに通っていた近所のお姉さんだった。
離れようと思うのに、ばちりと合った彼女の目が僕の足をその場に縫いつけているかのようで。
結局、彼女たちの紹介が終わるまで動くことができなかった。
『誰よりも、ずっと』
村の西側にある竹林のさらに奥。
そこには美しい鬼が棲むという。
かつて、災いから逃れるためにこの近辺の村では人柱が立てられた。災いをよく防ぐ血の流れが生まれてからはその一族を村の外れへ追いやり人では亡きもの、神への捧げものとして扱った。
時には災いを降ろしてほしいと祈るものもあるという。
鬼には文字通り血を分けた兄がいる。
誰よりもずっと、それはそれは大事にしているのだそうだ。
『これからも、ずっと』
亡くなった大切な人を思うとき。
何年経っても、まるでその場にいるかように。またひょっこり顔を出すのではないか?というくらい、当たり前にその人を知っている同士で思い出話をする。
同士は私より幾分も年上で、いつの日か見送る時が訪れるのだろう。
互いにとって大切だった人のことを面白おかしく話し、机を挟んだ向かい側でよく笑うこの人を。
そうして私は大切な人を通じて人と語り合い続けるのだ。
これからも、ずっと。
終わりが訪れるその日まで。
『沈む夕日』
桜を見た帰り道、沈む夕日を前に海辺でたたずむ一人の女の子がいた。
学生だ。制服のジャケットと靴を脱ぎ捨てて、裸足で立つ姿はどこか人間離れして見えた。
助手席に座る友人に声をかける。
撮影スポットだろう空き地に車を停めると、外に出た。
まだ肌寒い風と夕日の暖かさが僕らの体を包み込む。
『君の目を見つめると』
穏やかな風が吹く木陰の下でうっすらと頬に影をつくる長いまつげが震える。ゆるりと上がる白の下に現れたのはガーネットに似た燃え上がる焔のような赤。
王城で民へ演説をするときその瞳は一際輝く。
けれど、ただの幼なじみに戻った今は。
体を預けていた樫の木から背を離すと、両腕を天に伸ばした。隣に座る僕を見ると不満げに口を歪ませる。
「貴方まだいたの。辺境の農民が油を打っていていいのかしら。もうこんなに日が傾いてるわよ」
「おはよう、エアリス」
「嫌みかしら?」
「そんなわけないよ。畑の手入れは昼までに、ヤギたちも放牧から帰ってきたから大丈夫だ。心配してくれてありがとう」
没落した自分に構ってないで家のことをしなさい。
本当には優しいのに、昔から使う言葉に棘を生やしてしまう。生やさなければ貴族社会じゃ生きていけなかったのか。それとも、そうでもしないと元婚約者の意識を引けなかったのか。
でも彼女は変わってない。
「心配なんてしてない!」
怒ると立ち上がるとこも、両頬を膨らませて白い肌をほんのり赤く染めるところも、何一つ変わらない。
見上げる形になった彼女の目を見つめると。
不思議と力が湧いてくる心地よさも変わらない。
僕も立ち上がると彼女に手を差し出した。
「ごめん、ごめん。今日はエアリスの好きなミートパイだよ。おなか空いただろ。家に帰ろう」
「ふん。……ちゃんとエスコートしなさいよね」
小さくて柔らかな手が骨張った手に乗せられる。
こんなに小さくて、力が弱い彼女は、元婚約者である第一王子に婚約破棄をされて故郷に帰ってきた。
人生で初めての従者である僕がいるこの地に。
第一王子は異界からきた可憐な少女に見惚れ、少女を疎んだとして彼女を悪役令嬢に仕立てて追放した。王都ではそう噂されているらしい。
実際に彼女と再会した日、僕は安堵した。
赤い瞳はまっすぐに前へ向けられ、その中で燃える焔は消えていない。僕は少女にはめられたのだと、一度だけ今いるこの木の下で泣いた彼女の話を信じた。悪役呼ばわりされる者がこんなにも強い光を目に宿すもんか。
見る目のない第一王子に礼を言おう。
意地の悪い表情を誤魔化すため、目尻を下げ笑顔を作る。
「もちろん。エスコートの仕方も忘れてないよ」
「完璧すぎて気味が悪いわ」
そう言いながらも、ようやく見れた彼女のあきれたような笑みに胸が踊り出す。
夕焼けを背に光る彼女の赤に忠誠を。
その焔に身を焼かれようがかまわない。
この手が届く内に帰ってきたのだから。
たとえ、彼女の有能さを失った国がどうなろうとも。
草の根を分ける小さな足を、僕の手を支えに丘を下る体を、憎まれ口をこぼす唇を。彼女のすべてを守り抜く。
そう、たとえ。
「お褒めいただき光栄だね」
「褒めてないっ」
たとえ、この身が彼女と共に滅ぶ運命だと知っていても。
※補足
僕も異界からの転生者。ここはゲームの世界。