〇〇しないと出られない部屋。
巷で有名なその謎空間に私は閉じ込められてしまった。
何もない、壁も床も天井も真っ白なそこで、何となく正座をしながら私は途方に暮れた。
だいたいこういうのはペアで、男女ペアとかで閉じ込められるのがセオリーなのに。
現在私は一人でここに閉じ込められているのだ。
脱出の為のお題も伏せ字のまま、かれこれ三十分が経とうとしている、気がする。
正確な時間を確認しようにもスマホが文字化けしていて使い物にならないのだ。
やっぱりアナログの腕時計の一つでも買っておくんだったな。
ここを出ることが出来たらセ○コーの時計でも買いに行こう、ムーブメントが日本製のセ○コーを。
奮発して最上位モデルを買うかな、なんて一人で決意していると背後で物音がした。
なんか、熟れたトマトがいい感じの高さから床に落ちた時のメチョッみたいな音。
痺れきって魚肉ソーセージみたいになった両足を何とか動かして後ろを振り向くと、泥酔したスキンヘッドのオッサンが無様にも半ケツを晒しながら転がっていた。
全然知らない人ー!うわあ詰んだ!
チン♪という軽快な音をたててお題が開示されたことにも気付かずに、私は大の字に寝転び瞼を閉じた。
テーマ「静寂に包まれた部屋」
久しぶりに訪れた商店街の本屋。
何時ものように漫画や小説を買い物カゴへポイポイと入れて、一つ下の階へ降りると二月前から様変わりした文具スペースに思わず足が止まってしまった。
なんにもない。
各メーカーごとにまとまって置かれていたペン類も、バラ売りからセット販売もののノートやルーズリーフ、ガラスケースに入っていた高級万年筆やコピー用紙まで。
フロアの棚の半分がスッカラカンとなっていて、残っているのはカレンダーとポチ袋くらいだ。
……え、何事?とキョロキョロしながらフロアを彷徨いていると、数メートル離れた休止中のレジカウンターに一枚の紙が揺らめいているのが見えた。
最近は老眼も入ってきて遠近ともに見辛くなったというのに、その紙に書かれた文字は何故だかハッキリクッキリと見えた。
ああ、メイリオだからかな、なんて現実逃避。
テーマ「通り雨」
遠くの空をV字の形で飛んでいく鳥の群を見た。
これから越冬地へ向かうのか、それとも遠路遥々やって来たのかは分からないけれど「もうそんな季節なんだな」と開け放したガラス戸をカラカラと閉めていきながら、しみじみと思う。
少し湿り気を帯びた秋風を完全に締め出すと、すぐ側のイスに腰を下ろして、テーブルの上の温かいココアが入ったマグカップを掌で包み込んだ。
テーマ「窓から見える景色」
大事なものは目には見えない、とか。
そうやって低コストで他人を縛るから、結局誰も幸せにはならない。
親切、真心、丁寧に。
低賃金ならおざなりでしょう?
いつの時代も世の中は金だよ、金。
何をするにも金が必要で、そのうち呼吸にまで金を要求される日が来る。
ポイ活じゃ豊かになれない、誰かのものを欲しがるだけの物乞いに成り果てるだけ。
ちょうだい、ちょうだい。
もっと、もっとくれ。
あれも、それも、これも。
はやくよこせよ、さっさとしろ。
既に物乞いに片足突っ込んでるってことには、気づいていないのか将又知らんふりか。
まあ、ひとの心は、見えないからね。
テーマ「形の無いもの」
初めて乗った船は、内海を周る帆船だった。
ギィギィと絶え間なく鳴る船内は大変に居心地が悪く、また、船出間近に飛び乗ったこともあり腰を落ち着けられる余地などなく。
外の景色でも眺めていれば気も紛れるだろうと、背負った荷物を下ろすことなく甲板に出た。
燦燦と降り注ぐ陽光と嗅ぎ慣れない磯臭さ、ゆらゆらと揺れる足元。
ものの見事に酔ってしまった。
胃の中がグルグルと渦巻いているような不快な感覚、口の中に溜まった唾液を甲板の手摺に冷えて痺れが出始めた指先を掛けながら海へ吐き捨てる。
燦めく海の青も水鳥の賑やかな鳴き声も、その時は目に写るだけでも不愉快だった。
年若い船方が「ラクになる」と持ってきてくれた水飴を溶かした水を受け取り、一息に飲み干し。
テーマ「時間よ止まれ」