差し伸べられた手を払うのは簡単だった。
掴む勇気なんて、カケラも持ち合わせていなかった。
君を傷つける気なんて無かったんだ。
全部、臆病な僕のせい。
終わった世界、ボッチには慣れてると強がって。
君の居ない今日を、きっと明日も生きていく。
できることなら、あの日に帰りたい。
差し伸べられた君の手を、掴むことは出来なくても。
同じ歩幅で、君の隣を歩けたなら。
なんて空想、ガラガラと音を立てて崩れて。
また、今日が始まった。
ソレを嘆く権利さえ、臆病者には無い。
テーマ「ありがとう、ごめんね」
日だまりに丸まって、帰りの遅い君を待つ。
まだかなあ、と大きく伸びてからコロンと転がった。
キラキラと光る埃、逃げるソレに手を伸ばして暇つぶし。
ザラザラという嬉しいご飯の音も、今日は無視して。
どこで道草食ってるんだろう、と呆れながら、君の帰りを独り待つ。
テーマ「部屋の片隅で」
グラニースミスという珍しい品種の林檎を買ってみた。
サラダに合いそうな酸味と控え目な甘み、さっぱりとした後味の青リンゴ。
本来は加熱用らしいので、焼きリンゴでも作ってみようかと冷凍庫からバターを取り出すと、使いかけのホットケーキミックスの粉が一緒に出てきた。
……供養、じゃない使ってやらねば。
くし切りにして砂糖をまぶしたリンゴを型に敷き詰めて、モッタリとしたクリーム色の生地を流し込む。
水が冷たい時期なので洗い物は最小限に、ボウルにこびりついた生地もシリコンベラで刮げていく。
トントンと型をテーブルに落として空気を抜いたら、熱々のオーブンの中へ投入。
包丁やまな板にボウル等を洗って、ついでに昼ご飯をチャチャッと作って食べる。今日はシャケ茶漬けだ。
オーブンの中、ふくふくと膨らんで盛り上がっていく生地を眺めながら、お茶漬けに入れたシャケを箸で解していった。
テーマ「逆さま」
一日の疲れを湯船に浸かって洗い流していると、君のなんとも情けない悲鳴が聞こえた。
いったい今度は何だ。
ボディーソープの泡をシャワーでキレイに濯ぎ落として、手早くタオルで身体を拭きながら浴室の戸を開けると、洗面台の横で体育座りしている君。
手にはレトロな緑色のハエたたきを装備している。
Gでも出たの?と下着を身に着けながら問い掛けると、君は首を横に振ってから、掠れた声で言った。
軍曹、しかも特大サイズ。
テーマ「眠れないほど」
あれ、こんなところにドアなんて有ったかな?
いつものようにリビングの掃除をしていた時、飾り棚の裏に小さなドアを見つけた。
掌と同じ位の、凝った装飾の茶色い木のドア。
恐る恐るドアをノックしてみた。
「はいってますよー」
間延びした男の声が中から聞こえてくる。 入ってるんだ……。
もう一度ノックをすると、煩わしかったのか強めにドンッと返された。
怒ることないじゃん、声の主に対して腹が立った。
ので、金色のドアノブを指で摘んで軽くひねる。
鍵は掛かってないようだ、不用心な奴だと嘲笑う。
そのままノックもなしにドアを勢い良く開けた。
知らない男、の生首が入っていた。
鼻の奥を刺激する腐臭に、鼻を服の袖で覆っていると腐り落ちた目玉と目が合う。
「はいってんだから、開けるなよっ」
黒い液を床に垂れ流しながら怒鳴り散らす生首。
「やめろ、ワックスかけたばっかなのに!」
バッと飛び起きて叫んだ。
テーマ「夢と現実」