あちらの寺はコーン、こちらの寺はカーン。
向こうの寺はキーン、そして、この寺はケーン。
いやあ、鐘の音というものは全て同じと思っていたが、こうして聴き比べてみると、以外や以外、皆、音色が違うものなのだな。
若様の元服の折、鎌倉に鐘の音を聞いてこい、と仰せになられた時は、主様もお歳を召してとうとう可笑しなことになられてしまわれた、とも思ったが、それもどうやら杞憂だったか。
恐らく、元服なさった若様と鎌倉へ赴き其処で鐘の音を聴きたい、との思いなのだろう。
ならば、爺様の代からの家臣の矜持に懸けて、鎌倉一の鐘の音を探してみせようぞ。
三百程あるという鎌倉の寺一つ一つを廻り、その寺の鐘の音を聴いて、仕えている屋敷に戻る頃には半月が経っていた。
建長寺の鐘の音が、鎌倉一の鐘の音で御座います。
脇息に付いていた肘を滑らせた初老の主人は、頭を抱えて重い溜め息を一つ吐いて、ピシャリと吐き捨てた。
そのカネのネではない。
テーマ「鐘の音」
夏の高校野球、冬の高校バスケ。
春夏秋冬、いろんな高校生系スポーツの放送がある。
この間は空手の「型」なんてのまでテレビでやっていた。
奇声を発しながら、手足をバタバタさせてるだけ。素人にはサッパリ良さが判らない。
それよりも、全世界に顔を晒して大丈夫かと心配になる。
服も下着も秒で剝ぎ取れる。
暇潰しにパソコンで3クリック。
全裸空手大会、全裸器械体操、全裸徒競走も、少しだけ手間は掛かるが合成は簡単。
女子だけでなく、今は男子も標的になる時代。
まあ、脳筋には理解出来ないだろうけど。
テーマ「つまらないことでも」
――この部屋に入ったら、絶対に上を見てはいけません――。
何処かのマンションの通路を滑るように移動していく途中、そんなアナウンスが聞こえて一つの扉が重々しく開いていく。
――ちなみに、上を向くとこんなのが居ます――。
高い天井から吊り下げられ、ユラユラと揺れている髪の長い女の顔の「どアップ」に背筋が冷えた。
真っ黒い穴のような目と口、捕まえようと目一杯伸ばされた手。
女のものとは思えないような、野太い唸り声が耳元で聞こえた。
これアカンやつや!!
関西人でもないのに思わず、心の中で叫んだ。
――では、ごゆっくりお楽しみ下さい――。
開ききった扉から、どす黒く変色した無数の手が昆布のように垂れ下がっているのが見えた。
いや……手、多すぎだろ!?
っていう夢を見た。
テーマ「目が覚めるまでに」
いつ来ても、ツンとした臭いのするこの白い空間は好きになれない。
薄いピンクのカーテンをすり抜けて、白いベッドの上の若い女を眺めた。
紫がかった土気色の顔は、骨と皮になり、目が落ち窪んで、鼻には管が刺さっている。
枯れ枝のように痩せ細り、カサついた腕には紫色の斑点が散らばっていた。
こちらにも何本もの太い管が刺してあり、ベッド脇の大きな機械に繋がっているようだ。
この状態でまだ生きているのかと、哀れに思う。
人間は恐ろしいことをする。
こうなってまで、何故生かそうとするのか。
これでは、ただの……。
フツフツと怒りが込み上げてくる、最近は怒ってばかりで何だか疲れた。
さっさと、この女の魂を狩り、生を全うさせよう。
仄かに輝く女の魂を掬い上げ、肉体と繋がっている臍の緒のような白い糸を、自慢の長い鉤爪で千切ろうとし。
微かな声が聞こえて、女の顔を見た。
落ち窪んだ虚ろな目から涙をポロリポロリと零しながら私をしっかりと見て、首をゆっくりと横に振ったのだ。
もう少し、待って、と。
直ぐに廊下の方からドタドタと、ココには似つかわしくない音を立てながら男が一人、顔面をグチャグチャにさせながら女の元へ駆け込んできた。
女の枯れ枝のような腕を愛おしそうに絡め取り、血管の浮いた手の甲に優しく口付けを落す男。
擽ったそうな女の笑い声に、男は頬に鼻にキスを落としながらやせ細った女を掻き抱く。
愛する男に優しく抱きしめられて心底嬉しそうな笑みを浮かべながら、女はちらりと私を見て小さく頷いた。
テーマ「病室」
常滑焼の茶色いカメの蓋を開けると、甘い果物の芳香が鼻いっぱいに広がった。
重石代わりの小皿を退けて、黒い紫蘇の層を菜箸で優しく取り払うと赤い液の中、まだ少し黄みの残る梅がギュウギュウに詰まっていた。
カビも生えていない、梅の薄皮も破れていない。上出来だ。
ササッと紫蘇を平らに均し小皿を戻してから蓋をすると、流しの上の棚から平たい竹ザルを三枚取り出して、キレイに洗い上げておく。
明日は梅を干す、晴れていたらね。
テーマ「明日、もし晴れたら」