しじま

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6/10/2023, 12:13:31 PM

 梅雨の晴れ間にジャガイモ掘り。

梅干しと水筒と軍手とをプラスチック製の黄色のカゴに入れて、家を出た。

 目眩がするほどの急斜面に、へばりつくように作られた石積みの段々畑。

青々しげるジャガイモ畑を目指して、テクテクテクテク、坂を下っていく。

まだまだ昼は遠いというのに、既に日差しは夏のように強くムシ暑い。

 早くしないと、ジャガイモとともに蒸されてしまいそう。

先に行ってジャガイモを掘り起こしている爺さんは大丈夫だろうか、狭い石段を一歩一歩、慎重に下って畑へと急ぐ。

テーマ「やりたいこと」

6/9/2023, 7:23:05 PM

 フェルメールブルーの朝霧。

滲む街灯が星屑のように輝いている。

 雨後の湿り気を帯びた空気が風に乗り、ベランダに立てられたカラフルなウインドスピナーがカラリと回った。

 真綿のような厚い雲が風に流され解されて、掻き消えていき、明けの明星が煌めく瑠璃色の空が顕になる。

 遠くの空が白く透けていき、やがて桃色のような橙色のような檸檬色のような、複雑怪奇な色に染まっていった。

 その頃には、新聞配達のバイクの音や会社へ向かう人の足音、電車の走行音等が微かに聞こえてくる。

降り注ぐ眩い白に、自然と笑みが溢れた。

 朝が来た。

また、新しい一日が始まる。

テーマ「朝日の温もり」

6/8/2023, 6:01:12 PM

 紫陽花の花を見たことのある人は少ないだろう。

小指の先程の四つか五つの花弁、無数の白い雄蕊。

 咲く頃には皆見向きもせず、素通りしていく。

季節感のない『何時もの』を手に取り、四季が無くなったと騒ぎ立てる。

 些末なものに目が行かなくなって、白駒過隙。

 紫陽花の萼片が色褪せていくように老いさらばえるのだ。

 しかし、紫陽花は、来年も見事に花を咲かせるだろう。

お前らのことなど知ったことか、と言わんばかりに。

テーマ「岐路」

6/7/2023, 5:23:56 PM

 テーブルの上の薄っぺらい紙切れ一枚。
「さよなら」という一言だけ、はしり書きされていた。
 もう何もやる気がおきなくて、僕はスーツのままベッドに突っ伏した。

 あと数日で地球に巨大な隕石が衝突する、というありきたりなハリウッド映画のような展開を前に、世界は既に崩壊していた。

 ライフラインは止まり、法も秩序も無くなり、人々は獣のように振る舞っている。

 あちこちから火の手が上がるが消防車は来ない、僅かな飲水を奪い合い、殴り殺された年寄りや女子供の死骸が道に転がり、それを捨てられたペットが貪っていた。

 助けを求める声に応える者は無く、悲鳴のような鳴き声が街に響くだけだった。

 食料が無くなり、飢えた者が死体から肉を切り取って、そのまま食べる。うまそうに。

 死体から滲み出た黒い液体を啜り喉を潤す者もいた。

地獄だ、この世は地獄だ、早く終わってくれ。

 やがて、みんな、餓死した。

地球に直撃するといわれていた隕石は、いつまで経っても降ってはこなかった。

誤解だったと気付いた時には、既に手遅れだった。

 人類は絶滅した。

たった一人の食べこぼしによって。

テーマ「世界の終わりに君と」

6/6/2023, 1:55:31 PM

 君が泣いていた。

キッチンの煌々と輝る明かりの下、フライパンの上のハンバーグがジリジリと焦げていくのも構うことなく。

 ぼたぼたと流れ落ちる涙、声を押し殺して静かに泣く君を。
暗いリビングの一角に佇んで、ただ、君のことを見ていた。

 出来ることなら今すぐ抱きしめたい、「ただいま」と言ってドアを開けて、ハンバーグを見て子供のように喜んで、君と一緒に食べたかった。

 でも、もう何も出来ない。

君と笑い合うことも、君の涙を拭ってやることも、君と食卓を囲むことも、君と同じ時を歩んでいくことも。

 君に謝ることさえ、もう出来ない。

死んじゃったから。

 ピーッと音が鳴って火が消えた、ハンバーグは黒焦げとなっていたが、君は気付かず泣き続ける。

 ごめんね、こんなに早くお別れだなんて。

もっと一緒に居たかった、もっと君の手料理をたくさん食べたかった、もっと君と。

 ずっと、ふたり諸白髪までって。
約束を破って、ごめんなさい。

 君の居る光がどんどん遠ざかっていく、別れの時がきたんだ。

 あいしてるよ、だれよりも、きみを。

きっと届くと信じて、ありったけの想いを君に送る。刹那、パチンと弾けて消えた。

 黒焦げになったハンバーグをひとり齧る。
ぐずぐずと鼻を啜りながら。

 夏も近いというのに、掃き出し窓からは冷えた夜風が吹き込み、ぼんやりと白いレースを揺らしていた。

テーマ「最悪」

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