緋色に染まる世界にひとり。
吹き抜ける風の音、金色の雲が棚引いていた。
世界との境界が曖昧になって、指の先から少しずつ融けて消えてゆくような、そんな危うい感覚に陥る時間。
かえりたい、という欲求、衝動に襲われる時間。
どうしようもなく深い深い孤独に包まれる、かけがえのない時間。
孤独が好きだ。
自分と向き合う時間だから。
深呼吸をする、息を吸う度、吐く度に孤独が染み渡っていくようで、全ての感情がリセットされたような気分になる。
自分が透明になったような、なんともいえないこの感覚が好きなのだ。
テーマ「沈む夕日」
地方に転勤になった友人が、クール便でホタテを送ってきた。
掌よりも大きな、特大サイズのホタテ貝。
どうやって調理すればいいのか、皆目見当も付かず、とりあえず友人にお礼のメールを自撮り画像付きで送った。
隙間にナイフを刺して、クイッとすると良いようだ。
検索して得た知識を元に、そのとおりにすれば、カパリと殻が開く。
思わず「おおっ」と声が漏れた。
殻パンパンに詰まった身を眺めていると、ふと検索して出てきた雑学を思い出す。
カイヒモの黒い点は、全部、ホタテの目。
……何だか気味が悪くなったので、フライにしてタルタルソースをたっぷりとかけて食べた。
テーマ「君の目を見つめると」
気の利いた言葉なんて、咄嗟には出ないもんだ。
泣き腫らした目元の、涙を拭うハンカチだって携帯してない。
一流企業に勤めてもない、ただの夜間清掃バイトだし、いつも生活はカツカツ。
チビデブハゲ眼鏡のファッションセンスの欠片もないモテない三十路野郎で、ストレス解消はネトゲでイキることしかなくて。
恋愛どころか女の子の知り合いすら居ない、どうしようもない小者。
でも、掴んでしまった。
終電一本前の電車の前に飛び込もうとした女の子の腕を。
ごめんね、大丈夫?、いや痴漢とかじゃないから、そんな勇気ないからホントに。しんじて。
脳内では、早口で言い訳がましい言葉が流れてくるが、口の中はカラカラに乾いて何も言葉が出てこない。
暫く、見つめ合っていると、電車は何事もなく走り去ってしまい、閑散としたホームに二人だけ取り残された。
ホームの椅子に並んで座り、女の子にコンポタを奢る。
ミジンコ程のコミュ力をフル回転させて、話を聞けば高校生だと、過換気気味の鼻声で呟く。
辛いことも悲しいことも、誰かにイジメられている訳でもない、ただふとした瞬間に、無性に寂しくなって死にたくなるのだと、女の子は絞り出す。
なんて答えれば良いのだろう?
贅沢だ甘えんな、そんなのみんな一緒だよ、ありとあらゆる慰めの言葉が浮かんでくる。
どれも違うな、と思って都会の真っ暗な夜空を見上げて深呼吸。
終電まで、あと十分。
それくらいまでには、納得解も出てくるだろう。
テーマ「星空の下」
弟の誕生日ということで、バイト帰りに弟が欲しがっていたゲームを購入しラッピングも頼んで、落とさないように鞄にきっちりと仕舞って帰宅。
玄関のチョイくたびれた茶色の革靴を見て、父が既に帰ってきているのを確認、ドアの鍵とチェーンをかけた。
ただいまー、とリビングに入ると、直ぐに母が安堵したような声色で「おかえり」と返ってきた。
何故かソファで項垂れている父の側を素通りし、鞄をドサッと床に下ろす。
弟が居ないスキに、カーテンを留める布を引っ掛ける金具のとこにプレゼントを挟んで隠しておく。
ひと仕事終えたぜ、と振り向くと、テーブルの上、サラダや唐揚げ等に紛れて見覚えのあるゲームソフトが置かれているのが見えた。
思わずソファに目を向けると、どでかい溜息を吐く父。
ゲームソフトを手に取り、パッケージをよく見ると真ん中のモンスターのデザインが少しだけ違っていた。
これは、弟が欲しがっていたゲームソフトのかたわれ……通称「じゃないほう」だ!
こんなの見せたら弟ギャン泣きだよぉ、と思っていたら母が首を横に振った。とき既に。
父が鼻を啜る音が聞こえる、第二ラウンドは御免だ、こちとら学校から直接バイトで流石に腹ペコ。
セットにしちゃえば良いじゃん。
これぞ、天の声。
善は急げと綺麗に包装紙を剥がし、父の買ったゲームソフトを重ねて包み直して、涙腺決壊寸前の父に渡す。
部屋で不貞寝していた弟を俵抱きにし、問答無用で食卓に着かせると、涙目の父が持ってきたケーキのローソクの火を、半ば無理矢理に消させる。
お誕生日おめでとう、の「め」位で空腹に耐えきれず、目の前のバラ寿司を口いっぱいに頬張った。
テーマ「それでいい」
もうすぐ母の日だ。
毎年、八号鉢のカーネーションを贈っていたが、今年は花束にしようと思う。
もう、鉢を置くスペースが無いから。
玄関から始まり、客間、縁側、リビング、トイレ、庭と目の届く所には既に何鉢も置かれているのだ。
そもそもカーネーションは、亜熱帯気候の日本には不向きな植物。
大抵、梅雨時に溶けて消えるか、夏の高温と強烈な日差しに曝されて干乾びる運命だ。
しかし、我が家に来るカーネーション達は、そんな運命にアッパーカットでも喰らわしているのかの如く、みんな元気に夏を越していく。
軽くホラー。
そんなことを思いながら、プシュプシュと薬をかけて周るのだった。
テーマ「1つだけ」