「おじさ……」
吐息も、鼓動もはっきり聞こえる。
腕の中にぎゅうと収められ、息が止まりそう。急にどうしたのか、と聞きたいが心当たりがないわけでもない。
「すまない、急に」
腕の力が緩められた。顔を上げ、彼の顔を見てみる。いつもの涼やかな顔ではなく、色気を滲ませる大人の顔をしていた。横に流して固めていた髪も、降ろしている。
「お前が卒業するまでは、線引きをすると決めていた。だから、今日までは我慢していたんだ」
隣に座ることはあっても、触れることはしてこなかった。そういうことだったのか。
「けど、もういいだろう。お前に寂しい思いをさせてしまったし、私もそろそろ我慢の限界だ」
軽々と抱え上げられ、行き着く先は彼の部屋。捲りあげられた服からは、筋肉質な体が見えた。
着崩して、開けてる首筋に目が行く。
「そう見られると……恥ずかしいが、お前なら良いか。それにしても、本当に綺麗な顔だ」
目を逸らそうとしたが、彼はそうさせてくれなかった。端正な顔立ちに迫られ、私は目を閉じて身を竦ませるしかできない。
首筋に熱い空気を感じた。
「それに温かくて、気持ちが良い。このまま一緒に……な」
『熱を分け合う』
「距離」2023/12/02
朝晩の寒さが堪える季節。今日は一段と冷えるし、乾燥も相まって最悪だ。
「おじさん、おはよ」
「おはよう。スープ温めるから、少し待っててくれ」
「ありがと」
彼女はふらふらとした足取りで洗面所へ向かう。そういえば、いつも長袖の体操服を寝巻き代わりにしているが、家においてきてしまっているのだろうか。
普通ならそれで納得がいくが、彼女の家庭環境を考えると、違うような気がする。
「いただきます。暖かくて美味しい」
「それは良かった。そうだ、いくつか聞きたいことがある、いいか?」
快諾してもらったところで、先程考えていた質問をしてみる。
「……ない、よ」
「そうか。わかった」
部屋着だけじゃない。女性である以上、必要なものは多い。これを機に揃えてもらおう。
「買いに行くか」
「え、でも、私はお金そんなに持ってないし……」
「俺が出す。それでいいか?」
「わかった……」
行きは俺の上着を貸し、色んな店を見て回った。彼女も人混みを嫌がるから、手早く済ませて早く帰る方向で進めた。
「ね、どっちがいいかな」
「洗濯するし、二つあってもいい」
「スキンケアだけでもしておいたほうが良い。メイクか?覚えておいて損はない、休みの日に試してみるのもアリだ」
「……おじさん、いつか私にしてくれる?手先が器用だし」
「させてほしい」
「おじさん、重たくない?」
「確かにな。戻って車に積み込もうか」
まぁ色々あったが、目的の衣類系とスキンケア用品は無事に手に入れた。
そして、最後の店に来た。
「すぐ終わるから、もう少しだけ付き合ってくれ」
「いいよ」
コートと帽子を手に取り、彼女を呼ぶ。試着してもらおう。
「これを着てくれないか」
「わかった、終わったら開けるね」
少しして、彼女に呼ばれた。
「素敵だ」
「おじさんのセンスがいいんだよ」
「ありがとう」
もう少しかかるかと思っていたが、そうでもなかった。それに、彼女も満足してくれたみたいだ。
「おじさん、ありがとう」
「あぁ……俺の方こそ。帰るまで時間もかかる。ゆっくり休むといいさ」
しばらくは外の景色を眺めていたみたいだが、久々に歩き回った眠気には抗えなかったらしい。
心地よさそうな寝息が聞こえる。
暖房を入れ、毛布をかけて、家路へと車を走らせた。
『ゼロからの冬支度』
「冬のはじまり」2023/11/30
「……貴女を大切に思っている人たちのことを考えるべきだ」
ムリナールは彼女の背中を擦る。
乱れた呼吸を落ち着かせるように、規則正しく。
空いた右手で彼女の頬に伝う涙を拭う。
「すまなかった。だが、憂いているんだ。彼女たちも、私も」
呼吸と咳が落ち着いたところで、彼女を抱きしめた。極寒の地に晒された頬は凍てつくような冷たさにまで落ちていた。
「フローリア」
手のひらにアーツを纏わせ、両手で包み込む。
「帰ろう」
「……はい」
2023/11/29(※明日方舟)
「終わらせないで」
何を持って「愛」というモノを定義する?
―――
男は少女の髪を梳く。彼女はそれを拒むことなく、むしろ受け入れている。
苦しげに漏れ出す息、背中から伝わる熱、髪を梳く指。
男の全てが温かくて、愛おしくて、自分から求めていた。
「くる、し」
「……すまない」
「ん、いいよ」
壊れ物を扱うようにしていたが、いつの間にか思いの丈が溢れていた。
「嫌じゃないのか、こんな見知らぬ男に抱きつかれて」
遺族の控室で眠り落ちていた彼女を、遠い親戚と偽って家に運んだ。
何故こんなことをしたのかと男自身もわからぬまま、この状況に至った。
「控室で起こさないでくれたし、式ですべきことも教えてくれたから」
そう話す少女に、男は足を絡めた。気付いた彼女の顔が緩む。
「おじさんのこと、もっと知りたいの」
色恋を知らぬ葬儀屋に、天涯孤独の身となった少女。
彼らは密やかに愛を紡ぐ。
誰にも取られたくなくて、このまま二人で溶けてしまいたいから。
『孤を交える』
「愛情」
「これですか?お母さんが編んでくれたんですよ」
袖から手の半分が覗いている。店で買ったのかと思いきや、彼女の「母」からの贈り物らしい。
目が詰まっているのか、暖かいらしい。
「手を入れても?」
「どうぞ!」
彼女の体温も相まって、溶けるように熱い。
後ろから抱きついてみると、彼女は静かになってしまった。それでいい、このままいさせてもらおう。
『柔らかなぬくもり』
「セーター」