Morris

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9/3/2023, 10:17:49 AM

「些細なことでも、何かあったら言ってね」

彼はそう言ってくれる。
心配なのだろう。自分も大変なのに、身を案じてくれるのはありがたい。

日々のつぶやき/些細なことでも

8/24/2023, 10:07:58 AM

「おや、マスター。どうしたのかな?」

部屋に戻る途中、バーソロミューに声をかけられた。

「バーソロミューか。モリアーティ教授のところで飲もうとしたけど、あいにく閉まってたみたいでね。部屋で飲もうかなと」
「なるほど、ふむ……」

こちらの事情を話すと、彼は何かを考えだした。気になって立ち止まっていると、何か思いついたらしい。

「マスター、君さえ良ければ、私の海賊船で飲まないか?」

教授のバーで飲むとき、結構な頻度で視線を感じていた。彼で間違いないだろう。
別に咎めるつもりはない。至福のひとときを邪魔されたわけでもないからだ。
それに、いつもと違う場所で飲むのも悪くない気がした。

「なら、お邪魔させてもらおうかな」

月明かりの下で、密かに飲むのも悪くない。

お題
「海へ」

※未完

8/21/2023, 9:44:35 AM

私とベスタは、瓦礫を背に座っていた。
敵の足止めと殲滅に成功したものの、互いに力尽きてしまった。

「へラグ様、星空が綺麗ですよ」

彼女につられて空を見上げると、星の連なりや夜空の裂け目が浮かんでいた。
雨上がりの寒々しくも澄み切った空気は、美しさに磨きをかけている。

「それにしても寒さが堪えるな。もっと近くに来てくれないか?」
「わかりました……え、えっと」

彼女を太ももに座らせ、肩を抱く。
隣に座ったり、手を繋いだりすることはあったが、彼女の想いや子どもたちの手前、なかなか大胆に密着することはなかった。だからだろう、耳まで赤くして、彼女は何も言わなくなってしまった。

「ベスタ」

返事はない。

「戻ってきてほしくなかったが、心のどこかで貴女を求めていたんだ」

己の分まで生きていてほしかった、最期はその手で逝きたかった、と相反する願いが渦巻く。
どちらにせよ、彼女を愛していることには変わりがない。それだけは伝えたかった。

「へラグ様、私も同じ気持ちです」
「ふむ……」

彼女の手が頬に添えられた。手袋越しでも心地よい温かさが伝わってくる。
柄にもなく擦り寄ってみたり、自分の手を重ねてみたりする。
反応が気になって、彼女の方を見ると、どこか切羽詰まったような顔をしていた。

「どうした?」
「私のわがままを聞いてほしいのです」
「あぁ、良いぞ」
「へラグ様なら、そう言ってくださると信じていました」

そう言って、首に腕を回してきた。今度は彼女が擦り寄る側になった。
彼女の鼓動が鮮明に聞こえる。

「目は閉じておこう。好きにして構わない」

視覚が無くなった分、聴覚が鋭くなる。風の音に紛れて、彼女の息遣いが聞こえる。
深い息の後に、柔らかい物が優しく押し当てられた。
予想はしていたが、いざ本当にやられると、感情が隠せなくなる。

「え、あ、へラグ様……」

離れる前に目を開けた。
ちょっとした悪戯のつもりだったが、言葉を発さなくなる程度には効いている。


お題
「空模様」「さよならを言う前に」

※未完

3/12/2023, 5:03:08 PM

手甲越しでもぬくもりが伝わってくる。
冷たくて近寄りがたい雰囲気とは裏腹に、彼は思いやりのある優しい人だ。

「貴女さえ良ければ、手を繋いで行きましょうか」
「お願いします……」

改めて彼の顔を見ると、新聞やニュースで見た騎士に近いものを感じる。
ボリュームのあるふわりとした尻尾、朝日を思わせる金色の瞳と艶のある髪。
端正な顔立ち、落ち着き払った声色。
違うところを挙げるのなら、目もとや雰囲気、言葉の重みだろう。
経験を積んだ、大人の男性だということを感じさせられる。

「おじさまは、剣を扱うのですか?」
「えぇ。ずっとこの剣を扱ってきましたからね」

派手な装飾こそないが、傷は少ない。
彼のことだ、きっと手入れを怠らずに大切に扱ってきたのだろう。
私も道具を扱う以上、彼を見習わなければ。

それにしても、メジャー期間中のカジミエーシュは目にも耳にも優しくない。
赤と青のネオンが輝き、試合結果もあちこちで放送されている。夜の静寂と暗闇を壊し尽くす光景に、私も顔をしかめた。

「……くだらない、こんな茶番劇なんて」

忌々しげに吐き出された彼の言葉は歓声の中に消えていく。少しだけ、握る手に力が込められた。

彼は口数が少なく寡黙な人だ。会話こそ続かないが、この沈黙は不思議と心地良い。
例えるならば山々の澄み切った空気と表せる。

この時間が永遠に続いてくれると嬉しいけど、もうすぐで事務所が見えてくる。
別れる前に、お礼の一つでもしなけばいけないが……受け取ってくれるのだろうか。

「何か飲みますか?」

事務所の近くにはベンチと自販機があったはずだ。お金は持ってるし、コーヒーの一杯くらいは受け取ってくれるはずだ。

「コーヒーを」
「わかりました」

手の中で熱を持て余しそうになるが、彼はいつの間にか私の背後に詰めていた。左手にあったブラックは小銭に変わっていた。

「あ、あれ……」
「お気になさらず。私は自分のするべきことをしたまで」

強い風が吹いた。前髪が目に刺さりそうになって、思わず目を閉じてしまった。
目を開けると、先程のように、彼は距離を詰めて私の目の前に立っていた。

「一つだけ忠告を」

余計なことかもしれないが、と彼は付け加える。

「夜のカジミエーシュへ一人で出歩く真似は止めた方がいい。貴女のような人は、特に」

私のような人間、それはどういうことなのかを考えてみる。フェリーンという種族、それともトランスポーターという職業。もしくは、抑えきれない好奇心を短時間で見抜かれていたのか。

「ありがとうございます。それと、最後にもう一つだけ」

凪いだ目が真っ直ぐに私を捉えている。
彼が敵でなくて良かったし、これからもそうならないことを願おう。

「貴方のお名前を、教えてくれませんか」

きっとまた、彼とは何かしらで関わるはずだ。いつか訪れるその日のために、情報と人脈は多いほうが良い。

『Młynar Nearl』

「よろしいですか」
「はい……お忙しいところ、引き止めてしまって申し訳ないです」
「いえ。私はこれで失礼します。お気をつけて」

彼の姿は闇に溶けて見えなくなってしまった。だけど、握っていた手の感覚から道中の空気感まで、全て鮮明に思い出し感じることができる。

手を繋いでいた。名前すら知らないうちに、自然と。
空いていた心の隙間が少し埋まって、胸が熱くなる。思い出すほどに彼を追いかけたい気持ちが高まって、指先まで血が滾る。

「わかんないよ、くるしい……」

何も考えられなくなる。
誰かを好きになるというのは苦しい。
曖昧で報われるかどうか、そもそもこの気持ちを伝えるにはまだ遠すぎる。

「……明日の準備して、迎えを呼ぼう」

全てはまだ始まったばかりなのだから。

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『夜明けと雪解け』

お題
「もっと知りたい」

3/8/2023, 10:00:49 AM

「お目覚めですか、お嬢さん」
「うん……?ジャック、か」
「ええ、私ですよ。気分があまり良くないみたいですね。白湯でも入れてきますか?」
「いや、紅茶を頼む」

体を起こして、辺りを見回す。アンティークな執筆机とパソコンとプリンターのコードがした絡み合う。民話や童謡で埋め尽くされた本棚や調度品を見る限り、いつもの家で間違いない。
白湯のほうがいいかもしれないが、今は彼の淹れる紅茶がほしい。手早く淹れてくれた主に感謝の意を示し、記憶の整理も兼ねて私は口を開く。

「酷い夢を見た。まだ、お前に出会う前の……忌々しい過去の話だ」

歪みきった家庭の色。

私の家は有名な旅館だった。表には出ないが、知る人ぞ知る、業界の重鎮が密かに訪れる……そんなところだった。

私は生まれつき肌が真っ白で、まともに学校に行けていたのか記憶が定かではない。不愉快な言葉の数々もまだ残ってはいるが、いつか消えてしまうだろう。

私の肌や体質と、旅館の関係を話す。
長女であった私は、学業の傍らで旅館の業務を手伝っていたことを覚えている。

裏方の作業、掃除や洗濯、簡単なものだった。

「私が逃げ出した理由はここからだ」

冬の気配が感じ取れる冷たい日だった。
月経と激務で体力が尽き、体の機能が錆びついていたところに、父であった人間から呼び出された。

『もてなしなさい、彼らの言うことは絶対だ』

襖の向こうには客らしき男達が座っていた。宴会用の広間と、区切られた布団を見て、全員を裁ち切ってしまおうかと考えた。
しかし、自分の手を汚したくはなかった。表面上は従順になり、言われるままに酒を注ぎ、彼らの話に耳を傾けた。
夜が更けて日付が変わった頃に、着替えとお手洗いを……と言って部屋を抜け出した。

酒が入って気が大きくなった連中の会話なぞ知れたものであったが、証拠は多いほうがいい。
聞こえてきた会話を録音し、制服を脱ぎ捨て、玄関に忍ばせていた荷物を掴んで、夜の街へと繰り出した。

「……バレなかったのですか?」
「普通にバレたよ。駅に着く少し前に旅館の方角から怒号が聞こえてたからね」


「月夜」(※未完)

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