手甲越しでもぬくもりが伝わってくる。
冷たくて近寄りがたい雰囲気とは裏腹に、彼は思いやりのある優しい人だ。
「貴女さえ良ければ、手を繋いで行きましょうか」
「お願いします……」
改めて彼の顔を見ると、新聞やニュースで見た騎士に近いものを感じる。
ボリュームのあるふわりとした尻尾、朝日を思わせる金色の瞳と艶のある髪。
端正な顔立ち、落ち着き払った声色。
違うところを挙げるのなら、目もとや雰囲気、言葉の重みだろう。
経験を積んだ、大人の男性だということを感じさせられる。
「おじさまは、剣を扱うのですか?」
「えぇ。ずっとこの剣を扱ってきましたからね」
派手な装飾こそないが、傷は少ない。
彼のことだ、きっと手入れを怠らずに大切に扱ってきたのだろう。
私も道具を扱う以上、彼を見習わなければ。
それにしても、メジャー期間中のカジミエーシュは目にも耳にも優しくない。
赤と青のネオンが輝き、試合結果もあちこちで放送されている。夜の静寂と暗闇を壊し尽くす光景に、私も顔をしかめた。
「……くだらない、こんな茶番劇なんて」
忌々しげに吐き出された彼の言葉は歓声の中に消えていく。少しだけ、握る手に力が込められた。
彼は口数が少なく寡黙な人だ。会話こそ続かないが、この沈黙は不思議と心地良い。
例えるならば山々の澄み切った空気と表せる。
この時間が永遠に続いてくれると嬉しいけど、もうすぐで事務所が見えてくる。
別れる前に、お礼の一つでもしなけばいけないが……受け取ってくれるのだろうか。
「何か飲みますか?」
事務所の近くにはベンチと自販機があったはずだ。お金は持ってるし、コーヒーの一杯くらいは受け取ってくれるはずだ。
「コーヒーを」
「わかりました」
手の中で熱を持て余しそうになるが、彼はいつの間にか私の背後に詰めていた。左手にあったブラックは小銭に変わっていた。
「あ、あれ……」
「お気になさらず。私は自分のするべきことをしたまで」
強い風が吹いた。前髪が目に刺さりそうになって、思わず目を閉じてしまった。
目を開けると、先程のように、彼は距離を詰めて私の目の前に立っていた。
「一つだけ忠告を」
余計なことかもしれないが、と彼は付け加える。
「夜のカジミエーシュへ一人で出歩く真似は止めた方がいい。貴女のような人は、特に」
私のような人間、それはどういうことなのかを考えてみる。フェリーンという種族、それともトランスポーターという職業。もしくは、抑えきれない好奇心を短時間で見抜かれていたのか。
「ありがとうございます。それと、最後にもう一つだけ」
凪いだ目が真っ直ぐに私を捉えている。
彼が敵でなくて良かったし、これからもそうならないことを願おう。
「貴方のお名前を、教えてくれませんか」
きっとまた、彼とは何かしらで関わるはずだ。いつか訪れるその日のために、情報と人脈は多いほうが良い。
『Młynar Nearl』
「よろしいですか」
「はい……お忙しいところ、引き止めてしまって申し訳ないです」
「いえ。私はこれで失礼します。お気をつけて」
彼の姿は闇に溶けて見えなくなってしまった。だけど、握っていた手の感覚から道中の空気感まで、全て鮮明に思い出し感じることができる。
手を繋いでいた。名前すら知らないうちに、自然と。
空いていた心の隙間が少し埋まって、胸が熱くなる。思い出すほどに彼を追いかけたい気持ちが高まって、指先まで血が滾る。
「わかんないよ、くるしい……」
何も考えられなくなる。
誰かを好きになるというのは苦しい。
曖昧で報われるかどうか、そもそもこの気持ちを伝えるにはまだ遠すぎる。
「……明日の準備して、迎えを呼ぼう」
全てはまだ始まったばかりなのだから。
- - - - - - - - - - - - -
『夜明けと雪解け』
お題
「もっと知りたい」
3/12/2023, 5:03:08 PM