「お目覚めですか、お嬢さん」
「うん……?ジャック、か」
「ええ、私ですよ。気分があまり良くないみたいですね。白湯でも入れてきますか?」
「いや、紅茶を頼む」
体を起こして、辺りを見回す。アンティークな執筆机とパソコンとプリンターのコードがした絡み合う。民話や童謡で埋め尽くされた本棚や調度品を見る限り、いつもの家で間違いない。
白湯のほうがいいかもしれないが、今は彼の淹れる紅茶がほしい。手早く淹れてくれた主に感謝の意を示し、記憶の整理も兼ねて私は口を開く。
「酷い夢を見た。まだ、お前に出会う前の……忌々しい過去の話だ」
歪みきった家庭の色。
私の家は有名な旅館だった。表には出ないが、知る人ぞ知る、業界の重鎮が密かに訪れる……そんなところだった。
私は生まれつき肌が真っ白で、まともに学校に行けていたのか記憶が定かではない。不愉快な言葉の数々もまだ残ってはいるが、いつか消えてしまうだろう。
私の肌や体質と、旅館の関係を話す。
長女であった私は、学業の傍らで旅館の業務を手伝っていたことを覚えている。
裏方の作業、掃除や洗濯、簡単なものだった。
「私が逃げ出した理由はここからだ」
冬の気配が感じ取れる冷たい日だった。
月経と激務で体力が尽き、体の機能が錆びついていたところに、父であった人間から呼び出された。
『もてなしなさい、彼らの言うことは絶対だ』
襖の向こうには客らしき男達が座っていた。宴会用の広間と、区切られた布団を見て、全員を裁ち切ってしまおうかと考えた。
しかし、自分の手を汚したくはなかった。表面上は従順になり、言われるままに酒を注ぎ、彼らの話に耳を傾けた。
夜が更けて日付が変わった頃に、着替えとお手洗いを……と言って部屋を抜け出した。
酒が入って気が大きくなった連中の会話なぞ知れたものであったが、証拠は多いほうがいい。
聞こえてきた会話を録音し、制服を脱ぎ捨て、玄関に忍ばせていた荷物を掴んで、夜の街へと繰り出した。
「……バレなかったのですか?」
「普通にバレたよ。駅に着く少し前に旅館の方角から怒号が聞こえてたからね」
「月夜」(※未完)
3/8/2023, 10:00:49 AM