「海の底まで行ったら、永遠が手に入るのかな」
君が突拍子もないこと言う時は何か悩みがある時。それをわかっていても俺はぶっきらぼうに答える。
「人間は海の底なんて行けねーよ。機械つけても十数メートルだ」
「でもほら、人魚とかだったら」
「おまえは人魚じゃねーし。それに人魚だって王子に選ばれなかったら海の泡になるんだぜ」
有名なアニメはハッピーエンドだけど、実際はそうじゃない。
「永遠なんて…どこにもない。ないんだよ」
そっか。当たり前だよね。わかってる。俺だって。
ただ俺はね。
君は寂しくそう答えて、言葉を切った。
俺たちはどこにも行かない。ここにいる。だけど永遠はありえないことも、知っている…。
君はしばらく黙ったまま、ふいに小さく笑って言った。
「でも、俺は人魚姫より幸せだね。だって泡になることはないもの。王子に選ばれたもんね?」
「よせやい」
自分で言ったことだけど吹き出して、それに君ももう一度笑った。
▼海の底
「雪だぁ!」
玄関を開けると白いのがはらはらと降っていて、俺はさみーなとしか思わないけど雪国生まれの君はものすごく嬉しそうな声を上げる。
雪なんて見慣れてるだろうに、君は毎年毎回そうやって声を上げて、俺はそのたびほんの少し機嫌が悪くなる。
灰色の空を見上げ、君は手のひらで雪の結晶を受け止める。目を細めて心から楽しげに。
俺の知らない、雪に馴染む君。いつか雪の国に帰ってしまいそうで不安になるんだ。
「なぁなぁ、積もるかなぁ」
「…知らねーよ。積もったら車出せなくなるからめんどーだろ」
そーだけどー。と不満な声を出す君を追い抜いて、俺は歩き出した。
君がどんなに雪が好きでも、返さない。
溶けて消えることなんて許さない。
▼雪
仕事の待機中にちょっと外へ出たら冬だっていうのにびっくりするくらいポカポカ陽気。
中庭のベンチに腰掛けて日向ぼっこしてたら君がひょいと現れた。
「こんなとこにいたのかよ。探したわー」
「呼ばれた?」
いや、と首を振って、君が隣に座る。やべーあったけーと空に顔を向けて目を閉じる君。ベンチに放り出された手のひらに、俺はそっと自分の手のひらを乗せた。
「おい」
「いーじゃん」
突っ込まれたけど、君も手を引っ込めることはしない。君と一緒に冬の太陽を浴びる。きもちーな。眠くなってきた。
そうして俺は、君の膝にごろん。
「おいおい、さすがにやべーだろ」
「なんでよ…誰もなんとも思わないよ。おまえら仲良いなとしか、思わないよ」
俺がそう言うと君はしばらく黙ってからまぁそうだなって優しく言って、俺の髪をそっと撫でる。
わかってるよ、俺だって。噂なんてものは背びれ尾ひれがついてひらひらと泳いでいく。
でもね、もしもそんな日が来ても、俺は君と一緒なら何にも怖くないなって思うんだ。
こうして一緒にお日様にあたってればさ、それでいいんだ…
▼君と一緒に
キーンと音がしそうなほどの冬晴れの青い空。風は冷たく、頬を赤くする。
ポケットに手を突っ込んで、俺はサクサク歩き続ける。どこに向かってるわけでもない、ただの散歩。
色々あったから、健康に良いと言われることはなんでも手を出したくなる。散歩もそのひとつ。
何にもなく、ただ歩く。君がここにいたら良いのにな。ふとそんなことを思いながら。
ここにいて、隣を歩いてくれたら良いのにな。いや前を歩いてくれても良い。俺はその背を永遠に見ていられる。
後ろを歩いてくれるので良いな。君は先を歩く俺をぎゅっと抱きしめてくれるかな?
「俺じゃダメかとか言ってくれないかなー」
そんな甘い妄想をしながら、俺は雲ひとつない冷たい青空の下、歩いたのだった。まる。
▼冬晴れ
一緒にテレビ見てたら、オレの故郷のニュースをやってた。
よく見てた光景に、きらきらのイルミネーション。
「ここ、知ってるとこ?」
「うん、めっちゃ知ってるとこ。毎年きれーなんだよね。この時期忙しいからあんま行ったことないけど」
「まぁ…忙しいよな」
年に数回帰ってるから別になつかしー!行きたーい!ってほどは思わないけど、でもちょっとは寂しいかな。
映像ではみんなにこにこ、良い笑顔を浮かべている。それ見てオレもニコニコしちゃう。
でも隣の君はジーとオレを見てた。
「なに?」
「ちょっとオレ今、良いこと思いついた」
言うと君はオレの手を取って、スマホ片手にベランダに出た。
「寒いよ、なんなの」
君はスマホでなにか探して、そしてあった!と一言。そして2人の間にスマホを向けた。
「絶対動画上げてる人いると思ったんだよ。ほんのちょっとだけイルミネーション気分」
小さく四角いスマホの中は、あの街のイルミネーションが輝いてる。
オレはその画面と君とを何度を見る。そして笑顔を浮かべる。
今多分、オレは世界で一番の笑顔を浮かべている。
▼イルミネーション