彼の懐中から光る何かがするりと堕ちる。カツン、と蚊でも鳴くような音は夜のネオンの中で私の耳にしか届いていないらしく、彼は低く弾んだ声だけを私に投げ続けている。
私はふうん、とか、へえ、とか、少しだけ高い声で生返事をしながら地面の方に目をやると、銀色に光るリングが転がっていた。彼の落し物に思わず口角が上がり、私は冷たい息を吐いて、前を歩いていた彼の腕に抱きついた。珍しく機嫌の良い私に彼の表情は驚愕の色をしていたが、やがて薄い笑みを浮かべて何かをべらべら語り出していた。
まあ。なんてちっぽけな愛だ事。
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『tiny love』
ふわり。
僕の身体が宙に浮いた時、君は躊躇なく僕に抱擁しに来てくれた。逞しく温かい腕が僕を包んだとき、風を切る音に混じって君の鼓動が聞こえるのだ。あの時君が僕と共に死ぬことに躊躇しないと優しく笑ってくれた。
地獄のような現世の中で、来世では共に生きようと大きな賭けにでられたこと。僕の人生、それだけで充分です。
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『僕と一緒に』
君の光をいっぱい集めた大きな瞳が、私の手を引く少し冷たい掌が、控えめなサボンの香水が、コントラバスのような落ち着いた安定感のある声が、時が経つに連れて少しずつ記憶の端へ流れ落ちていく。
けれど、私は殆ど残っていない君の残骸を掻き集め、幸せだった日々の欠片を垣間見て人生を歩くばかり。
未練たらしい人、皆は私を笑うのでしょうけれど。
雨がやみませんね。私の中で、いつまでも。
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『君と歩いた道』
叶うならば貴方の腕の中に最期はいたい。
傷だらけの不器用なその褐色の手で強く抱かれるならば、私は早く死んだって、地獄へ逝ったっていい。
例えそれがどんなに痛い抱擁だって、永遠に忘れてやらないのに。
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『そっと包み込んで』
ウチには珈琲カップなんて洒落たモンはなく、飲む物はただの缶珈琲。こんなのじゃ頭は冴えやしない。ソファに深く座り直し、デスクの資料から目を背けた。
ま、焦る必要なんてきっとない。今日の私は呑気屋さんなこったと、昨日の私がみれば叱責するだろうか。さあ、日の沈みかけた窓の外を見上げては悪戯に笑ってみせよう。
嗚呼、黄昏時の橙に狐が嫁入ったらしい。
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『昨日と違う私』