好き、嫌い、好き、嫌い、
もきゅ、もきゅ、もきゅ、
ランダムな、チーズ、が、
明日、の、リボン、の、鉄。
好き、嫌い、好き、嫌い、
薊、が、笑う。
猫、が、流れる。
リズム、を、吐く、騒ぐ。
もきゅ、もきゅ、もきゅ、
シナプス、と、チョコレート、の、色、と、混ざる、世界、の、果て、に、さざめく、水、の、硬さ。
好き、嫌い、好き、嫌い、
分からない、小人、と、カレーパン、の、物理演算、の、世界、が、迷子、に、なって、今、ワードサラダ。
好き、嫌い
言葉、を、主食、に、する、には、鍛錬、が、果てしなく、戻らない。
知らない、食べ物、を、からく、総て、噛み砕き、電気信号、を、体全身、に、巡ら、せる。
好き、嫌い、好き、関係、なく、
アイス、と、暖炉、の、調理、していない、サラダ。
もきゅ、もきゅ、もきゅ、
ただ、味蕾、を、焼き付ける、爽やかな、乱雑な、アヒル。
あまりに、恋、で、ささやかな、生焼け。
もきゅ、もきゅ、もきゅ、
好き、嫌い、好き、嫌い、
ショート、する、元素、と、炎色反応、を、する、ピザ、の、白紙。
もきゅ、もきゅ、もきゅ、
好き、嫌い、好き、嫌い、
鮮やかな、洞窟、に、黒い、トマト缶、が、遠く、山、の、向こう、に、のんびりと、散る。
噛み締めた、地上、は、バラバラ、に、頽れて、ただ、苔、焦げる。
※こちら、当店自慢の「本日のワードサラダ 素材の味をしたためて」でございます。
おいしさは保証致しませんが、好き、嫌い、はあるはずです。
どうぞ、落ち着いてご賞味ください。
そして、食べ終え、空が飛びましたら、ぜひ「本日のワードサラダ ドレッシングとクルトンを中心に」をご賞味くださいませ。
泣き腫らした顔だった。
雨は止んでいた。
雨が土やコンクリートを濡らした香りだけが、ただ残っていた。
びしょ濡れで帰ってきたあの人は、頬に涙の跡をつけていた。
もっとも、それを雨の跡と見分けられたのは、あの人を観察していた私くらいだったろう。
メインストリートに面しているこのカフェは、気の良い優しいオーナーの影響か、コーヒや紅茶一杯で、何時間も居座ることができたから、さまざまな人がやってくる。
人間観察にはもってこいのカフェ。
私はこのカフェによく訪れた。
ここで、私はよく人間観察をする。
次の作品のネタ探しにだ。
コーヒー、時々紅茶を頼んで、店全体を見渡せるこの奥の席で、マグカップの中の液体を啜りながら、今日も私はカフェのお客を観察していた。
その中に、あの人はいたのだ。
おとなしそうで、穏やかそうだった。
店にも静かに入ってきたし、落ち着いていたように見えた。
あの人は、すぐに窓際の席に座って、ラテを飲んでいた。
様子がおかしくなったのは、雨の降り始めた数分前からだった。
急な夕立。
激しく降り出した雨をぼんやり窓越しに眺めていたあの人は、突然、ハッと何か思いついたような顔をして、それから雨の降る外へ向かって、慌てて走りだしたのだった。
きっと、あの人は、人前で涙を見せたくなかったのだ。
泣くならひっそりと、誰にも悟られないよう、分からないように泣きたかったのだ。
夕立は長くは続かない。
雨が降り止むと、あの人はずぶ濡れで戻ってきた。
ずぶ濡れなあの人を、邪険に追い払ってしまう店なら、行きつけにしなかっただろう。
この店も例外ではなく、オーナーはそっと、あの人のテーブルに、あたたかいココアを運んだ。
枝と枝の間の景色の真ん中に、一本の、透明な細い糸が張り詰めている。
細い。
よく目を凝らしてみないと見えないほど、細くて透明で、頼りない糸。
しかし、この糸は、絹糸より強いという。
この糸をよく探して、集めて、ひと束にまとめる。
それが、私の仕事だ。
こんな糸を集めて、何をするのか。
それは末端で糸集めとして働く私には分からない。
ただ、毎年毎月、結構な量の糸が必要とされている、ということだけは、わかる。
ノルマの傾向から。
今日集めたこの糸は、染色係班のredに引き渡す用なのだそうだ。
先輩によれば、ここ二、三年は、染色係班に卸す糸は少なくなってきたのだそうだが、それでも、染色係班に卸す糸はかなり多い。
二番目に多い卸先だ。
ちなみに今年の卸先で一番多いのは、インフラ加工係班らしい。
彼らはこの糸を用いて、ネットワークを構築している、と言われているが、無学な私には、よく分からなかった。
私は、枝と枝の間の空間に張り詰めている糸を、仕事用具で絡めとった。
なかなか長くて助かった。
あと3、4本も見つければ、今日の分は達成できるだろう。
ねばねばと、少し粘性を持った透明の糸の束を抱え直す。
蜘蛛を探さねば。
この糸は、蜘蛛と一緒にあることが多いのだ。
私は、景色に目を凝らしながら、山道を歩く。
蜘蛛と、透明な蜘蛛の糸を探しながら。
子供が手を伸ばしている。
棚の上のおもちゃを取りたいらしい。
しかし、あのくらいの子が、自力で取れる高さではなさそうだ。
棚は背が高い。
子供よりずっと。
絶対に届かないだろう。
届かないのに、諦め悪く、子供は手を伸ばし続けている。
届かないのに。
水っぽいアイスコーヒーを一口、飲んだ。
子供はまだ手を伸ばし続けていて、その保護者らしい大人はスマホを熱心に見つめていた。
ショッピングモールは騒がしかった。
ここ、ショッピングを待つ子供と親が過ごすための、ふたばスペースだかの、子供用遊戯スペースは、特に騒がしかった。
我が意を得たり、とばかりに、遊戯スペースの隅から隅まで走り回る子供。
他の子供と喧嘩をして、半泣きで言い合う子供。
おもちゃを乱暴に投げ捨てる子供。
大人に付き合わされている休日の鬱憤ばらしに、思い思いの形で好き勝手している子供たちは、本当に騒がしい。
騒がしい。
しかし、その騒がしさは、私には手が届かない。
あの、棚の上のおもちゃに手を伸ばし続けている子供のように。
私はいくら頑張っても、目の前で繰り広げられるこの騒がしさに手を届かせることはできないのだった。
ショッピングモールへは、買い物に来たのではなかった。
涼みに来たのだ。
その日を暮すのもやっとな日銭しか持たない私のような人間は、炎天下の今日のような日は、せめて入場にはお金のかからない施設にどうにか潜り込んで、ぼんやりと1日1日をやり過ごすしかないのだった。
だから、ここへ来た。
ここには、買い物にくたびれて、ただぼんやりとツレを待つ人が集まる。
じっとしていても、スマホを熱心にいじっていても、不審に思われないのだった。
私は、ぼんやりと、遊び続ける子供たちを眺めた。
金切り声をあげ、はしゃぎ、それでも周りの煩雑な騒がしさから、咎められることもなく、休日の鬱憤を晴らし続ける子供たちを。
アイスコーヒーを一口飲んだ。
氷が溶けてしまったからか、やけに薄く、そして微かに苦かった。
あの子供はまだ、棚の上に向かって手を伸ばし続けていた。
届かないのに。
左手に、壁を触りながら歩く。
壁に沿って歩けば、迷うことはないし、地図も書きやすいはずだった。
悪夢だ。
真っ暗で、自分の足音と、心音以外は何も聞こえなかった。
ただ真っ暗に入り組んだ道が延々と続いていた。
自分でも何を探しているのか、分からなかった。
ただ、この暗闇から何かを探し当てないといけない、というのは意識にあった。
この暗闇の、複雑な道程を踏破して、覚えておかねばならない、ということは知っていた。
漠然とした恐怖があった。
私はこの複雑に入り組んだ真っ暗闇の道から、何かを思い出さないといけないのだった。
私の記憶は、思い出さなくてはいけない大切な何かの記憶を、真っ暗な記憶の迷路の奥の奥にしまい込んで、思い出せなくしていた。
迷路の奥にしまい込んだ、記憶の地図になるはずの大切な記憶を、私は今から取り戻さねばならないのだった。
この悪夢は、それにさえ辿り着けば、終わるのだった。
この暗闇ばかりの記憶を辿って、記憶の地図を取り戻せば、私は目覚めることができるのだ。
分かっていた。私には。
しかし、なんとなく怖かった。
自分の足音が、心音が、闇の中の誰かをせき立てていた。
私は歩く。
壁を左手に伝いながら。
自分の心音に、足音に、闇に不安を持ちながら。
永遠にも思える、延々の道程を、ずっと。