蝋燭も マッチも火種を 守る家も
消えない灯 師走が暮れる
ゴミ箱の蓋をどうにか開けようと、カラスが跳ね回っている。
あちらこちらに打ち捨てられた、薄汚れた紙屑が、冬の冷たい風に転がっていく。
街並みのメインロードから外れた、薄暗い細い道は、べっとりと貧困と混沌がこびりついている。
道の壁に塗りたくられるようにベッタリと書きつけられた下品な汚い言葉。
道の隅には、至る所に、社会に見捨てられ回収されなかった人々の生活の抜け殻が、無遠慮に捨てられている。
安物のファストフード店の包み紙。
錠剤が抜かれた精神薬のケース。
割れた酒壜。半分液体の中味をたたえたプラスチック。
空になった薬瓶が、ここだけは丁寧に並べて捨てられている。
世の中はクリスマスや年末を控えたアドベンド真っ最中だというけれど、そんなおめでたいイベント、ここには存在しない。
あるのは、いつも通り汚れた貧相な生活と、モノのように打ち捨てられた私たちのような人の物乞いだけ。
鼠が道角に走っていくのが見える。
寒さが堪える。
こういう時期は、中心街の方は見ないに限る。
アドベンドを祝い、連日、温かいシチューだの、チキンだの、シュトーレンだのを暖かな部屋で食い、街の澄み切った壁をギラギラのイルミネーションで飾り立てる、中心街のこの時期の浮かれっぷりは、このスラム街からでもよく見える。
中心街は人が多すぎる。常に電気すら来ない、この路地に住む私たちには眩しすぎる。
しかし、そんな努力も無為に等しい。
中心街を見なくとも、目を上げれば、すぐそこにきらめく街並みが見える。
薄暗く、決してきらめくことのないこの路地とは対照的に、ちょっとでもまともな街は途端にこの時期に煌めき出す。
何せ、年末で、クリスマスで、アドベンド期間だからだ。
足元を鼠がコソコソ走り抜けていく。
カラスがゴミ箱を打ち倒し、何人かの孤児が、そちらへ走っていく気配がする。
少し目を上げれば、すぐそこにきらめく街並みが見える。
北風が、私たちの肌を容赦なく刺して、通り抜けてゆく。
物置の奥にこっそりしまった秘密の手紙。
私と私以外の人間は、汚いという証明の手紙。
しんどかったあの時に、悪口や嫌なことを全部吐き出したあの手紙。
私の秘密の手紙。
北風が冷たく乱暴に走りだし
ドアの隙間から冷気が忍び込む
真っ黒な雲から朝日が赤く見え
手先が氷のように冷え始める
冬の足音が近づいてくる
北風と、冷気と、暗闇と一緒に
贈り物の中身は、長命の不死薬か、一気に歳を取らせる煙か…。
浦島太郎の結末のパターンを思い浮かべながら、箱に手をかける。
差出人不明の謎の贈り物。
「助けてもらったお礼に」
届け先は確かに、私になっている。
小包サイズのダンボールは、きっちりガムテープで固定されている。
全く覚えがない。
私は誰か助けただろうか。
過去の私が助けていたとして、このご時世に、助けた-助けられたというその場だけの関係性の相手に、名前や住所なんていう個人情報を喋るなんて、そんなことあるだろうか。
よしんば助けていたとして、それがお節介で逆恨みとかされていないだろうか。
なにせ人の感情のこもった情の強い行動は、それが善意であれ悪意であれ恐ろしい。
そんな教訓はインターネットや世界中の歴史の中の至る所に散らばっている。
小包は思ったより軽い。
しかし、開けるのには勇気がいる。
ダンボールの蓋も、いつもよりずっと重たい気さえする。
いったいこの正体不明の贈り物の中身はなんなのか。
私はハッとして手を離し、小包の前で立ち尽くす。
「助けてもらったお礼に」
送り主のメッセージが、不気味だ。