薄墨

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3/24/2026, 11:10:46 PM

この道路のここは、雨の境目になっている。
風の流れのせいか、雲の量のせいか、向こうに見える山の勾配のせいか、ここは天気予報が「ところにより雨」の時、道路の真ん中を境に、向こう側で雨がくっきり、壁のように降っている。

一歩向こうに踏み込めば、たちまち雨粒が体を打ち、
ざあっと降雨の音が、耳を包み込む。
いつも雨雲の境目がここにある。
ここはそういう道だった。

目の前で、雨が地面を叩いている。
水たまりを跳ね飛ばした車が、水溜まりの残滓を撒き散らしながら、乾いたコンクリートを踏んでいく。

なぜそんな奇特なところに私はいるのか、というと、なんでことはない、この道路の先が私の地元だからだった。

間違っても、天気マニアで雨の境を観光に来たとか、新天地でうまくいかなかった自分の人生のために感傷に浸りに来たとか、そんな話ではない。

ただ、地元に、実家に帰る道すがら、通らなくてはいけない道なだけだ。

中学を卒業してすぐ、実家を出た。
山間の、周りでは一番大きいくせに、最寄りのコンビニに行くには車が必須な、そんな中途半端に廃れた地元の町が嫌になって、県外の高校を受験した。

授業でうっかりおもしろ回答をしたことや、良かったテストの点さえも、あっという間に広がる地元の町の狭い人間関係が嫌になって、当たり前のように、駅でカフェに寄り、その足で地下鉄を乗りこなす人を恋人にした。

色褪せ錆びれた店の看板や、蔦に絡まれた錆びついた門や、今にも崩れそうな空き家のブロック塀を避けて道の真ん中を通るように、と先生から言われるような、そんな閑散とした歯抜けのような町並みが嫌になって、ミニチュアか何かのパズルかのように、ぎっしりと清潔な建物が並び立つ、騒がしい街に住むことにした。

高校を卒業したら働くか、働くかの選択肢しか話さない同級生たちにうんざりして、志望大学や研究テーマや大学生活を受験勉強でやつれた顔で、しかし、キラキラとした目で語るそんな人を友人にした。

その結果は…
結果は。

ご覧のとおりだ。
私は結局、見慣れた雨の壁の前に立っている。

清潔な都会の街の高校に受かって、バスに乗って地元を出た日も、確か天気予報は、ところにより雨の日だった。
あの日、この雨の壁を抜けた時、私はスッキリとした晴れがましい気持ちだった。

これで、インターネットで自傷行為のように何度も見た、都会のキラキラとした未来を、自分の手に掴めるのだ、と信じきっていた。
あのスマホの中の無数の投稿から見えてきた、現代の地域格差というものから私は抜け出せたのだ、と思っていた。

しかし、それは間違いだったのだ。

判で押したような定型の暮らしで作り上げられた地元の社会で育った私は、自由への責任を知らなかった。
有り余るほどの選択肢がある中で、自分で最適解を考え、将来を選びとるということを、私はできなかったのだ。

気がつけば私は、溢れる物、人、選択肢に呑み込まれ、誘惑と欲望に負け、下へ下へと流され流され、とうとう街で生活できないほどに落ちぶれた。
追い詰められて、騙されて、賢くない私は、犯罪にまで手を出した。
私は、あの街では、まごうことなき田舎者で、喰われるカモだった。

あの時は、雨から脱せたと思っていた。
この雨の壁を抜けた、こちら側は、快晴だと思い込んでいた。

しかし、今私の上には、ぼんやりと濁った空がある。
考えてみれば当たり前だ。
「ところにより雨」の日は、雨が降っていない地域も、ぐずついた天気なのだ。

この道路は、雨の境目になっている。
一歩踏み出せば、たちまち雨粒が体を打ち、ざあっと降雨の音が耳を包み込む。

あの頃は、それを煩わしいと思っていた。
まだ自由の代償を知らない、青かったあの頃の私は。

3/24/2026, 8:40:54 AM

「大切なものは目に見えない」そう言った狐は、“特別な存在になる”ということを「懐かせること」だと言った。
慣れさせて、懐かせて、いつもの風景にその存在を思わせること、だと。
それは果たして真実だったのだろうか。

俺にはわからない。

ただ、ひとつ、わかることは、そうやって慣らし、手懐け、俺にとっても彼にとっても特別な存在となったはずのアイツは、俺を置いて逃げ延びてゆく、ということだ。

額の上を、鉄臭く生ぬるい液体が滑る。
逃げていく、さっきまで仲間だったはずの人々を、責めようというつもりはない。
むしろ正しいし、よかったと思う。
中途半端な道徳心で、一介の、この場においてはただの“人的資源”でしかない、ただの一兵士である俺にかまって、逃げ遅れたり、殺されたり、あるいはヘマをして他の民間人に迷惑をかけたりするよりは全然マシだ。
何せ生き延びられるのだから。

理性では、心の底からそう思う。

しかし、俺の醜く厚かましい本能は、黙っていてくれない。
建物の破片に敷かれた足の感覚がない。
脳はその分まで働きたいのか、熱く熱を持ち、本能の不平を内側からガンガン訴える。

あれだけのことをしたのに。
お前が住んでいた村、敵兵によって支配され、蝕まれつつあったあの村を守ろうと戦ったのは俺たちの分隊だというのに。
精神を病んだ母のせいで、安らげる場所をなくしたガキのお前に、水を与え、菓子を与えたのは俺だというのに。
子守唄を歌ってやり、背をさすってやったのは俺だというのに。

敵に惑わされ、ひどい仲間割れと監視社会への一歩を踏み出したお前たちを押し留め、奴らを追い払ったのは俺たちだというのに。

それでも、奴らが俺たちを負かすときたら、村の大多数を占める民衆たちは、みんな兵士をおいて逃げてゆくのだ。

生きるために。

正直、良い気分ではなかった。
昔、俺の周りの大人たちは言った。
「自分が正しいと信じたことをしてごらん。自分がしてほしいことを相手にしてあげてごらん。助かり喜ぶ相手の感謝の気持ちは、きっとあなたの心を温かくして、あなたの気分を良くさせてくれる。」

俺は自分が正しいと信じたことをした。
自分より弱い者たち、不幸な者たちを救おうとした。
畜生、曲がったままの背骨が痛い。
俺は正しいと思うことをした。
俺は相手を力の限り助けた。

しかし、彼らは逃げていく。
俺が背をさすってやったあのガキも。
俺の手を握ってくれたあの人も。
一緒に語らい、共に酒を飲んだあの人も。
懸命に戦う俺たちを背に、恩人たちを背に、
俺たちの力を享受していたはずなのに、俺たちの力に好き勝手ケチをつけながら。

敵兵がこの地を占領し、この村を支配する権力を手にし、“特別な存在”となったとき、彼らはきっと言うだろう。
「今まで、不当に従わされていた」と。
俺たちの支配は「酷かった」「間違っていた」と。

生きるために。

生ぬるい液体の重みが、俺に目を瞑らせる。
遠くから近くから轟音が、俺の耳を塞ぐ。
俺に見えない、聞こえないところで、俺が守り救ったはずだった、俺の特別な存在たちが、俺らを見捨てて逃げてゆく。

それでいい。
それでいいんだ。力を持たないのだから。
俺の理性は静かに言う。

良い気持ちではなかった。
けれど、悪くない気分だった。

2/7/2026, 1:48:52 AM

時間は反復だ、と誰かは言ったらしい。
昼が巡り、夜が来る。
日が昇り、沈む。
時計の針が12から進み、12に戻る。
だから時間は反復だ、と。

今日もまた、ポストには新聞が届く。
私は律儀にそれを取りに行き、トーストを焼く。
時計の針がカチッ、と一分動く。
時間通りだ。六時五分。

新聞を傍に置いて、牛乳を注ぐ。
秒針がチチチチ…と時を刻んでいる。
将来必ず直面する数々の選別に備えて、きっちりスケジュール管理されていた幼稚園児の頃からの過去は、今も私に染み付いている。

焼き上がったトーストを皿に乗せ、テーブルまで運ぶ。
トーストを齧り、牛乳を一口飲んでから、新聞を開く。
機械的に見出しに目を通す。
自分に関わりのあるニュースはないだろうか、と考えながら。

スケジュールを分単位で管理される生活が、つらくなかったと言えば嘘になる。
しかし、安心はできた。

だって、今日が上手くいかなくても、明日も同じように過ぎていく。
今日の六時五分が上手くいかなくとも、明日も同じように六時五分が反復する。戻ってくる。
これが、毎日別の行動をしていれば、予定が狂ってしまうから、やり直しはできない。
しかし、スケジュールを分単位で守っていれば、話は変わる。

もう一度やり直せるのだ。同じ六時五分、同じ八時十分、同じ十九時五十五分を。

だから、私はスケジュールをきっちり守る、窮屈な暮らしも別に嫌いではなかった。
弟妹は嫌いだったようだが。
元恋人も理解できなかったようだが。

到底完璧からは程遠く、何度も何度も反復してようやくモノを覚えるような要領の悪い私には、突発的に行動して、何もやり直せなくなることの方が、ずっと怖かった。

今の親友がまだクラスメイト、という感じだったあの日、私は初めて他人にそんな話をした。
奴は快活に笑って言った。
「お前、時計の針みたいな奴だな」
散々笑われたが、悪い気はしなかった。

それから、私は時計の針になった。
やたら自由を叫ぶ、制限がなくとものびのびと生きていける、優秀な他人の声を、さほど気にしなくても済むようになった。

私は時計の針だ。時計の針のような暮らししかできない。
しかし、時計の針にも、存在する意義がある。
時計の針にも、役目がある。

時計の針がカチリ、と動く。
新聞をめくり、トーストを一口齧る。
六時六分。今日も時間通りだ。

2/4/2026, 7:59:26 AM

傷が残ればよかったのに。
私の腕についた細い引っ掻き傷のような切り傷は、数日で塞がってしまった。

現実の傷のように、今の心の傷も、痛みも、いつか塞がってしまうのだろうか。
何も知らなかったあの頃のように、綺麗に継ぎ目も切れ目もなくなった腕を、恐ろしい思いで見つめる。

若いっていうのは、お前たちが思ってる以上に貴重だぞ。お前らくらいに若いと、筋肉痛だろうが怪我だろうがすぐに綺麗に治っちまうからな。もうおいぼれは羨ましいわ。
いつか、部活の、先生方よりちょっとお年を召したガラガラ声の外部コーチが、がなるように話していた内容を思い出す。

若くなければよかった。
ベッドの中で目が覚めると、何度もそう思う。
けれど、朝はいつも通り、何事もなかったかのように爽やかにやってきて、小鳥は軽やかに囀っている。

世界は、あの人がいてもいなくても、いつものように、異常なく回っている。
私の唯一の親友が、いてもいなくても。
そんな私を受け入れてくれたあの人たちがいてもいなくても。
毎日、平和な朝はやってきて、自動車は整備された車道を走って、私の体は痛みを修復しながら、毎日お腹を空かせる。

あの人は、悪い人だった。
それは今、正常に回っている世間の法律に当て嵌めれば、ということだけど。
自分とその周りの人のために何かを成し得ようと足掻き、他の人に無断で、今ある平和とみんなで決めたルールを覆そうと画策するあの人はやっぱり悪い人だった。

あの人は何も持たざる人だった。
なんども理不尽に晒されて、庇護してくれる人も物もなく、そのために泣くことも許されず、自分で、いつ崩れるともしれない居場所をやっとの思いで作り上げてきた、そういう人だった。
あの人の周りにも持たざる人はたくさんいて、両親の保護下で、教師の傘下で、ぬくぬくと苦労して生きてきた私は、自分の世間知らずさを恥じた。

あの日、あの寒い夜、平和ボケした思春期によくある、大人との進路の意識の違い、なんていうあまりにも子どもすぎる理由で、家出した私に、あの人は声をかけてくれたのだ。
そして、夜も短くなってきた春のように暖かいあの日、私はあの人と、あの人たちを見限った。

あの人は自分たちを「世直し集団」だと言った。
私はその中で、理不尽や大人へのがむしゃらな反骨という甘い汁だけを吸って、あの人たちが看過できない犯罪へ走っていく手前で、逃げた。

あの人は私と同い年だった。
けれど、あの人たちは、私より大人で、子どもだった。
そして、私はあの人たちよりずっと大人だった。

何も持たず、誰にも頼らず、しかし、正論が最後に勝つと信じていたあの人たち。
悪いことも正しい主張のためにやれば正しい、そしてそれを訴えれば必ずわかってもらえる、と思っていたあの人たちは、確かに子どもだった。

一方、教育を存分に受け、他の人間と関係を築き、目上の大人に抑圧される経験を持つ私には、理解できた。
このままここにいれば、何にもない子どものままで、とんでもない間違いを犯してしまうことを。
この平和な世では、私たちを守るルールを破り、法に触れたら最後、どれだけ正しい主張があっても、たいていは打ち消されてしまうことを。

だから私は賢く選択した。
悪賢く、無慈悲に、大人のような理不尽さで。

裏切った後のあの苦さと痛みは恐ろしいものだった。
集まりを抜けたあと、振り切るように無我夢中で走って、途中で枝に引っかけた腕の傷がズキズキと痛んだ。
ただ引っかけただけのはずの傷が、いつもよりずっと痛かった。
正体不明の苦さが、胸を詰まらせた。

私を受け入れてくれたあの人たちを、理不尽に耐えてきたあの人たちを見捨てた罪悪感は、痛みとなって私を襲った。

それでいいと思った。
それで死んでしまってもいい、と。
それが正しいと思った。
この痛みを抱えていくべきだと思った。1000年先までも。
この痛みは私に残らなくてはいけない。それが罰だ。そう思った。

しかし、腕の傷は、いつの間にか痛みが和らぎ、今ではもう塞がってしまった。
1000年先どころか、たった数日で。

心の痛みはまだある。
胸の苦さも。
しかし、あの時と同じ痛みかと問われれば、私は頷くことができない。
あの日感じたほど、激しく酷いものかと問われれば。
そうでもないかもしれない、と理性が囁く。

痛みが1000年先もあればいいのに、私は思う。
この、私が醜く酷い人間であるという証拠の痛みは、1000年先もあらねばならないのに。

私はもうそれを忘れかけているかもしれない。
それが一番、怖かった。

2/3/2026, 10:11:28 AM

真っ青な花弁の真ん中に、猫の目のような黄色の雌蕊が冴え冴えと目を惹いた。
こんな小さくて不気味な花に託して大丈夫だろうか、そんな気持ちが、私の胸で断固と固まったはずの決意にかすめる。

決行は明日だった。
このぬるま湯みたいな贋物の幸せを打ち砕く決行日は明日と決めていた。

「君を幸せにするから」
そんな言葉がずっと嫌いだった。
自分の幸せくらい、自分で決める。捻くれていて、可愛げのない私は、その言葉を聞くたびに、いつも、そう思ってしまう。
幸せは自分で感じて初めて幸せとなるのに、それを他人の力でどうにかできると思っているのは、傲慢だ、と。
そんな風に。

だから、今目の前にある幸せは、贋物なのだ。
私を不憫に思った友人が、嘘を真実に作り上げて、現実を歪めて作り上げた今日までの幸せな日々など。

友人が、私に嘘をついた気持ちは、痛いほど分かった。
こんな不幸があるのか、というほど、私の今までは、側から見れば、散々だった。

父親への冤罪から始まって、母の精神病、転校、貧乏に、諦めた進学。
私の手から零れ落ちたものは、いろいろとあった。

しかし、その不幸がなければ、私と友人は出会わなかった。
それらの過去の不幸がなければ、私は今を幸せだとは思わなかった。

私の不幸は、それこそ並大抵の苦労ではなかったけれど、私が努力して掴み取った幸せは、完全なハッピーエンドとは程遠かったけど、それでも私は幸せだった。
なにより、私のために、禁忌を犯して幸せを作り上げるほどの友人と出会う幸せは、私が不幸でなければ有り得なかったことだった。

それを友人は、歪めてしまった。
私の幸せのために。
傲慢のために。

だから、私は幸せを終わらせることにしたのだ。
現実を歪めてしまった根源の私の未来を、断ち切ることにしたのだ。

最後の幸せな日の今日、私は勿忘草で花束を作った。
幼稚園児が描くような典型的に小さく白い勿忘草は、「私を忘れないで」。
黄色い雌蕊が冴え冴えと気味悪い、青い勿忘草は、「真実の愛」。

私は明日、自分の幸せを打ち砕く。
ぬるま湯みたいな贋物の幸せを。
私の幸せは私で決める。

それが私の、私たちの幸せなのだった。

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