普段の言動からは想像できないくらい、彼女の肉体は柔い。
彼女の輪郭をなぞる。
吸い付くようなすべらかな感触に、微かにざらつきが混じる。
指が流れるように輪郭をつたう。
熱をもった甘やかな吐息が聞こえる。
私の目は、生まれつき、光を受け入れない。
いや、厳密に言えば、私の視神経や脳が光を拒んでいるのかもしれない。
とにかく、私は生まれてからずっと、視覚というものを有していなかった。
しかし、別段不幸ではなかった。
私の人生は、目の見える世間一般の人間のそれと比べれば、確かに、全く違っていたものだろう。
確かに、私は光はおろか、色という概念すらない無色の世界を生きていた。
しかし、私はそれを別段不幸だとは思わなかった。
確かに、私は異性を愛することはできなかった。
外見を見ることができないのに、私のロマンスの本能は、自分より小柄で、柔くすべらかな肌の輪郭と、美しい流れるような髪の指触りと、高く喧しい声を求めた。
しかし、私はそれを不幸だと考えたことはなかった。
無色の、手触りと鼓膜の振動で形づくられる世界からの刺激は、私に強い才を与えてくれた。
ひとつは、感じた美の本質を捉え、巧みに表現する才。
ひとつは、見つけた美を自分のものとし、巧みに愛でる才。
永くときめく芸術家として、美しい子女たちのアバンチュールを叶えるプレイガールとして、私はもう長い間、無色の世界の甘美を享受していた。
私の無色の世界は、浮世離れた絶海の孤島のように、孤立的で、破滅的で、それに焦がれる人間たちの支持を一身に集めた。
私はそのような破滅に陶酔する子女たちを、愛した。
しかし、そのほとんどは、有色の世界に生き、将来もまだ見ぬ運命も、たくさんあるような人々だった。
だから私は、子女たちが気が済むまで、彼女たちに付き合い、彼女らを宥めすかし、元の暮らしへと帰していた。
…と、言ってみれば聞こえはいいが、ようするに、私は、自分の無職の世界を構成する子女たちを取り込みながら、最後には子女たちを自分だけの無色の世界から追い出し続けていたのだった。
しかし、彼女だけは違っていた。
今、うっすらと汗をその肌の輪郭に浮かべながら、組み敷かれた濡れた眼で、私が生涯知ることのない私の姿を捉えている彼女だけは、何度、理屈を説いても、突き放してみても、決してこの世界から出て行こうとはしなかった。
彼女が、私の刹那的な甘美のみで形成する無色の世界で、私以外の、ただ一つの継続的に存在するものとなってから、私は
私は…
正直、どう変わったのか、自分自身に変化があったのかどうかすら、私には感知できていなかった。
色のある世界に生きていれば、すぐに理解できたのだろうか?
そんなこと、無色の世界を愛する私にとって、詮無い話だった。
しかし、彼女という存在ができてから、私が他の子女たちを抱くことはなくなった、というのは、ひとつの事実だった。
…どうやら考え事が過ぎたらしい。
私の下で、彼女が焦ったそうに、そして少し疑わしげに身じろぎした。
私は、彼女の輪郭をなぞる。
柔らかくすべらかで、神経の尖った一点を、撫でる。
彼女の押し殺したような、しかし、熱も甘さも隠しきれていない息が、鼓膜を揺らす。
彼女はいつも、そうだった。
ぐにゃりと脱力した彼が地面に落ちている。
鼓膜をつんざくほどの周囲の音が、遥か遠くに聞こえた。
ここが、大地が剥き出しの、寒々とした荒野だったのは、もう前のこと。
かつて何百万人の血を吸った大地であった面影はすっかり消え、今や背の低い緑の芝や、鳥が運んだものか、美しい花をつける背の高い草が自由気ままに生えそろっている。
かつての戦場の爪痕を、その地中に抱えているために、人を寄せ付けないこの場所は、むしろ人が開発してきた街々の大地に比べたら、すっかり健全の、美しい自然を取り戻しているように見える。
私がここに勤めるようになったのはなんでことはない。
人間の身勝手な開発と、少子高齢化は国家の秩序を揺るがすということで、子を産むことをどの国も推奨した結果に起こった爆発的な人口増加に対する埋め合わせをするため、戦争の末に放り出されたこの大地を、農地として使えるようにする必要が出てきた、そのために雇われた、というだけだった。
当時の私は、オブラートに口触りの良い言葉で包まれたそんな社会の言い分を、まるで正義であるかのように信奉し、掲げ、人類を救うのは自分だ、という若さゆえの傲慢な一心で、この地を浄化する職についた。
来てすぐに後悔した。
現場の誰も、この仕事に希望など抱いていなかった。
大地が人類の戦争とまぐわい孕んだ、地雷、という過去の遺児を探し出して除去するというこの仕事は、どっちを向いても危険と理不尽しかないような、そんな仕事場だった。
過去の人類の愚かな行為のツケ、そして過去現在の人間社会が犯したの失態のツケを、一身に背負わされ、命を賭けて償わさせられている。
地雷撤去とはそういう仕事だった。
そんな危険と理不尽に塗れた職場では、心理的に余裕のある人間などいなかった。
みな、平和なはずのこの世界の片隅で、怯え、恐れながら一日を過ごし、人間に絶望し、世界を恨みながら、なけなしの正義心や善心を捨てられず、それゆえに明日も仕事に出向く。
すっかり恐怖と卑屈に濁った瞳に、なけなしの光を湛えながら生きていく。
私たちはそういう人間だった。
しかし、彼はその中でも、珍しく鮮やかな光を湛えた瞳をしていた。
彼はかなりの時間をここで過ごしていたはずだった。
にもかかわらず、彼は人間に絶望していなかった。
そして、世界にも絶望していなかった。
彼は、私たちの中で唯一、政府から来た者の仕事も、地元民の仕事も、私たちの仕事も、公平に信頼していて、一つの疑念もなく、私たちの報告を受け、優しく指導し、従った。
彼は人の善良性を信じていた。
彼は人に絶望していなかった。
彼は人の倫理観を信じていた。
私はそうはなれなかった。
世間の平和から弾き出され、普通の人たちが見たくないもののように目を瞑る、そんな私たちの状態で、いったいどの境地にいればそうなれたというのだろう。
しかし、彼はそうだった。
彼は、人間の愚かさを背負わせられながら、それでも、人間に夢を見ていた。
眩しかった。
愚かだと思った。
バカだと思った。
ふざけるな、と思ったし、何度か彼に、そんな言葉をぶつけた。
しかし、それ以上に、私は彼が眩しかった。
人を信じているがゆえのその誠実な笑顔が羨ましかった。
人を信じているがゆえのその優しい眼差しが、美しいと思った。
私は。
私は彼を慕っていた。
愚かだ、バカだ、おめでたい頭だ。
そう思いながら、同時に、私は彼に惹かれていた、きっと。
今日、彼は私の目の前に倒れている。
それは外部から来たとある職員の、小さなミスだった。
しかし、ここではそれは、裏切り同然だった。
愚かなことに、人を信じず、恨みと懐疑心を持つことで、生き抜いてきた私は、この裏切りに最後まで気づかなかった。
しかし、皮肉なことに、人を信じきっていた彼が、気づいた。
彼は、私がその裏切りを踏み抜く直前でそれに気づき、そして、
気がつけば、彼は、私の代わりに、彼の半身を吹き飛ばされていた。
私は彼を慕っていた。
散々、彼は愚かだと態度に表し、憤慨し、蔑み、憎み、眩しいがために鬱陶しいと口では言いながら。
私は彼を慕っていた。
その証拠に、あの一瞬、あの、彼が私を迷うことなく助けてくれたあの瞬間に、私の胸は大きく、ひとつ、弾んだ。
この想いはもう二度と彼に届くことはない。
ぐにゃり、と、物質に変わり果てた彼の身体と、私に刻まれた今までの経験は、私に確信させる。
この想いは、もう届かない。
今、私が抱えているこの想いは、この何とも言えない気持ちは、もう彼には届かない。
もう、届かない。
私の、私の初恋は、自覚したこの瞬間に、届かぬ想いに成り果てた。
私は彼を見つめる。
慕っていた、もう体温を持つことのない彼を。
ぐにゃり、と脱力した彼が落ちている。
鮮やかな緑に包まれて、平和なような顔をした戦場に。
この道路のここは、雨の境目になっている。
風の流れのせいか、雲の量のせいか、向こうに見える山の勾配のせいか、ここは天気予報が「ところにより雨」の時、道路の真ん中を境に、向こう側で雨がくっきり、壁のように降っている。
一歩向こうに踏み込めば、たちまち雨粒が体を打ち、
ざあっと降雨の音が、耳を包み込む。
いつも雨雲の境目がここにある。
ここはそういう道だった。
目の前で、雨が地面を叩いている。
水たまりを跳ね飛ばした車が、水溜まりの残滓を撒き散らしながら、乾いたコンクリートを踏んでいく。
なぜそんな奇特なところに私はいるのか、というと、なんでことはない、この道路の先が私の地元だからだった。
間違っても、天気マニアで雨の境を観光に来たとか、新天地でうまくいかなかった自分の人生のために感傷に浸りに来たとか、そんな話ではない。
ただ、地元に、実家に帰る道すがら、通らなくてはいけない道なだけだ。
中学を卒業してすぐ、実家を出た。
山間の、周りでは一番大きいくせに、最寄りのコンビニに行くには車が必須な、そんな中途半端に廃れた地元の町が嫌になって、県外の高校を受験した。
授業でうっかりおもしろ回答をしたことや、良かったテストの点さえも、あっという間に広がる地元の町の狭い人間関係が嫌になって、当たり前のように、駅でカフェに寄り、その足で地下鉄を乗りこなす人を恋人にした。
色褪せ錆びれた店の看板や、蔦に絡まれた錆びついた門や、今にも崩れそうな空き家のブロック塀を避けて道の真ん中を通るように、と先生から言われるような、そんな閑散とした歯抜けのような町並みが嫌になって、ミニチュアか何かのパズルかのように、ぎっしりと清潔な建物が並び立つ、騒がしい街に住むことにした。
高校を卒業したら働くか、働くかの選択肢しか話さない同級生たちにうんざりして、志望大学や研究テーマや大学生活を受験勉強でやつれた顔で、しかし、キラキラとした目で語るそんな人を友人にした。
その結果は…
結果は。
ご覧のとおりだ。
私は結局、見慣れた雨の壁の前に立っている。
清潔な都会の街の高校に受かって、バスに乗って地元を出た日も、確か天気予報は、ところにより雨の日だった。
あの日、この雨の壁を抜けた時、私はスッキリとした晴れがましい気持ちだった。
これで、インターネットで自傷行為のように何度も見た、都会のキラキラとした未来を、自分の手に掴めるのだ、と信じきっていた。
あのスマホの中の無数の投稿から見えてきた、現代の地域格差というものから私は抜け出せたのだ、と思っていた。
しかし、それは間違いだったのだ。
判で押したような定型の暮らしで作り上げられた地元の社会で育った私は、自由への責任を知らなかった。
有り余るほどの選択肢がある中で、自分で最適解を考え、将来を選びとるということを、私はできなかったのだ。
気がつけば私は、溢れる物、人、選択肢に呑み込まれ、誘惑と欲望に負け、下へ下へと流され流され、とうとう街で生活できないほどに落ちぶれた。
追い詰められて、騙されて、賢くない私は、犯罪にまで手を出した。
私は、あの街では、まごうことなき田舎者で、喰われるカモだった。
あの時は、雨から脱せたと思っていた。
この雨の壁を抜けた、こちら側は、快晴だと思い込んでいた。
しかし、今私の上には、ぼんやりと濁った空がある。
考えてみれば当たり前だ。
「ところにより雨」の日は、雨が降っていない地域も、ぐずついた天気なのだ。
この道路は、雨の境目になっている。
一歩踏み出せば、たちまち雨粒が体を打ち、ざあっと降雨の音が耳を包み込む。
あの頃は、それを煩わしいと思っていた。
まだ自由の代償を知らない、青かったあの頃の私は。
「大切なものは目に見えない」そう言った狐は、“特別な存在になる”ということを「懐かせること」だと言った。
慣れさせて、懐かせて、いつもの風景にその存在を思わせること、だと。
それは果たして真実だったのだろうか。
俺にはわからない。
ただ、ひとつ、わかることは、そうやって慣らし、手懐け、俺にとっても彼にとっても特別な存在となったはずのアイツは、俺を置いて逃げ延びてゆく、ということだ。
額の上を、鉄臭く生ぬるい液体が滑る。
逃げていく、さっきまで仲間だったはずの人々を、責めようというつもりはない。
むしろ正しいし、よかったと思う。
中途半端な道徳心で、一介の、この場においてはただの“人的資源”でしかない、ただの一兵士である俺にかまって、逃げ遅れたり、殺されたり、あるいはヘマをして他の民間人に迷惑をかけたりするよりは全然マシだ。
何せ生き延びられるのだから。
理性では、心の底からそう思う。
しかし、俺の醜く厚かましい本能は、黙っていてくれない。
建物の破片に敷かれた足の感覚がない。
脳はその分まで働きたいのか、熱く熱を持ち、本能の不平を内側からガンガン訴える。
あれだけのことをしたのに。
お前が住んでいた村、敵兵によって支配され、蝕まれつつあったあの村を守ろうと戦ったのは俺たちの分隊だというのに。
精神を病んだ母のせいで、安らげる場所をなくしたガキのお前に、水を与え、菓子を与えたのは俺だというのに。
子守唄を歌ってやり、背をさすってやったのは俺だというのに。
敵に惑わされ、ひどい仲間割れと監視社会への一歩を踏み出したお前たちを押し留め、奴らを追い払ったのは俺たちだというのに。
それでも、奴らが俺たちを負かすときたら、村の大多数を占める民衆たちは、みんな兵士をおいて逃げてゆくのだ。
生きるために。
正直、良い気分ではなかった。
昔、俺の周りの大人たちは言った。
「自分が正しいと信じたことをしてごらん。自分がしてほしいことを相手にしてあげてごらん。助かり喜ぶ相手の感謝の気持ちは、きっとあなたの心を温かくして、あなたの気分を良くさせてくれる。」
俺は自分が正しいと信じたことをした。
自分より弱い者たち、不幸な者たちを救おうとした。
畜生、曲がったままの背骨が痛い。
俺は正しいと思うことをした。
俺は相手を力の限り助けた。
しかし、彼らは逃げていく。
俺が背をさすってやったあのガキも。
俺の手を握ってくれたあの人も。
一緒に語らい、共に酒を飲んだあの人も。
懸命に戦う俺たちを背に、恩人たちを背に、
俺たちの力を享受していたはずなのに、俺たちの力に好き勝手ケチをつけながら。
敵兵がこの地を占領し、この村を支配する権力を手にし、“特別な存在”となったとき、彼らはきっと言うだろう。
「今まで、不当に従わされていた」と。
俺たちの支配は「酷かった」「間違っていた」と。
生きるために。
生ぬるい液体の重みが、俺に目を瞑らせる。
遠くから近くから轟音が、俺の耳を塞ぐ。
俺に見えない、聞こえないところで、俺が守り救ったはずだった、俺の特別な存在たちが、俺らを見捨てて逃げてゆく。
それでいい。
それでいいんだ。力を持たないのだから。
俺の理性は静かに言う。
良い気持ちではなかった。
けれど、悪くない気分だった。
時間は反復だ、と誰かは言ったらしい。
昼が巡り、夜が来る。
日が昇り、沈む。
時計の針が12から進み、12に戻る。
だから時間は反復だ、と。
今日もまた、ポストには新聞が届く。
私は律儀にそれを取りに行き、トーストを焼く。
時計の針がカチッ、と一分動く。
時間通りだ。六時五分。
新聞を傍に置いて、牛乳を注ぐ。
秒針がチチチチ…と時を刻んでいる。
将来必ず直面する数々の選別に備えて、きっちりスケジュール管理されていた幼稚園児の頃からの過去は、今も私に染み付いている。
焼き上がったトーストを皿に乗せ、テーブルまで運ぶ。
トーストを齧り、牛乳を一口飲んでから、新聞を開く。
機械的に見出しに目を通す。
自分に関わりのあるニュースはないだろうか、と考えながら。
スケジュールを分単位で管理される生活が、つらくなかったと言えば嘘になる。
しかし、安心はできた。
だって、今日が上手くいかなくても、明日も同じように過ぎていく。
今日の六時五分が上手くいかなくとも、明日も同じように六時五分が反復する。戻ってくる。
これが、毎日別の行動をしていれば、予定が狂ってしまうから、やり直しはできない。
しかし、スケジュールを分単位で守っていれば、話は変わる。
もう一度やり直せるのだ。同じ六時五分、同じ八時十分、同じ十九時五十五分を。
だから、私はスケジュールをきっちり守る、窮屈な暮らしも別に嫌いではなかった。
弟妹は嫌いだったようだが。
元恋人も理解できなかったようだが。
到底完璧からは程遠く、何度も何度も反復してようやくモノを覚えるような要領の悪い私には、突発的に行動して、何もやり直せなくなることの方が、ずっと怖かった。
今の親友がまだクラスメイト、という感じだったあの日、私は初めて他人にそんな話をした。
奴は快活に笑って言った。
「お前、時計の針みたいな奴だな」
散々笑われたが、悪い気はしなかった。
それから、私は時計の針になった。
やたら自由を叫ぶ、制限がなくとものびのびと生きていける、優秀な他人の声を、さほど気にしなくても済むようになった。
私は時計の針だ。時計の針のような暮らししかできない。
しかし、時計の針にも、存在する意義がある。
時計の針にも、役目がある。
時計の針がカチリ、と動く。
新聞をめくり、トーストを一口齧る。
六時六分。今日も時間通りだ。