乳母車にひとつだけぽつんと、無造作につけられた風車が、カラカラと音を立てた。
轍から雨粒が抉り取ってできた浅い泥だまりに、濁った液体が溜まっている。
夕立は過ぎ去っていた。
空は、先ほどの激しい大雨などまるでなかったかのように、快晴の日の夕方と相違ない、見事な茜色に染まっていた。
雨水たちは、やかましく音を立てながら、雨樋を伝って、地面へ身を投げている。
軒下に下げられたままの風鈴やてるてる坊主は、雨水でぶっくりと太った体を、僅かに揺すった。
人が居た気配は満ちていたが、人がいる気配はなかった。
まるで、つむじ風にさえ攫われ、道からこぼれ吹き荒ぶ砂煙か、あるいは、篩にかけられ、跡形もなく姿を消した粉砂糖の塊のように、生き物だけが消えていた。
人も、犬も、家畜も、虫さえ、見えなかった。
ただ、何かが生き、暮らしていた痕跡だけが、蜃気楼のように、確かに、存在していた。
あの辛抱強い生物である植物さえも、生というものを投げ捨てていた。
その一帯に、植物は確かに、居るは居たが、どれも皆、枯れ茶けた、痩せ細った体をいたずらに野外にさらしながら、首を深く折って、項垂れていた。
枯死した植物たちの死骸の、影だけが、高く、長く、伸びていた。
何が起こったかすら、消え失せていた。
ただ、生き物たちの形跡だけが、夕立にずぶ濡れにされて、立ち尽くしていた。
雨の名残だけが、みずみずしく、生を主張しようとしていた。
軽い風が、一塵吹いた。
無機物となれ果てたカサカサの植物が、風を感じて、意志もなく、靡いた。
風車が、カラカラと鳴った。
8/9/2025, 2:01:50 PM