泣き腫らした顔だった。
雨は止んでいた。
雨が土やコンクリートを濡らした香りだけが、ただ残っていた。
びしょ濡れで帰ってきたあの人は、頬に涙の跡をつけていた。
もっとも、それを雨の跡と見分けられたのは、あの人を観察していた私くらいだったろう。
メインストリートに面しているこのカフェは、気の良い優しいオーナーの影響か、コーヒや紅茶一杯で、何時間も居座ることができたから、さまざまな人がやってくる。
人間観察にはもってこいのカフェ。
私はこのカフェによく訪れた。
ここで、私はよく人間観察をする。
次の作品のネタ探しにだ。
コーヒー、時々紅茶を頼んで、店全体を見渡せるこの奥の席で、マグカップの中の液体を啜りながら、今日も私はカフェのお客を観察していた。
その中に、あの人はいたのだ。
おとなしそうで、穏やかそうだった。
店にも静かに入ってきたし、落ち着いていたように見えた。
あの人は、すぐに窓際の席に座って、ラテを飲んでいた。
様子がおかしくなったのは、雨の降り始めた数分前からだった。
急な夕立。
激しく降り出した雨をぼんやり窓越しに眺めていたあの人は、突然、ハッと何か思いついたような顔をして、それから雨の降る外へ向かって、慌てて走りだしたのだった。
きっと、あの人は、人前で涙を見せたくなかったのだ。
泣くならひっそりと、誰にも悟られないよう、分からないように泣きたかったのだ。
夕立は長くは続かない。
雨が降り止むと、あの人はずぶ濡れで戻ってきた。
ずぶ濡れなあの人を、邪険に追い払ってしまう店なら、行きつけにしなかっただろう。
この店も例外ではなく、オーナーはそっと、あの人のテーブルに、あたたかいココアを運んだ。
6/19/2025, 10:35:41 PM