記憶
一日一日の膨大な日常と
たまにある特別な日のイベントを
いくつもいくつも繋ぎ合わせて
夢と現実の狭間で
あるいはアルコールや幻想や理想の中で
ロードされすり減った
セーブデータのパッチワークで
作られた私たちの今まで
Memory
Day by day's life
Special day's life
made our memory date
It's our memory
Dream manifestion's memory
Drunkenness's memory
It's our memory that
Repeat loading my memory
胃がひっくり返りそうだ。
脳が痺れて縮こまっているような気がする。
喉に熱がこもっている。
あー、気持ち悪い。しんどい。
もう二度と飲まない。そう誓ったのに。
頭をできるだけ下に向けないように、ぐったりと首をもたせかける。
そんな努力も虚しく、脳はぐわぐわと動いている。
あー
喃語と呻き声だけが、ただ脳内を動き回る。
家の白い天井を眺めて、ため息をつく。
飲んでる時はあんなに楽しいのに。
私たち宇宙時空警備隊だけに接種を許された、仮想世界に脳を接続して飲む全く新しい嗜好品、【非公開情報です】は、翌日の反動が強い。
仮想世界と現実世界のワープによる、世界酔い。
【非公開情報です】の精神作用効果。
そして、【削除済】
飲んでいる時にはあんなに楽しいのに、飲み終わって、現実世界に戻ってきた時には、飲んだ分の恐ろしい反動が待っているのだ。
【非公開情報です】を飲んだ翌日は、何もできない。
できるだけみっともなくならないように、頭をもたれかけて、ただそれが過ぎ去るのを待つしかない。
この時間、いつも心の底から思うのだ。
【非公開情報です】なんて、もう二度と飲まない!
仮想世界になんて、もう二度と行かない!
しかし、人間の「もう二度と」なんて、夢や仮想世界よりも不確実だ。
何日も経って、すっかり記憶が薄れて、そして現実世界で嫌なことがあったら、やっぱりついつい仮想世界へ行きたくなる。
そんで、仮想世界に行って、活動している間に、アレが飲みたくなる。
【非公開情報です】を飲んだ時の、あのふわふわとした楽しさと心地よさが、欲しくなる。
だから自業自得なのだ。
今しんどいのも。
だから無駄なのだ。
今の考えも。誓いも。
それでも考えずにはいられない。
ぐったりともたれた頭蓋の中で、ぐわぐわ動く脳を、理性で懸命に押さえつけながら。
今にもひっくりかえりそうな胃を押し込めながら。
全部をぶちまけようと熱くなる喉を抑えながら。
こう考えずにはいられない。
こんなこと、もう二度とやらない!
ため息をついて、メガネを磨く。
メガネのレンズの白い曇りが、あっという間に透明に晴れていく。
雲との境目が曖昧な今日の空を見上げる。
思わずため息が漏れる。
メガネが曇る。
もう一度、メガネを外して、曇りを拭き取る。
マスクが欠かせなくなって、何年が経つだろうか。
この季節まで来れば、それほど用心はいらないにしても、私の場合、外出する時にマスクは手放せない。
しかし、このマスクというのは曲者で、ため息や長い息は全部鼻の隙間から上へ飛ぶ。
結果として、メガネがすごい頻度で曇るのだ。
また、ため息をついてしまう。
メガネを拭く。
メガネの曇りは、手間だが拭けばすぐに消えてしまう。
だから、拭くたびに、私の中に曇りが生まれる。
私は、他の曇りが羨ましくてしかたない。
メガネの曇りは、ひとこすりすればあっという間に見えなくなる。
透明に晴れて、視界は良好。
どんなに、なんども曇っても、拭きさえすれば、メガネのレンズはまた、透明に戻る。
天気の曇りだってそうだ。
今はこうして、雲と溶け合って、どんよりと重たく垂れこめているが、日が変われば、雲はすっかりくっきりと分けられて、空は清々しい青になる。
曇りはあっけなくなくなる。
それが羨ましい。
人の曇りも、そうやって清々しく消えてはくれないものか。
人の曇り…たとえば、罪とか、恨みとか、前科とか。
あとは…どうしようもなく煩わしい人間とか。
おかげで私はマスクが手放せない。
私は曇りを拭き取ろうとしたのだ。
けれど、それは曇りを深めただけだった。
これだから人の曇りは嫌だ。
私は曇りを拭っただけだ。
あのどんよりとした雨雲みたいにいけすかない、アイツを拭き取ってから、私は多くの曇りから、追われることになった。
罪、罰、恨み、前科。
そんな面倒で、濃い曇りに。
私は曇りが嫌いだ。
だから、マスクが欠かせなくなった。
曇りから逃げ切りたいのだ。
私は、曇りが嫌いだ。
不快なのだ。
小さい頃からずっと、白黒つけずにどんよりふわふわと視界を妨げる、曇り。
特に何をするでもなく、ただ黙って邪魔な曇り。
不快で、嫌いだ。
逃げているのだ。私は。
曇りから。
今も、昔も。
ため息が漏れた。
メガネが白く曇る。
鬱陶しい。
外して、曇りを拭う。
空は、雲と境界も曖昧に、曇っている。
嫌な日だ。
辺りを見回す。
今日は、足早に帰路を辿ることにしよう。
曇りから、逃げるために。
むかしむかし、あるところに
きつねとうさぎが、おやすみなさいをいいあうような
さみしい、しずかなもりのなかに
ふしぎな子じかがおりました。
子じかにはおやはいませんでした。
木々さえもねむる、ちいさなもりに
子じかはふっと、わいたのでした。
子じかのうまれはだれもしらないのでした。
ものしりのふくろうも、うわさずきのうぐいすも
もりの王者のおおかみたちも、もりぜんたいが家のハイイログマも
だいかぞくのハツカネズミの一家も、ほんにんの子じかでさえも。
子じかのうまれはだれも、しらないのでした。
子じかにはふしぎな力がありました。
日がしずみはじめて、夕日にもりが、ほのかなあかねいろにそまりはじめると、
子じかはなんだか、むしょうに走りたくなるのでした。
子じかは毎日毎日、日がしずみはじめると、もりのすみずみまで、何かさけびながら、走り回りました。
そして、きがすむまで走り回ると、そのときにはもう日はすっかりしずんで、深いむらさきいろの空に、散りばめられた星がきらめいているのでした。
子じかは知りませんでした。
走り回るとき、子じかの口は「bye-bye」とたえず、今日とのおわかれをさけんでいることを。
そうして、その言葉をはなつ子じかが走り去った場所から、夜がはじまっていること。
子じかのbye-byeがきこえたもりのどうぶつの子たちは、みんな安心して、ここちよいねむりにつくこと。
子じかのこえは、よるをよぶこと。
子じかの走り回るくせは、おわった一日への、わかれのあいさつなのです。
きつねとうさぎがおやすみなさいをいいあうような、ちいさな、さみしい、しずかなもりで、今日も子じかは「bye-bye」と、こえをあげながら、走っています。
ほら、こうして今、いい子でお話を聞いているあなたも、しずかに、耳をすましてごらんなさい。
目をつむって、枕にあたまをつけて。
ようくよく、耳をすましてごらんなさい。
きっとじきに、子じかのこえがきこえてきますよ。
そうしたら、もう今日とはお別れの時間。
おやすみをいう、時間です。
かしこいぼうやも、やさしいおじょうちゃんも、みんなで目をとじて。
今日にバイバイしましょうね。
黒々とした大地の、あちらこちらに燐光が燻っている。
焦土が、どこまでもどこまでも広がっている。
素晴らしい威力だ。
地下から実に何年かぶりに出た地上は、記憶よりもずっと広く、ずっと拓けていた。
当たり前だ。
その地上の破壊こそが、我々の長年の悲願であったのだから。
「お気に召した?」
いつの間にか出てきていた君が隣で、ひっそりした笑顔を浮かべる。
「もちろん。異論なしだよ」
長年、聞くことすら出来なかった君の声を隣で聞ける。
そんな喜びを噛み締めながら、そのことをバレないように顔だけは平然を保ちながら、君に返答を返す。
今立っているこの土地が私たちの故郷だった頃、私と君は親友だった。
あの時、あの二十年以上も前のここは、平和で穏やかな日常を持っていた。
私は君と、粗末で暖かいいつもの服をまとって、どこまでも広がる、黄金の麦畑と長閑に草を食む家畜たちの牧地。
私たちのような子供は、レンガと木材でできた村の中を駆け回り、遊び、無邪気に笑い続けていた。
しかし、そう、二十年前だ。
二十年前、ここは破壊された。
侵略され、私たちは家屋から引っ張り出されて、土地を追われた。
丈夫な大人はみんな連れて行かれ、弱い大人はみんな、土の中に叩き落とされた。
親を失い、大人を失い、頼るものを失い、村も土地も家も何もかも失った私たちは、村を壊滅させた張本人たちによって、保護され、働かされた。
あの二十年前のあの夜。
君と見た景色は、ずっと焼き付いていた。
村が、見覚えのある景色が、略奪に来た彼らによって、憎むべき景色に変わっていく。
ささやかな幸せと、人間らしいささやかな不満と、貧しくても豊かな日常があったあの村が、一夜で、私たちにとって憎むべき景色になったあの景色を。
私と君は、一緒に見ていた。
あれから二十年。
私は、奴ら敵に連れられて来た場所で必死に働いた。
耐えた。
希望を、憎しみを忘れずに。
奴らを、そして、奴らが奪い、もう私たちのものではなくなったあの村を、荒れ果てた平地にすることを夢見ながら。
それから、仲間を集め、人を集め、資材を集め、地下に隠れ住んだ。
奴らに復讐するために。
君は施設から逃げ出した。
私は最初、君が裏切ったと思ったんだっけ。
しかし、それは違っていた。
君は逃げて武器商人になった。
君も、希望を、憎しみを覚えていた。
そして君は、奴らを滅ぼすための兵器や武器を揃えて、戻ってきた。
君と再会を果たした時、私たちを、いや、我々を繋いだのはあの景色だった。
二十年前に君と見た景色。
あの耐え難い、恐ろしい、憎しみのあの景色。
あれから二十年。準備は整った。
整ったのだ。
私たちは、我々はこれから、景色を変えるのだ。
今広がっている景色を、世界全土に広げるのだ。
私は、君と、今こうして景色を眺めている。
奪われた村がすっかり焼き尽くされて、黒い土と不気味なメラメラと燃える燐光と燻りを上げる灰のみに成り果てたこの、殺風景な景色を。
我々の望む景色を。
君と見た景色を吹き飛ばして残った、美しい残骸であるこの景色を。
「良い眺めだ」
私はほとんど意識せずに、そう呟いていた。
「いい眺め」
君も隣で頷いた。
私は忘れないだろう。この景色を。
君と見たこの景色を。
二十年前のあの景色と同様に。
黒々とした大地のあちこちに燐光が燻っている。
焦土が、どこまでもどこまでも広がっている。