命全不叶夢
朝啜粥酔趣
昼貪魚酔金
夜溺肉酔酒
皆酔生夢死
生不能二度
死醒夢一蹴
皆胡蝶夢中
命全不叶夢
命は全て叶わぬ夢なり
朝は粥を啜りて趣に酔い
昼は魚を貪りて金に酔い
夜は肉に溺れて酒に酔う
皆、酔って生き、夢のまま死す
生きることは二度能わず
死は夢を一蹴にして醒ます
人は皆、胡蝶の夢の中
命は全て叶わぬ夢なり
Life is just a pipe dream
We greed eating better gruel in morning,
We wish get hold of money quicly in daytime,
We desire strong thrilling time in night
Our life is a fleeting dream
We can't return time so far,
Grim reaper come in the blink of an eye
Our life like ephemeral dream
Life is just a pipe dream
その子は、花の香りと共に現れた。
むせかえるような花の香りに連れられて、やってきたのだった。
ほぼ香害とも思えるほどに匂い立つ花の香りの中で、小さな靴に足を納めた君の、茶色い澄んだ目を見た時に、私は決心をしたのだった。
「…分かりました。この子を預かりましょう」
この子の目を見るまでは、預かり乳母などするつもりはなかった。
妊娠して、住み込みで家庭教師として働いていたあの家を追い出されてしまい、困っていた私を引きずるようにして、友人は、この乳母斡旋所に私を連れてきた。
家でもう一人子を預かるだけだから!
登録だけ!登録だけしておこう?
収入源が何もないのは困るでしょ?
何度も宥めすかしながら、友人はしかし、最終的には渋る私を斡旋所に登録せしめた。
登録だけだよ、
私にそう言わしめた。
そして今日、果たして仕事の依頼がやってきたのだった。
断るつもりだった。
冷静に考えたら、いや考えなくとも、二人も子どもを育てる自信なんてなかった。
ましてや人様のお子なんて!
今回の依頼の報酬は素晴らしく良かったが、一方で預かり期限は無期限…つまり、口減しとしての預けだと暗に書かれていた。
だから不安だった。
他人の子の一生をもう一人分背負う自信はなかった。
いくら母親を雇う先は少ないとしたって、探せば針子や、畑の手伝いなどの日雇い仕事だってあるだろうし、最悪、水商売という手もなくはない。
だから、断るつもりだったのだ。
しかし、花の香りと共に現れた子の、あの目を見て、私は引き取ることを決めたのだ。
その依頼主は、前情報からして、さして裕福ではないはずだった。
上流階級の者ではなく、労働者階級の庶民で、そういう身分に対しての待遇は、分離政策で治められているこの地ではかなり良くなかった。
税もそれなりに重いし、食費を集めるだけでも大変だ。
そんな家にも関わらず、あの子を連れてきた母親は、花の香りをこれまでかというほど纏っていた。
もうだいぶ前に小さくなってしまったのだろう服と靴を身につけたこの手を引いて、つぎはぎだらけのドレスに身を包んだ彼女は、花の香りと共にやってきた。
この香りに覚えがあった。
前の職場にも、たびたび香っていた。
香水だ。
香水の匂い。
上流階級への憧れが、庶民の中で流行っていることは知っていた。
そのために乳母需要が高まっているということ、そのために香水が売れていることも。
しかし、これほどまでとは。
「この子は預かりましょう」
私は、花の香りと共にやってきた親子にそう告げた。
香水の、むせかえるような花の香りが、私たちを包んでいた。
心臓の裏を撫でられたと思った。
目を見張っている間に、柔らかい感触はするりと離れていった。
「約束ですよ」
私をいつも見上げていた、私より五つも幼いあなたは、
いつも通りの芯の強さで、いつも通りにまっすぐこっちを見ていうものだから、不意をつかれた私は、気圧されたままに頷いてしまう。
「約束、ですからね。破ったら…」
そこで言葉を切って、初めて、あなたはこちらから目を逸らした。
あなたが不安になっているのだということは、痛いほど分かった。
特に、今回は余計に不安になっていることも。
さっきの、イレギュラーなあの突発的な行動で、痛いほど伝わった。
だから、呆けている場合ではない。
私はあなたを見つめて、しっかりと見つめて、出来るだけしっかりと固めた声で返す。
「分かってる。私がこれまで約束を破ったことはないだろう?」
あなたは泣き笑いの顔で、こちらを見た。
「分かってます。早めに帰ってきてください」
いつもやる、出撃前のやりとり。
私たちは言い交わす。「分かってる」
互いを信頼している証として。互いが大丈夫だと信じている証として。
本当は、きっとお互いに分かっていない。
ずっと私を待つ、あなたの心のざわめきのその大きさを、その苦しさを私は分かってあげられない。
同じように、今回の作戦内容や状況を聞いて私の中で起こった心のざわめきも、きっとあなたには伝わらない。
伝えられない。
本当は留守番部隊の方が不安なんだといういらだちも、助けてあげられないかもしれないというささくれも、今度こそ私が帰ってこれないかもしれないといううすもやも。
そんな心のざわめきは、お互いに分からないし、共有はしない。
だって、心のざわめきを、お互いに発表しあったところで、そのざわめきが一際大きくなるだけ。
さざなみのようなざわめきは、合わさることで大きく波打つのだから。
私たちは心のざわめきを飲み込んだまま、言い交わす。
「分かってる」「大丈夫」
今日が、今回が、最後かもしれなくても。いつも通りに。
心のざわめきが取り立てて酷いものではないと信じ込むために。
本当に、大丈夫になるように。
「じゃあ、いってくる。またね」
「いってらっしゃい。またね」
私たちは、別々に歩き出す。
心のざわめきの奥で、お互いを信じながら。
「猫光るところに近づくこと勿れ」
俺の街には奇妙な言い伝えがある。
くだらない迷信だ。
この街には1世帯に一匹、必ず猫が飼われている。
その飼い猫が蛍光色に発光する場合、その土地には近づいてはならない。
曰く、大いなる災いが眠っているやもしれぬから。
そういう伝承だ。
街の連中は、少なくとも数千年の間、律儀にそんな言い伝えを守り続けているそうだ。
本当にくだらない言い伝えだと思う。
あの場所を見つけたからは余計に。
その日、俺は君を探していた。
一年前にある日突然この地に現れた政府の高官達は、この街に住む何人かの人間を連れ去っていった。
その中には、俺と結婚の約束をした、君も入っていた。
それから俺はずっと探していた。
君を探して、奴らを探して、あの時連れ去られたみんなを探して…
俺の相棒であり飼い猫である黒猫のプルトと共に、俺はこの街の周りを探し回っていた。
そうして、あの場所を見つけたのだ。
この街から何キロか離れた、拓けた場所にそれはあった。
大きく拓けた荒野のようなその土地に、見たことのない花が咲き乱れていた。
そして、その花畑の真ん中に、鉄塔が聳え立っていた。
厳重で頑固そうな二重扉を持つ、とても頑丈で、重たそうな施設。
そして、黄色と黒と赤で塗られた鉄の看板が、花畑の前に立っていた。
それで、ここに来るまでに、いくつか似た色の看板が立っていたことを思い出した。
ここに君はいるかも、俺は思った。
だってそうだろう?
こんな厳重で物々しい建物だ、何かあるに違いない。
ひょっとしたら貴重な何かを守っている、政府の秘密の場所か、誰かの陰謀や政府の陰謀が渦巻く会議室かもしれない。
俺は踏み込みたい、そう思った。
正義感の他に、少しからずワクワクもした。
しかし、一つ気になる点があった。
ここに足を踏み入れてから、プルトが青に輝いているのだ。
それを見て俺は気づいたのだ。
ひょっとして、「猫光る場所に近づくこと勿れ」あの言い伝えは、政府がこうやって陰謀を隠すために伝えたものではないか、と。
だから、俺は今日、見つけたあの場所をこじ開けてみるつもりだ。
プルトもにゃあ、と言っていた。
だから、俺はここに踏み込むつもりでいる。
目の前には満開の花。
赤と黄色と黒の看板。
そして奥にある堅牢な施設。
プルトは青々と輝いている。
「さ、行くぞ」
「にゃあ」
俺はプルトと短いやり取りを交わし、堅牢な扉を押してみた。
扉は拍子抜けなほどに簡単に開いた。
「無機質な場所だな」
俺は辺りを見回しながら、そう呟いた。
白い鋼の廊下がずっと続いている。
「danger」「nuclear waste」「Don't open」「radioactivity」
訳のわからない、おそらく古代字らしき言葉が、壁のあちこちに並んでいる。
壁を眺めていたプルトが突然、「にゃあ」と鳴いた。
刹那、壁が音を立てて崩れ始めた。
倒壊だ!巻き込まれる!
俺とプルトは無我夢中で走り出す。
青々と輝くプルトと駆けていく。
と、崩れゆく壁の土煙の中から、プルトの光り方にそっくりな、でも、プルトとは全然違う、冷ややかで強烈な光が俺たちを呑み込んだ。
灼けつくような痛みが、目に走った。
肌がジリジリと腐っていくような気がした。
異様に怠くて、俺は走るのをやめてへたり込んだ。
頭皮が柔らかく歪んだ気がした。
にゃあ
プルトが鳴いた。
壁はガラガラと崩れていった。
強烈で、冷たくて、熱くて、恐ろしいほど冴え冴えとした光が、世界に炸裂した。
監視カメラと目が合う。
ミネラルウォーターのペットボトルに手をかけて、キャップを捻る。
監視カメラは曇りない、透明な黒い瞳で、じぃっとこっちを見ている。
ペットボトルの中の透明な液体がたぽり、と揺れる。
ぷちり。
細く小さな音が、キャップとペットボトルのつながりが千切れたことを知らせる。
監視カメラの正面で、透明な水を喉に押し込む。
透明な水は喉に引っかかることもなく、ただ無難にするすると喉から胃へ落ちていく。
ごきゅっ。
喉が音を立てる。
私は人間だ。
生きている人間なのだ。
監視カメラの無機質に透明な目に、そう伝えるために、私は、カメラを睨みつけたまま、水を飲む。
透明なミネラルウォーターを、喉に流し込む。
機械が人を統治し、管理するようになって、もう随分と経つ。
…少なくとも、私が生まれた時には、もう人類の指導者は、機械だった。
彼らはあらゆる点で人間を凌駕していた。
人間より遥かに賢く、合理的で、公平で、正しかった。
彼らは人間を学び、定義付け、効率的に、幸せに、人を統治した。
そう、効率的に。
人類区分法が制定されたのは、最近のことだった。
人類を効率的に統制するために考えだされた法案だった。
機械曰く、現在の人類の統治は非常に非効率で難しいらしい。
個体差と思考の差、知能の差、育ちの差…。
人類には、個体差が高く、それによって起こす行動パターンも無数にある。
従って、増え続ける多様な人類の個体や団体の動きを全て予測し、統制することは、非常に重たく困難だ。
そこで機械に搭載された知能は考えた。
人類がその多様性によって統治しずらいのなら、人類の多様化を制限し、統治しやすい人類を次世代に繋げていけば良い。
そこで成立したのが、「人類区分法」
人類史のデータから統計上、もっとも人類らしい「普遍的」な人類だけを選定し、その個体同士のみを交配させることで、人類を普遍で管理しやすい群れに変えるという政策だ。
こうして、人類は区分された。
生殖を許された「普遍的人類」である、「人間」と、
隔離され、絶滅を運命付けられた「極的人類」である、「ヒト」に。
私は、ヒト、だった。
私は、進んで面倒ごとをやりたがった。
怒ることや腹を立てることはあまりなかった。
楽なことや楽しいことよりも、夢中で苦労することの方が好きだった。
誰かのために本気で身を滅ぼしたかった。
大勢のために命を投げ出したい、というのが、ごく小さい頃からの夢だった。
そんな私は、普遍的でも平均的でもなかったらしい。
善良スギマス、機械は言った。
アナタハ特異ダ、透明スギル。アナタハ「ヒト」デス。
市民対応型機が告げたその言葉が、今でも鼓膜の奥に焼きついている。
私は今、ヒト管理区で、こうして監視をつけられた指定地区で暮らしている。
しかし、私は自分を人間だと思っている。
機械がどう判断しようと。
他の人がどう思おうと。
こんな透明な私も人間だ。
水が水色だけではないように。
私は、そう思っている。
だから、今日も、監視カメラの前で水を飲む。
透明なミネラルウォーターを。
機械の前で。
機械の奥の人間の前で。
監視カメラは透明な黒々とした瞳で、じぃっとこちらを見ている。
私はペットボトルを傾ける。
透明な水が喉を落ちていく。
ごきゅっ。
喉が鳴る。