「猫光るところに近づくこと勿れ」
俺の街には奇妙な言い伝えがある。
くだらない迷信だ。
この街には1世帯に一匹、必ず猫が飼われている。
その飼い猫が蛍光色に発光する場合、その土地には近づいてはならない。
曰く、大いなる災いが眠っているやもしれぬから。
そういう伝承だ。
街の連中は、少なくとも数千年の間、律儀にそんな言い伝えを守り続けているそうだ。
本当にくだらない言い伝えだと思う。
あの場所を見つけたからは余計に。
その日、俺は君を探していた。
一年前にある日突然この地に現れた政府の高官達は、この街に住む何人かの人間を連れ去っていった。
その中には、俺と結婚の約束をした、君も入っていた。
それから俺はずっと探していた。
君を探して、奴らを探して、あの時連れ去られたみんなを探して…
俺の相棒であり飼い猫である黒猫のプルトと共に、俺はこの街の周りを探し回っていた。
そうして、あの場所を見つけたのだ。
この街から何キロか離れた、拓けた場所にそれはあった。
大きく拓けた荒野のようなその土地に、見たことのない花が咲き乱れていた。
そして、その花畑の真ん中に、鉄塔が聳え立っていた。
厳重で頑固そうな二重扉を持つ、とても頑丈で、重たそうな施設。
そして、黄色と黒と赤で塗られた鉄の看板が、花畑の前に立っていた。
それで、ここに来るまでに、いくつか似た色の看板が立っていたことを思い出した。
ここに君はいるかも、俺は思った。
だってそうだろう?
こんな厳重で物々しい建物だ、何かあるに違いない。
ひょっとしたら貴重な何かを守っている、政府の秘密の場所か、誰かの陰謀や政府の陰謀が渦巻く会議室かもしれない。
俺は踏み込みたい、そう思った。
正義感の他に、少しからずワクワクもした。
しかし、一つ気になる点があった。
ここに足を踏み入れてから、プルトが青に輝いているのだ。
それを見て俺は気づいたのだ。
ひょっとして、「猫光る場所に近づくこと勿れ」あの言い伝えは、政府がこうやって陰謀を隠すために伝えたものではないか、と。
だから、俺は今日、見つけたあの場所をこじ開けてみるつもりだ。
プルトもにゃあ、と言っていた。
だから、俺はここに踏み込むつもりでいる。
目の前には満開の花。
赤と黄色と黒の看板。
そして奥にある堅牢な施設。
プルトは青々と輝いている。
「さ、行くぞ」
「にゃあ」
俺はプルトと短いやり取りを交わし、堅牢な扉を押してみた。
扉は拍子抜けなほどに簡単に開いた。
「無機質な場所だな」
俺は辺りを見回しながら、そう呟いた。
白い鋼の廊下がずっと続いている。
「danger」「nuclear waste」「Don't open」「radioactivity」
訳のわからない、おそらく古代字らしき言葉が、壁のあちこちに並んでいる。
壁を眺めていたプルトが突然、「にゃあ」と鳴いた。
刹那、壁が音を立てて崩れ始めた。
倒壊だ!巻き込まれる!
俺とプルトは無我夢中で走り出す。
青々と輝くプルトと駆けていく。
と、崩れゆく壁の土煙の中から、プルトの光り方にそっくりな、でも、プルトとは全然違う、冷ややかで強烈な光が俺たちを呑み込んだ。
灼けつくような痛みが、目に走った。
肌がジリジリと腐っていくような気がした。
異様に怠くて、俺は走るのをやめてへたり込んだ。
頭皮が柔らかく歪んだ気がした。
にゃあ
プルトが鳴いた。
壁はガラガラと崩れていった。
強烈で、冷たくて、熱くて、恐ろしいほど冴え冴えとした光が、世界に炸裂した。
3/15/2025, 5:55:59 AM