薄墨

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3/15/2025, 5:55:59 AM

「猫光るところに近づくこと勿れ」
俺の街には奇妙な言い伝えがある。

くだらない迷信だ。
この街には1世帯に一匹、必ず猫が飼われている。
その飼い猫が蛍光色に発光する場合、その土地には近づいてはならない。
曰く、大いなる災いが眠っているやもしれぬから。
そういう伝承だ。
街の連中は、少なくとも数千年の間、律儀にそんな言い伝えを守り続けているそうだ。

本当にくだらない言い伝えだと思う。
あの場所を見つけたからは余計に。

その日、俺は君を探していた。
一年前にある日突然この地に現れた政府の高官達は、この街に住む何人かの人間を連れ去っていった。
その中には、俺と結婚の約束をした、君も入っていた。

それから俺はずっと探していた。
君を探して、奴らを探して、あの時連れ去られたみんなを探して…
俺の相棒であり飼い猫である黒猫のプルトと共に、俺はこの街の周りを探し回っていた。

そうして、あの場所を見つけたのだ。
この街から何キロか離れた、拓けた場所にそれはあった。

大きく拓けた荒野のようなその土地に、見たことのない花が咲き乱れていた。
そして、その花畑の真ん中に、鉄塔が聳え立っていた。
厳重で頑固そうな二重扉を持つ、とても頑丈で、重たそうな施設。
そして、黄色と黒と赤で塗られた鉄の看板が、花畑の前に立っていた。

それで、ここに来るまでに、いくつか似た色の看板が立っていたことを思い出した。

ここに君はいるかも、俺は思った。
だってそうだろう?
こんな厳重で物々しい建物だ、何かあるに違いない。
ひょっとしたら貴重な何かを守っている、政府の秘密の場所か、誰かの陰謀や政府の陰謀が渦巻く会議室かもしれない。
俺は踏み込みたい、そう思った。
正義感の他に、少しからずワクワクもした。

しかし、一つ気になる点があった。
ここに足を踏み入れてから、プルトが青に輝いているのだ。

それを見て俺は気づいたのだ。
ひょっとして、「猫光る場所に近づくこと勿れ」あの言い伝えは、政府がこうやって陰謀を隠すために伝えたものではないか、と。

だから、俺は今日、見つけたあの場所をこじ開けてみるつもりだ。
プルトもにゃあ、と言っていた。
だから、俺はここに踏み込むつもりでいる。

目の前には満開の花。
赤と黄色と黒の看板。
そして奥にある堅牢な施設。
プルトは青々と輝いている。

「さ、行くぞ」
「にゃあ」
俺はプルトと短いやり取りを交わし、堅牢な扉を押してみた。
扉は拍子抜けなほどに簡単に開いた。

「無機質な場所だな」
俺は辺りを見回しながら、そう呟いた。
白い鋼の廊下がずっと続いている。
「danger」「nuclear waste」「Don't open」「radioactivity」
訳のわからない、おそらく古代字らしき言葉が、壁のあちこちに並んでいる。

壁を眺めていたプルトが突然、「にゃあ」と鳴いた。
刹那、壁が音を立てて崩れ始めた。

倒壊だ!巻き込まれる!
俺とプルトは無我夢中で走り出す。

青々と輝くプルトと駆けていく。
と、崩れゆく壁の土煙の中から、プルトの光り方にそっくりな、でも、プルトとは全然違う、冷ややかで強烈な光が俺たちを呑み込んだ。

灼けつくような痛みが、目に走った。
肌がジリジリと腐っていくような気がした。
異様に怠くて、俺は走るのをやめてへたり込んだ。
頭皮が柔らかく歪んだ気がした。

にゃあ
プルトが鳴いた。

壁はガラガラと崩れていった。
強烈で、冷たくて、熱くて、恐ろしいほど冴え冴えとした光が、世界に炸裂した。

3/13/2025, 3:41:04 PM

監視カメラと目が合う。
ミネラルウォーターのペットボトルに手をかけて、キャップを捻る。

監視カメラは曇りない、透明な黒い瞳で、じぃっとこっちを見ている。

ペットボトルの中の透明な液体がたぽり、と揺れる。
ぷちり。
細く小さな音が、キャップとペットボトルのつながりが千切れたことを知らせる。

監視カメラの正面で、透明な水を喉に押し込む。
透明な水は喉に引っかかることもなく、ただ無難にするすると喉から胃へ落ちていく。
ごきゅっ。
喉が音を立てる。

私は人間だ。
生きている人間なのだ。

監視カメラの無機質に透明な目に、そう伝えるために、私は、カメラを睨みつけたまま、水を飲む。
透明なミネラルウォーターを、喉に流し込む。

機械が人を統治し、管理するようになって、もう随分と経つ。
…少なくとも、私が生まれた時には、もう人類の指導者は、機械だった。

彼らはあらゆる点で人間を凌駕していた。
人間より遥かに賢く、合理的で、公平で、正しかった。
彼らは人間を学び、定義付け、効率的に、幸せに、人を統治した。

そう、効率的に。

人類区分法が制定されたのは、最近のことだった。
人類を効率的に統制するために考えだされた法案だった。

機械曰く、現在の人類の統治は非常に非効率で難しいらしい。
個体差と思考の差、知能の差、育ちの差…。
人類には、個体差が高く、それによって起こす行動パターンも無数にある。
従って、増え続ける多様な人類の個体や団体の動きを全て予測し、統制することは、非常に重たく困難だ。

そこで機械に搭載された知能は考えた。
人類がその多様性によって統治しずらいのなら、人類の多様化を制限し、統治しやすい人類を次世代に繋げていけば良い。

そこで成立したのが、「人類区分法」
人類史のデータから統計上、もっとも人類らしい「普遍的」な人類だけを選定し、その個体同士のみを交配させることで、人類を普遍で管理しやすい群れに変えるという政策だ。

こうして、人類は区分された。
生殖を許された「普遍的人類」である、「人間」と、
隔離され、絶滅を運命付けられた「極的人類」である、「ヒト」に。

私は、ヒト、だった。
私は、進んで面倒ごとをやりたがった。
怒ることや腹を立てることはあまりなかった。
楽なことや楽しいことよりも、夢中で苦労することの方が好きだった。
誰かのために本気で身を滅ぼしたかった。
大勢のために命を投げ出したい、というのが、ごく小さい頃からの夢だった。

そんな私は、普遍的でも平均的でもなかったらしい。
善良スギマス、機械は言った。
アナタハ特異ダ、透明スギル。アナタハ「ヒト」デス。
市民対応型機が告げたその言葉が、今でも鼓膜の奥に焼きついている。

私は今、ヒト管理区で、こうして監視をつけられた指定地区で暮らしている。

しかし、私は自分を人間だと思っている。
機械がどう判断しようと。
他の人がどう思おうと。

こんな透明な私も人間だ。
水が水色だけではないように。

私は、そう思っている。

だから、今日も、監視カメラの前で水を飲む。
透明なミネラルウォーターを。
機械の前で。
機械の奥の人間の前で。

監視カメラは透明な黒々とした瞳で、じぃっとこちらを見ている。
私はペットボトルを傾ける。

透明な水が喉を落ちていく。
ごきゅっ。
喉が鳴る。

3/12/2025, 1:41:47 PM

終わり、また始まる

 朝露の中、自転車をこぐ。
 いつものように
 大通りを移送車が横切る。
 ある日はブタの。
 ある日は自衛隊の。

 朝靄の中、目的地へ歩く。
 いつものように
 道端に目が留まる。
 掘り起こされた土が。
 じっと目を閉じた何かの死骸が。

 朝晴れの中、ふらりと散策する。
 いつものように
 既に眠った繁華街にさしかかる。
 乾いた吐瀉物。
 打ち捨てられた紙屑ら。

 終わり、また始まる、
 私たちの気付かぬところで。
 私たちが知ろうとしないところで。
 
 終わり、また始まる
 いつも、何かが。

The end and The begin

 I pedalling bicycle
 in morning like any other
 Car pass by me
 This was livestock carrier
 This was soldier carrier

 I walk to one's destination
 in morning like any other
 I look
 soil like wild boar digging
 corpse will never open eyes

 I go for a stroll
 in morning like any other
 Sleepying drinking district unattended
 old vomit
 scrap paper

 Those end and begin again
 when we don't realize them
 where we don't watch it

 The end and begin again
 everytime
 someone

3/11/2025, 10:55:35 PM

カノープス。
水平線スレスレで遠くを泳いでいるあの星は、カノープスと言う。
嵐の前触れとばかりに、さざなみを立てるあの水平線の上で、冷ややかに白く光る、あの星は。

私は砂浜からそれを見た。
明るいカノープスはただ一星、ぽつりと輝いて、海の上に見えた。

あの星は、父さんの船が沈んだあの一夜にも出ていた。
水平線の上を、ぽつりと光っていた。

あの星は、兄さんが恋人を連れて、この町から出て行った夜にも出ていた。
水平線の上に、白く光っていた。

あの星は、母さんがここから逃げ出したいと言って、一人で船に乗り込んでしまったあの夜にも出ていた。
波立つ水平線の奥に、くっきりと光っていた。

カノープス。
その名前を知ったのは、スマホを手に入れてからだ。
それまで、あの星にこんな洒落た名前がつけられているなんて知らなかった。
あの星は、大抵いつも、「めらぼし」とか、「なまけ星」とか、「凶星」とか、「呼び星」とか、そんないろいろな名前で呼ばれていたから。

婆ちゃんは言った。
うちん人たちはみんなあのめらぼしに呼ばれてち、行ってしまうんよ
うちん人たちはぁね、昔からずっと…
けんど、残されたち、わたしらぁは困るよぉね

そう言っていつも婆ちゃんは、目尻の皺を下げて、優しく、哀しく、困ったように笑った。
そういう笑顔を苦笑と呼ぶのだというのも、スマホを持ってから知った。

本当のところ、私はこの町から出たかった。
スマホの中から知る外の世界には、この町にない色々な物があって、自由があって、世界が広がっていた。

私は、あの星の向こうに行きたいと、いつからか、強く思うようになっていた。

そうして、そんな思いを反芻するその度に、婆ちゃんの、困ったような、悲しんでいるような、あの苦笑がチラついた。

うちん人たちはみんなあのめらぼしに呼ばれてち、行ってしまうんよ

婆ちゃんの、あの声が染み付いている。

外の空気を吸いたくて、ふらふらと浜辺に来た。
すると、あの星が水平線に見つかった。
白くて一つきりのあの星、カノープス。

めらぼしは、今日も輝いている。
ずっと遠くで。

3/11/2025, 3:10:12 AM

本当に、叶ってしまった。
それだけで、その願いはもう、自分のものではないような気がした。

「願いが1つ叶うならば」
かつてはそんな問いを一笑に付した。
だってそうだろう。

悲願は自分で叶えるから初めて悲願となる。
何の努力もせずに叶って、あっさり手に入れられた願いに愛着なんて湧かない。
誰か別人に叶えられた自分の願いなんて保たない、大切にできない。
あぶく銭と同じように、儚く、浅い。

だから、「願いが1つ叶うならば」なんて問いに答えようなんて本気で思ったことがなかったんだ。
あの日までは。

あの日、私は見つけたのだ。
打ち捨てられた魔法のステッキを。

何故だか、一目見た時にそれが魔法のステッキだと分かった。
これは願いを叶えてくれるステッキだと、確信した。

つい、好奇心と誘惑が頭をもたげたのだ。
私はステッキを拾い上げて願った。
「もし願いが1つ叶うならば」そんな問いを冷笑しながら、心の裡でずっと温めていた願いを。

まもなく、その願いは叶った。
急にというわけでもなく、まるで自然に、初めからそうなるはずだったというように。

当たり前だ。
あれは一朝一夕の願いではなかった。
私はその願いを叶えるために、いろいろ考えて、動いてきたのだから。

だから。
だから、願いが叶ってしまった時、それが自分の努力によるものなのか、魔法のステッキの結果なのか、分からなくなってしまった。

私の今までの、人生の願いは、呆気なく叶ってしまった。
今までの努力も、思考もなかったみたいに。
魔法のステッキを振ったせいで。
願いが1つ叶うならば、なんて思ったせいで。

私の願いは叶ってしまった。
一つのちょっとした落とし物で。

願いは、叶ってしまったのだ。

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