薄墨

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本当に、叶ってしまった。
それだけで、その願いはもう、自分のものではないような気がした。

「願いが1つ叶うならば」
かつてはそんな問いを一笑に付した。
だってそうだろう。

悲願は自分で叶えるから初めて悲願となる。
何の努力もせずに叶って、あっさり手に入れられた願いに愛着なんて湧かない。
誰か別人に叶えられた自分の願いなんて保たない、大切にできない。
あぶく銭と同じように、儚く、浅い。

だから、「願いが1つ叶うならば」なんて問いに答えようなんて本気で思ったことがなかったんだ。
あの日までは。

あの日、私は見つけたのだ。
打ち捨てられた魔法のステッキを。

何故だか、一目見た時にそれが魔法のステッキだと分かった。
これは願いを叶えてくれるステッキだと、確信した。

つい、好奇心と誘惑が頭をもたげたのだ。
私はステッキを拾い上げて願った。
「もし願いが1つ叶うならば」そんな問いを冷笑しながら、心の裡でずっと温めていた願いを。

まもなく、その願いは叶った。
急にというわけでもなく、まるで自然に、初めからそうなるはずだったというように。

当たり前だ。
あれは一朝一夕の願いではなかった。
私はその願いを叶えるために、いろいろ考えて、動いてきたのだから。

だから。
だから、願いが叶ってしまった時、それが自分の努力によるものなのか、魔法のステッキの結果なのか、分からなくなってしまった。

私の今までの、人生の願いは、呆気なく叶ってしまった。
今までの努力も、思考もなかったみたいに。
魔法のステッキを振ったせいで。
願いが1つ叶うならば、なんて思ったせいで。

私の願いは叶ってしまった。
一つのちょっとした落とし物で。

願いは、叶ってしまったのだ。

3/11/2025, 3:10:12 AM