薄墨

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12/21/2024, 9:23:43 AM

カランコロン
ドアベルの音が響き渡る。
思ったより音が大きくて、ドキッとする。

陽気なクリスマスソングが、店内を満たしている。
しゃんしゃんと、ベルの音が、背景の背景で穏やかに流れている。

案内された席に座って、外を眺める。
雨が小さく降り注いでいる。
結露に覆われた窓のそばには、やたら甘ったく美味しそうなホワイトチョコレートのパフェの広告が貼り付けられている。

コーヒーを待ちながら、カフェの入り口を見つめる。
ベルの音を待ち侘びる。
今日は約束の日なのだ。

私がここへやって来たのは、バイトのためだった。
来たる25日のための。

毎年、24日から25日の夜は、バイトに出る。
仕事内容は簡単に言えば、運び屋だ。
物の仕分けと、配達と。
ベルの音に見張られながら、法律など知らぬふりをして、大量の荷物を届ける。
夜通しそんなことをするバイトだ。
人に見られてはいけないし、見つかってもいけない。
痕跡を残すのもNGだ。
厳しくて難しい仕事だが、私は毎年、この仕事を受ける。

そのために、私はここに来た。
待っているのは恰幅の良い、白い髭を生やしたあの人だ。

私は毎年、一週間前に北欧のこのカフェに訪れる。
24日から25日のバイトに応募するために。
荷物を運ぶために。
やってきたコーヒーを飲みながら外を眺める。
雨が止んでくれればいいのに。バイト当日が悪天候だと、仕事はとてもキツイのだ。

カランコロン
ドアベルの音が鳴る。
待ち人はまだ来ない。

私の待ち人の雇い主は、甘いものが好きだから、あの広告のパフェも好きかもしれない。
そう思いながら、コーヒーを啜る。
奴は、私よりずっと年上で体も大きいのに、仕事の影響か、苦いものや渋いものが苦手なのだ。
そして、甘いものや油濃いもの…つまり、子供の好きな食べ物が大好きなのだ。

私は甘いものも油濃いものも苦手だ。
だから、彼が食事をするのを眺めていると胸焼けをする。
今日も彼は甘いものを頼むだろうか。
パフェでも頼んでおいてみようかな、そう思いながら、ペラペラとメニューを捲る。

毎年のことだが最近は買い出しで忙しいだろうから、ゆっくり待つか。
そう思いながら、私はドアベルを見つめながら、耳を澄ます。
ベルの音が空から聞こえくるのを聞き逃さないように。

カランコロン
カフェのドアベルがまた鳴る。
私は待つ。コーヒーを啜りながら。
25日の雇い主、サンタクロースを。

しゃんしゃん。
カフェの店内に、陽気なベルの音が鳴り響いている。

12/19/2024, 3:42:46 PM

今日も平和な一日だった。
怪物もいない。
ビルも壊れない。
人が目の前で殺されることもない。

仕事をする人たちが街を我が物顔で駆け回り、自動車が排気ガスを吐き出す。
子供が笑い、大人が微笑む。
空は青い。

平和な、平和な冬の日だ。
危ないことも怖いことも何もない。
ただの日常。ただの毎日。
私たちが掴み取った、かけがえのない平和。

でもそこに君はいない。

戦いの果てにあの必殺技を使って、元凶もろとも吹き飛んだ君は。

私が守りたいのは、世界より、なにより、君だった。
君だったのに。

平和な世界。
幸せな世界。
私たちが守った世界は、穏やかに回り続ける。
私と君を除け者にして。

平和のぬるま湯で、大勢の人たちが、楽しそうに、幸せそうに過ごす。
私はそれに入れない。
もう、一緒に居たい人がいないから。
君がいないから。

私にできるのは、寂しさを感じながら、幸せで平和な、私たちの勝利の証を眺めるだけ。
虚しさと寂しさしか残っていない、私たちの勝利を。
私たちを犠牲に成り立ったこの世界を。

人々が楽しそうに道を行き交う。
自動車がうなりを上げて、道路を走り回る。
ビルは高く聳え立ち、空は青い。

今日も世界は平和だ。

12/18/2024, 10:57:37 PM

煤まみれの足跡が点々と続いている。
底冷えのする冷たい雪の寒さが、冬の朝を包む。
飯を炊いた竈には、汗が光っている。

火かき棒で、灰を掻き出す。
もったりと乾燥した黒いさら粉が、こんもりと山になる。
開け放した扉から見える雪とは、全く反対の質感だ。

昔から、この灰を見ていると雪に落としてみたい気持ちがうずうずと湧いてくる。
しかし、いつもそれを諌めるように、北風が吹き付けてきて、断念する。
今日も、冬の風の寒さに思わず体を丸めて、慌てて竈の片付けを再開した。

冬の土間は冷える。
こういう山奥の木造一戸建ては特にだ。

あらかた灰を掻き終わったので、火かき棒を置いて、竈の上の鍋を開ける。
白い米をしゃもじでかき混ぜて、味噌汁におたまを落とす。
ぽしゃん、おたまの丸い部分が音を立てる。

湯気が上がる。
朝飯の香りがふわふわと広がる。

朝が来るまで竈に潜っているほど寒さに弱いのに、この山で暮らしているとは、大した根性だ。
山奥に続く煤まみれの足跡を眺めながら、うちの竈猫に感心する。
姿を見たことは一度もない。
奴は冬にうちの竈に必ずやってくるが、こちらにはいつも姿を見せない。

白飯を盛った椀に、味噌汁をかける。
雪の降った寒い朝の土間で、こうやって食べる朝飯が一番美味い。
ばあさんが存命していたなら怒られそうだが。

土間に突っ立ったまま飯をかき込みながら、三年前にいなくなったばあさんのことを思い出す。

街出身だというのに、毛皮と蓑でおしゃれなど思いつかない粗暴な暮らしにも動じない、変わった奴だった。
大雑把だが、三度の飯と睡眠にだけはまめで、朝起きてみれば、もう温かい飯が炊いてあって、鍋に豆腐を手でちぎって投げ入れながら、ハキハキと朝の挨拶をしていたものだ。

早起きだったから、奴はうちの竈猫と顔を合わせたこともあったかも知れない。
…そもそも、うちに竈猫が来ていると発見したのは、ばあさんだったような気がする。確か出汁をとったいりこをやったのだ、なんとか言っていたような。

つまり、儂とあの竈猫は、共にばあさんに餌付けされていた同じ穴ならぬ同じ釜のムジナなわけだ。少なくとも冬の間は。

起きるのが遅い儂には、竃猫の奴が生きているか知れるのは冬しかない。
冬の煤の削れ具合と、雪に残された煤の足跡にしか分からない。
竈猫にほんの少し置いてやる残飯も、食っているのは鼠か猫か虫か、すぐに奥にこもってしまう儂には分からない。

儂と竃猫の奴は、お互い独り身なのだ。
お互い、今は、あくまで一人でいたいのだ。
冬は一緒に越すが、それぞれ一人。
それが、儂と竃猫の距離。

飯を食べ終わる。
味噌汁のおかげでつるりと空になった椀だけが残る。
儂は椀を上り口に置いて、しゃもじとお櫃を準備する。

飯を移して冷ましておこう。
一人分はあの竈猫に。
あとの分は握って昼飯に。

儂と竃猫は、冬は一緒に越す。
お互い寄り添うことはなく、でもお互いの生きている余韻は感じながら。
ばあさんを思いながら。

儂は今年も、顔も知らない竈猫と一緒に冬を越す。

12/17/2024, 9:28:44 PM

口語自由詩。
ノートに、そう書く。

良いデタラメって難しいものだ。
文章にしても、絵にしても、言葉にしても、何にしても。

水。
銀紙。
エビフライ。
ネズミの尻尾。

腕を動かして、とりあえず言葉を並べる。
とりとめもない言葉。とりとめもない話。
役に立たない。実用性のない。とりとめもない。
でも、意識的にしようと思えば、それも難しい。

とりとめもないは難しい。
何にしたって。
理解するのも、作るのも。

でも、理解はしなくていいはずだ。
だって理屈で説明できるのなら、説明文で良いから。
理屈では、言葉では説明できないものを、感覚でわかってもらうために、人はとりとめもない話をするのだ。

とりとめもないことを書くのだ。
そして、それは芸術になる。

そんなことを考えながら、私は今日も、ペンを取る。
今までの話をまとめると、私は芸術とは“とりとめもない”ことだと思っているかもしれなかった。
絵や詩を見た時に、最もらしい講釈をインテリ気取りで必ずする人にうんざりしながら。
芸術に意味を見出そうとする人間に、憐れみを感じながら。
こう書くと、文は意味を持つ。
とりとめもないは失われて、私は「あーあ」と思う。

とりとめもないは難しい。
特に雑談っていうものは、その中でも一番難しい。
雑談というとりとめもない話は、とりとめのなさを一人じゃ完結できないから。
合作なのだ。あれは。

とりとめもない話は難しい。
昨日友達としたぎこちない雑談や、スマホの画面に表示されているLINEの画面を見ながら、心からそう思う。
とりとめもないは一人の方が、ずっと楽に完成できる。
意味のない会話は、私には難しい。

だから、誰とでもとりとめもない話ができる友達が、私は羨ましい。
友達のあの子が、私の成績や描いたものを見て、「羨ましい」というのと同じくらいに、私はあの子が羨ましい。

たくさんの人と、とりとめもない話をして、意味はなくても何かは分かり合える、あの子が。

すごいと思う。

口語自由詩。
私はノートに書く。
雑談の方が難しい。
あの子には言わない、そんなことを思いながら。

12/16/2024, 2:50:43 PM

のど飴をひとつ、口の中に入れる。
すうっとした清涼感が、腫れぼったい喉を抜けていく。

空は青い。
風は寒い。

マスクを直して、マスクをもごもご蠢かせて、口の中で飴を転がす。
柑橘系の香りがマスクの中に立ち込めて、鼻に抜けていく。
こののど飴は結構美味しい。また買おう。

冬はどうしてこんなにも喉に過酷なのだろうか。
乾いた空気は、喉の水分を否応なく奪っていくし、冷たい突風は、容赦なく喉に体に突き刺さる。

今日だって、ふと起きてみたら、喉が腫れぼったくてなんだか痛いような気がしたから、わざわざコンビニに寄って、急遽のど飴を買ったのだ。

巷では今、風邪が流行っているらしい。
あの悪名高い、インフルエンザと共に。
学級閉鎖、という単語を、世間話で頻繁に聞くようになり、学生や通行人がこぞってマスクをして歩く。
この時期の風物詩だ。

私の喉のこの違和感も風邪だろうか。
のど飴を転がす。
喉をすうっと飴の柑橘味が通り抜けていく。

風邪だとしたら、あまり悪化させたくない。
私の場合、風邪を引くと喉に来る。
喉がカスカスに乾いて、ゴロゴロとした咳のたびに、声の密度がボロボロと抜けていき、最終的には声が出なくなるのだ。

咄嗟に声が出ないのは、本当に不便だ。
会議の時に返事はできないし、ぶつかりそうになった時に相手に言葉もかけられない。
タバコを買うのだって一苦労だし、会話も難儀だ。
去年、風邪を拗らせた時は酷かった。

待てよ。
思い返してみれば、この時期の風邪は、年々酷くなっている気がする。
だとしたら、今年の風邪は、去年より声も出ないし、しんどいのか?それは嫌だ。

抗議の意を込めて、のど飴を歯の内側に軽くぶつける。
のど飴は、素直にコロコロと可愛らしい音を立てる。

のど飴はこんなに美味しくて、素直で、優しいのに、風ときたらどうだろう。
風邪ひきかもしれない私の頬を遠慮なく、冷たくはたいて去っていく。
刺すような冷たさに、思わず肩をすくめる。

風邪も風も、もう少しまあるく、優しくなってくれないものだろうか。
それこそ、飴玉のように。

風が急に強く吹く。
頬に、耳に、鋭く冷たい風が吹き荒ぶ。
私は慌てて襟を合わせて…それから思わず、風の方を見返した。

「いやなやつだね。そんなこと言うなんて」
囁くようなその声が、風と共に私の耳朶をくすぐって、そのまま抜けていったような気がしたから。

…風が一陣、吹き抜けていく。
そこには誰も立っていない。

頭がくらりとした。
熱だろうか。
もしや、風邪が悪化したのだろうか。

となると、あの声は?
風邪の見せた幻聴だったのか?

私は首を捻りながら、とりあえず、当初の目的に向かって歩き出す。
風が強く、風邪に揺れる私の背を押した。

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