薄墨

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のど飴をひとつ、口の中に入れる。
すうっとした清涼感が、腫れぼったい喉を抜けていく。

空は青い。
風は寒い。

マスクを直して、マスクをもごもご蠢かせて、口の中で飴を転がす。
柑橘系の香りがマスクの中に立ち込めて、鼻に抜けていく。
こののど飴は結構美味しい。また買おう。

冬はどうしてこんなにも喉に過酷なのだろうか。
乾いた空気は、喉の水分を否応なく奪っていくし、冷たい突風は、容赦なく喉に体に突き刺さる。

今日だって、ふと起きてみたら、喉が腫れぼったくてなんだか痛いような気がしたから、わざわざコンビニに寄って、急遽のど飴を買ったのだ。

巷では今、風邪が流行っているらしい。
あの悪名高い、インフルエンザと共に。
学級閉鎖、という単語を、世間話で頻繁に聞くようになり、学生や通行人がこぞってマスクをして歩く。
この時期の風物詩だ。

私の喉のこの違和感も風邪だろうか。
のど飴を転がす。
喉をすうっと飴の柑橘味が通り抜けていく。

風邪だとしたら、あまり悪化させたくない。
私の場合、風邪を引くと喉に来る。
喉がカスカスに乾いて、ゴロゴロとした咳のたびに、声の密度がボロボロと抜けていき、最終的には声が出なくなるのだ。

咄嗟に声が出ないのは、本当に不便だ。
会議の時に返事はできないし、ぶつかりそうになった時に相手に言葉もかけられない。
タバコを買うのだって一苦労だし、会話も難儀だ。
去年、風邪を拗らせた時は酷かった。

待てよ。
思い返してみれば、この時期の風邪は、年々酷くなっている気がする。
だとしたら、今年の風邪は、去年より声も出ないし、しんどいのか?それは嫌だ。

抗議の意を込めて、のど飴を歯の内側に軽くぶつける。
のど飴は、素直にコロコロと可愛らしい音を立てる。

のど飴はこんなに美味しくて、素直で、優しいのに、風ときたらどうだろう。
風邪ひきかもしれない私の頬を遠慮なく、冷たくはたいて去っていく。
刺すような冷たさに、思わず肩をすくめる。

風邪も風も、もう少しまあるく、優しくなってくれないものだろうか。
それこそ、飴玉のように。

風が急に強く吹く。
頬に、耳に、鋭く冷たい風が吹き荒ぶ。
私は慌てて襟を合わせて…それから思わず、風の方を見返した。

「いやなやつだね。そんなこと言うなんて」
囁くようなその声が、風と共に私の耳朶をくすぐって、そのまま抜けていったような気がしたから。

…風が一陣、吹き抜けていく。
そこには誰も立っていない。

頭がくらりとした。
熱だろうか。
もしや、風邪が悪化したのだろうか。

となると、あの声は?
風邪の見せた幻聴だったのか?

私は首を捻りながら、とりあえず、当初の目的に向かって歩き出す。
風が強く、風邪に揺れる私の背を押した。

12/16/2024, 2:50:43 PM