真夜中の帰り道。300字小説。
角
『真夜中の0時に角を曲がるとどこかに連れていかれる』
私が子供のとき、そんな噂があった。よくあるご町内七不思議だと思っていたが……。
駅を出て、早足で家に向かう。
「ついてきてる……」
終電に乗り合わせた知らない男が私の後ろをずっと歩いている。
スマホの時計は午後十一時五十九分。まけるか解らないが、いつもと違う角を曲がる。
「うわぁ!」
私について曲がった男の影が突然、悲鳴と共に消えた。
『久しぶりに引っかかったな』
耳慣れない声が耳元で囁く。
『アレは儂等が貰っておく。アンタはお家にお帰り』
『若い娘が遅くまで出歩いておったらいかんぞ』
ケタケタと笑う声と共に
「ここはどこだ!!」
叫ぶ男の声が夜の静寂に消えていった。
お題「真夜中」
父親の最後の愛。300字小説。
さよならの前に
「違う!」
私は叫んだ。
「ママが嫌いになったんだろう? だったらパパと一緒にあの世に行こう」
一ヶ月前、事故で亡くなったパパが半透明の手を伸ばす。
「嫌いじゃないもん! ちょっと喧嘩しただけ……」
そうパパが亡くなって私もママもいっぱいいっぱいになっていただけだ。
「ママだって悲しいのに、私の為に仕事頑張って……そんなの愛がないとできないよ」
「そうか?」
パパがニヤリと嫌らしく笑う。その笑みに私は確信した。
「アンタなんかパパじゃない! あっちにいけ!」
「愛があれば何でもできる?……か」
妻と娘のいる家を見下ろす男に「できたな」と死神が笑う。
「まあな……二人とも仲良くな」
男は小さく肩を竦めると窓の灯りに手を振った。
お題「愛があれば何でもできる?」
鬼と女。300字小説。
夫婦岩
善い女だったぞ。器量はよくはなかったが律儀で優しい女でな。狼に襲われていたところをちょっと助けてやっただけで醜い鬼の儂のところにやってきて「恩返し」ってな。
アイツも村では親無し子で居場所もなかったのだろう。鬼一人女一人、周りは反対したが一緒になった。
だが、今は後悔しとるな。善い女すぎた。儂はアイツがいない前、どうやって一人で暮らしていたんだ? 覚えておらんし、もう出来ん。どうして人は……。
「これがその伝説の夫婦岩です」
山岳ガイドがお花畑に佇む二つの岩を指す。
「小さいのが妻の墓石、隣の大きいのが嘆いた鬼が変じた岩と言われています」
善過ぎる女だからこそ反対したのだ。ガイドが岩に向かいポツンと呟いた。
お題「後悔」
不思議な町の食堂の店主と騎士。
空町にようこそ
おや、いらっしゃい。久しぶりの外のお客さん……と思ったら騎士様だ。
ここはどこだ? ここは空町一丁目。門をくぐってすぐの食堂だよ。空島の珍しい食材を扱っている私の自慢の店さ。
空島とはなんだ? 騎士様、人にモノを訊く時はお腰の剣から手を離して訊くもんだ。さては、突然現れた町が金になるか領主様に命令されて探りに来たね? ここの領主様が欲深なのは空の上まで噂が届いているよ。
おやおや、ちょっと揺れるよ。どうやら、ここにはほんの一休みに着地したらしい。地震? いやいや、窓の外を見てご覧。ほら、どんどん上に上がっていっているだろう?
ここはなんだっ!? って。そんな大声出しなさんな。さっきも言った通り、ここは空町。空島……空飛ぶ鯨の背中の上に出来た町さ。
降ろせ? それは無理だよ。なんせ鯨は気の向くまま、風に身をまかせて飛ぶもんだから。ほら、雲が見えてきた。もう、降りようがないさ。
ところで騎士様。あの領主様の下じゃ、そう待遇は良くなかっただろう?
その剣を下ろして、どうだい? 今、うちは従業員募集中なんだけど。
お題「風に身をまかせ」
事故宇宙船から飛び立った救命ボッドの中で。宇宙飛行士とパートナーAI。
『Gift for mom』
「おうち時間でやりたいこと? 決まってるだろ」
刻々と減る燃料メーターと軌道突入時間までのカウントダウンを睨みながら、彼が怪訝な顔をする。
「……おうちに帰られれば、だがな」
「心配ありません。貴方には私と言う完璧な相棒がいるのですから」
『彼は遅刻魔だから、私の誕生日に間に合うように帰還させて』
以前、届いた博士のメッセージをバックグラウンドで再生する。
「宇宙船事故を防げなかった優秀なAIさんが?」
「天文的確率の事故では仕方がありません。その後の応急処置と避難誘導は完璧だったでしょう?」
彼が自分の乗る救命ボッドを見回す。
「確かに」
「大船に乗ったつもりでリラックスしていて下さい」
「実際は小舟だかな」
小さく笑う。
軌道計算も残存燃料の計算も完璧。なんなら彼の精神状態も完璧だ。
「いきます」
「ああ」
もう一度、私を作った博士のメッセージを流す。
貴女へ、貴女の大切な人を、きちんと時間通りに、怪我ひとつ無い状態で届けましょう。
「Gift for mom」
お題「おうち時間でやりたいこと」