『大好きな君に』
「おめでとう」
その言葉は、大好きな君に上手く届いただろうか。
声は震えていなかっただろうか。顔は暗くなかっただろうか。涙は、ちゃんと堪えきれていたかな。
拍手。笑い声。誓いの言葉。耳から入ってくる何もかもがどこか遠く聞こえる。
私は、もうずっと、この世で一番美しい花嫁から目が離せないでいた。
真っ白なベールに包まれた幸せそうな笑顔が何より綺麗で眩しくて、痛くて痛くてたまらなかった。
「好きだったなあ」
ぽつりと呟いたその言葉が、いっそ大好きな君に届いてしまえばいいのに。
滲んだ視界の先で二つの唇がゆっくりと重なるのを、私はただぼんやりと眺めていた。
『欲望』
あ、殺さなきゃ。
目の前でたおやかに舞う彼女の肢体を見て、私はそう思った。どこまでも純粋で美しい彼女に、少しでも邪な感情を持ってしまった私を、ここで殺さなきゃ。と。
あの指を絡め取ってしまったら。あの髪に口づけを落としてしまったら。この世の何よりも真っ白なあの純白を、この手でズタズタに引き裂いて汚してしまえたら。
そんな欲望ごと、私は私を。
柵の向こう側、彼女の必死な叫び声が聞こえた。急速に遠のいていく視界に映った彼女の顔は、零れ落ちる透明な雫と悲痛の色で彩られていた。
…それが、私には、何よりも美しく見えて、
【三日月】
すうと細められたあなたの目が、色素のうすさも相まって三日月みたいに見えた。
なんて、そんなことを言えばあなたはきっと照れてしまうだろうから、口には出さなかった。そっぽを向かれるのは嫌だったから、ただじっと黙っていた。あなたが不思議そうに首を傾げるまで、大好きな三日月を堪能した。
【色とりどり】
穏やかな陽光に照らされて、露がきらきらと輝いている。昨朝に降った雪によって真っ白に染められた村は、一日経ってすっかりその様相を変化させていた。昨日まで雪に覆われていた色とりどりの花々が、陽の光を浴びながら緩やかに揺れている。
一面無機質な色だった山々も、今は点々と色付いている。幼かった頃はあの山を、野原を、日が暮れるまで駆け回ったものだ。そしてその隣では、気心知れた幼馴染が息を切らしながら無邪気に笑っている。それももう、今は遠い昔の記憶になってしまったけれど。
『雪、好きなんだね』
見渡す限り見事な雪景色になった野原を見て目を輝かせる俺に、いつだか幼馴染がそう言ってきたことがあった。その時は、迷うことなく頷いた。でも今は違う。雪は嫌いだ。はらはらと舞う白を見る度、思い出すのはもう見ることの叶わない横顔ばかりだから。遠く離れた街に越したっきり、会えなくなった彼女のことが、ひどく恋しくなってしまうから。だから、雪は、嫌いだ。
一つ、大きく息を吐く。宙にぼんやりと浮かんだ白から目を逸らして、代わりに色とりどりの花々を見下ろした。
【雪】
はらり。視界の端に舞い散る何かが映り込んで、半ば条件反射のように窓の外を見やる。勢いよく降り始めた雪が、無機質な景色を真っ白に塗り替えようとしているところだった。
この街に越してきてから、もう何度目の雪だろう。
もう片手では足りないことは確かで、けれど年々指折り数えていくのが辛くて、正確な回数を記憶するのもやめてしまった。ここで迎える冬を数えるのは、幼い頃育った故郷と、大好きだった幼馴染と離れてから経ってしまった年数を数えることと同義だったから。
目を閉じる。懐かしいあの場所で見た雪が、雪を見てはしゃぐ彼の姿が、今でも鮮明に脳裏に焼きついている。
『ね!見て!積もり始めたよ!』
心の底から嬉しくてたまらないというふうに、記憶の中の彼が笑う。思わず目を開いた。眼前の街が、少しずつ雪景色へと変わっていく。
「ほんとだね」
ぽつりと小さく、呟いた。彼に釣られて微笑んで、けれど視界はぼやりと滲んで。きっと誰にも見せられないような情けない顔をしながら、私は降りしきる雪を眺め続けた。