あなたの、優しい所が好き。
他人のことで涙を流せるような、感情が豊かなあなたが好き。
誰かの喜びを、自分の事のように喜べるあなたが好き。
小さな生き物の死にも真剣に向き合って、涙を流せるあなたが好き。
だから、さようならを言おうと思った。
「さようなら、また夢で会おうね」
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きみの、桃色に染った頬を可愛いと思った。
風に吹かれて揺れる黒髪も、人より少し短いまつ毛も、きみを形作る全てが愛おしかった。
だから、両想いだって知ってすごく嬉しかったんだ。
そんな想いをきみに伝えた日の帰り際、きみはすごく綺麗に笑って言った。
「さようなら、また夢で会おうね」
振り向くと、目の前で綺麗に笑う君が柵の向こうに見えた。
ぐらり、とスローモーションのように後ろに倒れる君は、迫り来るライトに照らされてまるで天使みたいだった。
その日から、毎日君の形をした悪夢がそばに居る。
夢を見た。
彼女は目眩がするような青空を背に笑っていて、黄色いリボンの着いた麦わら帽子がよく似合っていた。
真っ白なワンピースの裾を翻しながらこちらに駆け寄る彼女を抱きとめる直前、視界が真っ赤に染る。
あぁ、またこの夢だ。
視線を移せば、アスファルトに寝そべる彼女の後ろ姿が見える。綺麗な黄色いリボンが、赤く染められていく。
脳漿を撒き散らした彼女がゆらりと起き上がって、フラフラと頭を揺らしながら僕を見た。
次に視界に映ったのは、薄暗い部屋の見慣れた天井だった。
もう肌寒い季節になったというのに、僕はまだあの日に囚われているらしい。
のろのろと身支度をすませて外に出ると、吐き気がするような青空と、彼女のいない世界がひろがっていた。
何の変哲もない鉄製の重たいドアが、まるで宝物庫の扉のように思える。ゆっくりとドアを開ければ、寂しくてすすり泣いていた彼女の小さな泣き声が聞こえてきた。
そっと奥のドアを開けると、真っ白い腕をぎゅっと身体に近付けてすんすんと鼻を鳴らす彼女の大きな瞳が僕を捉える。
あ、と小さく声を上げた彼女は、やっと僕が帰ってきた安心感からかさらに大きく泣き始めた。
あぁ、そんなに泣いたら目が溶けてしまいそうだな、なんて思いながら彼女を抱き上げてリビングに向かう。
腕の中でこちらを見つめる彼女が愛おしくて、思わず笑みが溢れた。
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何の変哲もない鉄製の重たいドアが、まるで監獄の扉のようだと思った。
どんなに頑張っても、筋肉が落ちきってしまった私の力では開けることすらままならない。まぁそもそも、もう逃げる足が無いのだからどうしようも無いのだけれど。
ガチャン、と音を立てて鍵を開ける音がする。あぁ、帰ってきてしまった…恐ろしさに自然と息が上がり、ボロボロと涙が溢れてくる。
真っ暗な部屋に淡い光が差して、彼がやってくる。
伸ばされた腕が恐ろしくて声が漏れた私を嘲笑うように、その腕でぐっと引き寄せられて身が強ばった。
彼に抱えられて、恐らくリビングに向かうであろう事を察してふと彼を見ると、ニコリと感情の読めない顔で微笑まれる。
あぁ、今日は何を失うのだろうか。
ぼくの、いちばんはじめのきおく。
まっくらで、つめたいばしょから、ぼくをつれだしてくれた、おおきなてのひら。
さいしょ、びっくりしてひっかいたぼくを、やさしくだきしめてくれた、《ほんださん》。
だいじょうぶだよ、だいじょうぶ、こわくないよ、って。
そのこえが、ほんとうにやさしくって、あったかくって、ぎゅっとくっついたのを、おぼえてる。
だからね、こわくないよ。
《ほんださん》のふるえるてのひらが、ぼくのあたまをなでる。
ごめんね、ごめん、こんなことのために、つれてきたわけじゃなかったんだ、って。
だいじょうぶ、しってるよ、ぼくはびょうきだから、だめなんだって、《しょちょーさん》がいってたもんね。
でもね、ほんとうにぼく、しあわせだったんだ。
あ、でも、いたくないといいなぁ、なんておもいながら、ぼくのあたまをなでる《ほんださん》に、さいごにぎゅっとくっついた。
君が望むなら、私は何も要らない。