「どうすればいいの?」
母親に連れてこられたレストラン。
窓際の席に案内されて、椅子に座った。
しばらくして、私の目の前に見知らぬおじさんが立ち止まった。
「初めまして」
そう言って席に座り、母親と親しげに話すおじさんを、不機嫌そうに見つめた。
「出来ればこれから君のことを知って、いつかお父さんになれたらと思っているんだ」
突然の事で、頭が働かない。お父さんというワードだけが、頭の中でぐるぐると回り出した。
「突然言われてもびっくりするよね。でも、もうすぐ1年生だから、おじさんが言ってる意味は…分かるよね?」
不安そうな、そして優しげな笑顔を浮かべたおじさんが目を逸らさずじっと私を見つめてきたが、耐えきれず私から逸らした。
そんな私の姿を見た母親は、私の肩に片手をおき、ゆっくりとさすった。
「時間はたっぷりあるから、ゆっくりまたお話しよう。今日は突然でごめんね」
反射的におじさんのことは、好きになれなかった。大好きなお母さんを取られたような気持ちになったからだ。
幼かった私は、どうすることも出来ず、大人の時間の中に巻き込まれていった。
おじさんがお父さんに変わるのは、もう少しあとの話。
『宝物』
弱虫の私は、好きな人に告白どころか、そんな素振りも見せられない。
窓から見える校庭には、コロコロと落ち葉が追いかけっこをしている。
はぁ…
「今日、元気ないじゃん」
私の好きな人が、何食わぬ顔して私の顔を覗き込む。教室の中は騒がしいのに、一瞬にして二人の世界になった気がした。
急に恥ずかしくなって、目を逸らした。
「秋だから黄昏てるふりしてたの」
「なんだそれ。次、音楽室だって、行こうぜ」
くしゃっとした笑顔で、私を見つめないで。苦しいけど、幸せすぎる。
そんな葛藤を心のなかで繰り返しながら、席を立った。
あなたの笑顔は、私のエネルギー。
あなたの笑顔は、私の宝物。
いつかこのことを伝えられるまで、友達でいさせてね。
「たくさんの思い出」
はじめまして。
こんにちは、私の宝物。
小さく生まれたあなたは、何をやるにも人一倍時間がかかったね。
ハイハイするのも、おすわりするのも、立って歩き出すのも。
最初に話した言葉は「マンマ」
パン粥食べれた。
五目ごはんが食べれた。
初りんごは、すっぱかったね。
すごい顔して、猫のようにまるいお手々で、こすりつけていたっけ。
おいしいものを食べると、ジャンプして喜んだ。
外に散歩にも行ったね。
春は桜を見て、夏は庭でビニールプール。
秋はどんぐり拾って、冬はめったに降らない雪が積もって、雪だるまを作った。
勉強が苦手で、泣いた日もあった。
授業参観には来なくてもいいと、1年生の時から言ってたよ。もちろん、行かない時なんて一度も無かったけど。
恥ずかしかったの?
細かいことをあげたら、本当にたくさんいろんなことがあったけれど、どれも私の大切なかけがえない時間です。
「行ってきます!」
そんなあなたもいつしか、社会人!
人生まだまだこれからだけど、乗り越えて行く力を身につけていって欲しい。
自分なりの幸せを、掴んで欲しい。
私はずっと、あなたの味方です。
生まれてきてくれてありがとう。
あなたのお母さんにしてくれて、
ありがとう。
『冬になったら』
こたつに入って、みかんを食べる
あったかいおでんを食べる
スノーボードに行く
イルミネーションを見る
近場で良いから、温泉に行く
着ぐるみパジャマを買う(パンダ)…
北欧調の雑貨が置いてる店から出た後、冬になったら何をやりたいか、女友達に尋ねたところだった。
やりたい事を数えるように、指を一つずつ折り曲げて空を見上げた。白くて細い指が、僕には眩しく映る。いっそのこと、いま告白してしまおうかと思うくらい綺麗な青空に、黄色のイチョウの葉が輝いている。
「ぼーとしちゃってどうしたの?」
「どうもしないよ。冬になったらやりたいことってそれだけかよ」
「それだけできるだけでも、幸せだよね、それと…」
彼女が人差し指を顎に当てながら軽くコツコツと叩く仕草をして歩き始めた。僕はその小さな歩幅に合わせて何も言わず続いて歩いた。
「一緒にいられたら良い冬になるよ、きっと」
大型バイクが僕たちの横を通り過ぎて、声が聞こえなかった。
「え?!え?!なにもう一回言ってー!」
「やーだー」
秋の風が、ほんの少しだけ僕たちの背中を少し押してくれたような気がした。
『はなればなれ』
「後悔のないように生きなさい」
母が私によく言う言葉だ。
その言葉を大切にして生きてきたつもりだった。
決して派手な生活を送っているわけでもなく、かと言って不幸でもなく、本当に普通に。でも、後悔のないように、楽しく生きている。
私はうまく生きられていますか?
進んできた道は、これで正しかったですか?
【大丈夫】って笑ってくれないかなぁ、
ねぇ、お母さん…。
時々、無性に会いたくなる。
ふぅと小さなため息をはいて、空を見つめると、一番輝いている星が【大丈夫】って笑ってるみたいに見えた。