喜楽ここあ

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6/21/2025, 3:58:58 AM

好き、嫌い(創作)

私の家の庭には、小さなりんごの木がある。祖父が植えたものだそうだ。毎日、毎日、その木に話しかけて大切に育てていたけど、今まで一度も実がなったことはない。

「おじいちゃん、この木に向かって何言ってたの?」

ある日、私は母に聞いた。

「今日あった出来事。そうねぇ、良いことも、悪いことも全部話してたよ。亡くなる前は、ちょっと愚痴っぽくなってたかなぁ…。なんでも“好きなもの”が見つからないと実をつけないんだって妙なこと言ってたわ」


妙な木かぁ…
何気にりんごの葉に触れてみた。
「本当に実がなるの?」
心の中で呟きながら、りんごの木に笑いかけた。


その夜。ベッドでごろごろしていると、どこからか“コロン”と、まるで何かがふわふわの土の上に落ちたような、やさしい音がした。

気になって外に出ると、月の光に照らされてた庭のりんごの木の下に、小さな赤い実が転がっていた。

「……え?実なの?!」

私はそっとりんごを拾って、服で軽く拭い、恐る恐るかじってみた。

シャリッ。


爽やかな甘さと酸味。目を閉じた瞬間に吸い込まれるような感覚になり、懐かしい暖かい世界の中に入り込んだ。


祖父の声。
庭で遊んだ夏の日の風。
一緒にスイカを食べた。
両親の笑顔に包まれて、幸せそうな私。

「……この実は…思い出? 好きなものって…私の中の思い出?」

ふと風が吹いて、葉っぱがふるふると揺れた。それはまるで「そうだよ」とうなずいているみたいだった。

次の日から、私は毎日りんごの木に話しかけた。

今日の学校のこと、好きな本のこと、体育の授業で逆上がりができたこと。

すると秋の終わりには、たくさんの実がなった。小さくて、ころんと丸い、赤いりんご。

「やっぱりこの木は、だれかの“好き”を聞くのが好きだったんだね」

「おじいちゃん、嫌いが多かったのかな?」

「いやー、そんなことはないと思いたい」

母もにこにこ笑って言った。


その夜、“コロン”という音がまた聞こえた。


今度は、いつもより少しだけ大きめの実だった。私はりんごをかじった。

ふぁーと風が吹いたかと思うと、また別の記憶のようなところに連れていかれた。


土の匂い。
木の皮のざらざら感。
懐かしい祖父の笑い声と、温かい声が聞こえてきた。

『大きくなって、まぁるい、まぁるいりんごを実らせておくれ。家族の喜ぶ顔がみたいなぁ。りんごの木よ、お前が大好きだ』

その瞬間、私は目を開いた。
きっとおじいちゃんの「好き」も、木に届いていたんだ。

私はにっこり微笑んだ。
この木とずっと、好きなことを分け合って生きていこう。嫌いな話も時にあるかもしれないけど…好きが溢れるそんな日々になればいいと思った。

◆◆◆

絵本
【おおきな木】を思い出しながら…

6/11/2025, 1:00:03 AM

美しい(創作)

私は人の目をとても気にする。
【意外に他人は人の事を見ていないよ、だから大丈夫】なんて言葉もかけてもらったけど、私にはその言葉は通じない。

とにかく綺麗に美しくなりたい一心で、美容系YouTubeも見まくり、カフェのバイトで稼いだお金は、流行りの服や化粧につぎ込んだ。

多分見た目は、そこら辺の人よりかはイケてると思うし、見た目の自信はある。なのに、聞こえてくる噂は

『外見ばかり気にして』
『自分のことばっかりだよね』
『可愛いけど、心がないんだよね』

その噂を耳にするたび、私はますます外見だけを整えた。心の声を隠し、いつも笑顔を貼りつけた。

ある日、バイト先に目の見えない青年がアイスコーヒーを注文した。

「…お待たせしました」
「ありがとう…」

私はそのまま立ち去ろうとしたけど気になって足を止めた。


「あの、、よろしければストローさしてもよろしいですか?ここに、コーヒーがあります」


彼の手をとり、アイスコーヒーの入ったグラスを触らせ位置を確認させた。


「ありがとう…あの…大きなお世話かもですが、あなたの行動はとても優しいけど、声に苦しみを感じられる…大丈夫ですか?」

その人は言った。人の声から、「心の響き」を感じてしまうんだと。


恥ずかしさと、驚きで戸惑った。

「今仕事中なので…すみません」

そんな言葉で逃げきれたかと思っていたけど、彼は私がバイトが終わるまでずっと居続けた。

「すみません、とても気になって…これじゃあ、ストーカーですよね…」

「あ…いえ…なんか…すみません」

「なんで謝るの?」

「あーいや…なんだか…」

しばらく沈黙した空気が流れたが耐えきれず私から口を開いた。


「人に嫌われるのが怖いんです。だから、必死に外側を綺麗に誤魔化して友達を作ってる。だけど、綺麗に着飾ることばかり考えてしまって、人の話なんてどうでもいいと言うか頭に入らない…だから気がついたら本当の友達がいない…だから綺麗にして…って悪循環に疲れてます」


それがこの人に、声だけで悩んでるってわかったって言うの?

彼は静かに微笑んだ。

「誰でも美しいものは好きだと思います。だけど、その人の心がわかって助けたい、側にいたいと思うものです。本当の自分を隠して、本当の友達なんてできないかと…自分を出せば耳を傾けてくれる人が必ずいますよ」

そう言って、彼は音もなく去っていった。

次の日から、化粧もナチュラルにし、露出の多い服も控え、嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しい。悩みを相談されたら、なんでも聞く。そして、自分の悩みを打ち明ける…そんな簡単ではなかったけど努力を続けた。


「なんだ…早く言ってくれたら良かったに。そんなに着飾らなくても、あなたは美しい!!」


友達は私の肩をポンポン叩いて、笑った。
私が無理している事は知っていた。だけどそれに自分で気が付かないと、何を言っても頭に入らないから、様子を見ていたと…目の前の1人も信じることが出来ず繕っていたのに、私の事を見守っててくれる人がいたことに気がついた…。

今まで感じていた周りの冷たい視線は溶けてなくなり、温かい微笑みに包まれて行った。

もしかしたら、最初からこの、微笑みはあったのかもしれない。見えてなかっただけで。誰か分からないあの青年にまた会えたらお礼を言おう。

私は鏡の中の自分に微笑みかけた。

「私、本当の意味で美しいものを見つけました」

3/18/2025, 7:17:04 AM

叶わぬ夢(創作)

弁護士になった友人。
医者になった友人。
イラストレーターになった友人。
絵本作家になった友人。


私の周りにはどうしてこうも、才がある人ばかりなのか。そしてそういう道に行ける環境が整っている人も多かった。

私と言ったらどうだろう。
両親は早くに病気で亡くなり、長女と言うだけで、弟のために必死になって生きてきた。やっと落ち着いたと思ったら、もう40才近い年齢になっていた。

ずっと、モヤモヤとしたものが胸の真ん中にあったけれど、環境のせいではないのは分かっている。

ふぅとため息を吐きながら、リビングに腰を下ろしてテレビをつけた。内容をしっかり見てる訳では無いが、テレビをつけてるだけで少し安心感がある。

テレビに出ている人達にしても、医者や弁護士だって、そこにたどり着くまでに、相当勉強しただろうし、いろんな人から酷評を受けてもめげずに、絵を描き続けて頑張ってきたに違いない。

~なりたい自分になろうよ~

こんなフレーズのCMが流れ、10代くらいの女の子がジャンプをして、キラキラな笑顔を振りまいていた。まるで私に問いかけているように…。


「ん?…でも私って何になりたいんだっけ?」

目標もなかった。これがやりたいと言うことも無かった。ただ、生きるために仕事をして来ただけだった。

今からでも
夢は追いかけられるものだろうか?

やりたいことが見つかるのだろうか?

考えても浮かばない…。
思わず、笑みがこぼれる。
まずは、何かやりたいことが見つかるように、やっぱり明日も生きるために仕事をしよう。

3/14/2025, 11:12:23 PM

君を探して(創作)

「僕に前世の記憶があると言ったら信じてくれる?」


身分の高い姫。その前が武士だったから、まあ、勇ましい姫だと言われ王様も頭を抱えていたくらいだ。金には困らない姫の人生は幸せではあったが、なにか満たされない…そんな気持ちが残った。次は農民…本当に大変だったがやりがいはあった。

そんな時に出会ったのが、幸子だ。色白で艶やかな黒髪がとても美しい人だった。

今思い返すとあの時の僕は、どうしても仕事のことが頭から離れず、デートをしてても天気のことは毎回話題にしていた。

台風が近づく日には不安で仕方なかったが、それを大きく包み込んでくれて大丈夫、大丈夫って手を握ってくれた優しい幸子。それなのに君の変化に、小指の先程も感じずに、僕は愛されていると思って笑ってたんだ。

それからしばらく会えなくなって理由がわからず、幸子に会いに行った。喪服の人達と何人かすれ違う…嫌な予感しかしなかった僕は、走り出した。

違っててくれ。僕の勘が外れていてくれ!その願いも虚しく、幸子の葬儀が始まっていた…。

今度生まれ変わったら、幸子を絶対見つけて幸せにするから…。


「そして今の僕。サラリーマンの僕」

「えっ、そんな事あるのね…ドラマでは見た事あるけど…びっくり」

「ね、僕もびっくり。ちゃんと前世の記憶もある」

「ん?ちょっと待って…」

彼女は、大きな目をさらに大きく見開いて僕を見つめてきた。

「私が幸…子さん?」

「君を探して見つけたんだ…って言ったらかっこいいかな」

「ちょっとぉ、どこまでが本気なの?」

彼女が僕の背中を優しく、押した。


今は口に出して言わないけど、本当に、君を探す為に、僕は生まれてきたんだ。

3/11/2025, 7:20:27 AM

願いが1つ叶うならば(創作)


何気に机の引き出しを開けると奥の方に少し色が変色した消しゴムが、私を待っているかのように転がっていた。

「…さはら…?」

あー…この時は、笹原君が好きだったんだ。6年生の時に転校してきて、足も早くて、典型的モテる男の子だったっけ。懐かしいなぁ。


好きな人の名前を消しゴムに書いて、誰にも知られずに全部使い切ると恋が叶うということでひたすら消していた。

そんな夢みたいな事が起きるわけが無いと思いながら、全力で消してたけど使いきれなくて途中でどうにかなっちゃってたのね。


あれから11年経ったけど、彼はどうしているのかしら。みんな、元気かな。

もう一度ひたむきに誰かのことを好きになって、ひたむきにバカバカしい占いを信じていたあの頃に戻ってみたい。

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