喜楽ここあ

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9/7/2025, 12:31:45 AM

「誰もいない教室(創作)」


誰もいない教室に、夕陽が射し込んいる。生徒を送り出した机の上には光と影が静かに揺れ、時だけが止まったようだった。

「やっぱり、ここにいると思った」

ドアを開けると、僕の席に座っている紗希が振り向いた。

「あ、拓海」

「鍵、閉められる前に出ないと、先生にまた怒られるぞ」

「最後くらい、いいじゃん。ここ、好きだったから」

「……俺も」

ぽつりと漏れた言葉に、少しだけ心がざわつく。今日、この教室に来ると知っていた。卒業式のあと、最後に紗希が“あの席”に座りに来ることも。

なぜかって?
——三年間、俺はずっとあの子を見てたからだ。

「思い出すね、いろいろ」


窓の外には、咲きかけの桜。その先にある校門。ここでの日々が、すべて昨日のことみたいに思い出される。

「バカみたいに笑って、喧嘩もしたし。テスト前に泣きそうになって、分からないところ教えてもらったの、今でも感謝してんだからね?」

「そのあと、俺が赤点だったけどな」

「そうそう、ほんとごめん!」

二人で笑い合う。いつもの距離。いつもの呼吸。…変わらない。ずっと。

でもさ紗希…変えたくて、変えられなかった時期があったんだよ。

去年の12月、紗希が風邪で寝込んで、心配で家までプリント届けた事があった。あの時さ、笑って「ありがと」って言われた瞬間、胸の奥がドクンって鳴ったんだよ。

そん時…《好きだ》って気づいた。

でも、その気持ちを言葉にすることが、すべてを壊してしまう気がして……
もし気まずくなったら。
もし距離ができたら。
毎日、隣で笑ってるこの時間がなくなるかもしれないって思ったら、怖くて
何度も伸ばした手を引っ込めてたんだ。

「拓海はさ、卒業しても変わんない気がする。なんかこう、ずっと“拓海”って感じ」

「……悪口か?」

「ちがうって。安心する、って意味」

そう言って笑う彼女に、言いかけた言葉がまた喉の奥に沈む。
卒業の日に言う勇気なんて、やっぱり俺にはなかった。

「なあ、紗希」

「ん?」

「…またさ、たまには会おうぜ。意味もなく」

「うん、会おう。意味なんていらないじゃん、私たち」

その言葉に、少しだけ胸が痛む。
“意味がない”からこそ、永く続いた関係。


“意味があった”ら、きっと壊れてた。

教室を出るとき、もう一度だけ振り返った。夕陽が差す教室の中に、三年間の記憶が浮かんで見えた。

——結局、俺は何も言えなかったけど。
それでも、好きだったことに嘘はない。

きっと、これからもずっと。

でも、それはもう、心の中だけにしておく。

6/21/2025, 3:58:58 AM

好き、嫌い(創作)

私の家の庭には、小さなりんごの木がある。祖父が植えたものだそうだ。毎日、毎日、その木に話しかけて大切に育てていたけど、今まで一度も実がなったことはない。

「おじいちゃん、この木に向かって何言ってたの?」

ある日、私は母に聞いた。

「今日あった出来事。そうねぇ、良いことも、悪いことも全部話してたよ。亡くなる前は、ちょっと愚痴っぽくなってたかなぁ…。なんでも“好きなもの”が見つからないと実をつけないんだって妙なこと言ってたわ」


妙な木かぁ…
何気にりんごの葉に触れてみた。
「本当に実がなるの?」
心の中で呟きながら、りんごの木に笑いかけた。


その夜。ベッドでごろごろしていると、どこからか“コロン”と、まるで何かがふわふわの土の上に落ちたような、やさしい音がした。

気になって外に出ると、月の光に照らされてた庭のりんごの木の下に、小さな赤い実が転がっていた。

「……え?実なの?!」

私はそっとりんごを拾って、服で軽く拭い、恐る恐るかじってみた。

シャリッ。


爽やかな甘さと酸味。目を閉じた瞬間に吸い込まれるような感覚になり、懐かしい暖かい世界の中に入り込んだ。


祖父の声。
庭で遊んだ夏の日の風。
一緒にスイカを食べた。
両親の笑顔に包まれて、幸せそうな私。

「……この実は…思い出? 好きなものって…私の中の思い出?」

ふと風が吹いて、葉っぱがふるふると揺れた。それはまるで「そうだよ」とうなずいているみたいだった。

次の日から、私は毎日りんごの木に話しかけた。

今日の学校のこと、好きな本のこと、体育の授業で逆上がりができたこと。

すると秋の終わりには、たくさんの実がなった。小さくて、ころんと丸い、赤いりんご。

「やっぱりこの木は、だれかの“好き”を聞くのが好きだったんだね」

「おじいちゃん、嫌いが多かったのかな?」

「いやー、そんなことはないと思いたい」

母もにこにこ笑って言った。


その夜、“コロン”という音がまた聞こえた。


今度は、いつもより少しだけ大きめの実だった。私はりんごをかじった。

ふぁーと風が吹いたかと思うと、また別の記憶のようなところに連れていかれた。


土の匂い。
木の皮のざらざら感。
懐かしい祖父の笑い声と、温かい声が聞こえてきた。

『大きくなって、まぁるい、まぁるいりんごを実らせておくれ。家族の喜ぶ顔がみたいなぁ。りんごの木よ、お前が大好きだ』

その瞬間、私は目を開いた。
きっとおじいちゃんの「好き」も、木に届いていたんだ。

私はにっこり微笑んだ。
この木とずっと、好きなことを分け合って生きていこう。嫌いな話も時にあるかもしれないけど…好きが溢れるそんな日々になればいいと思った。

◆◆◆

絵本
【おおきな木】を思い出しながら…

6/11/2025, 1:00:03 AM

美しい(創作)

私は人の目をとても気にする。
【意外に他人は人の事を見ていないよ、だから大丈夫】なんて言葉もかけてもらったけど、私にはその言葉は通じない。

とにかく綺麗に美しくなりたい一心で、美容系YouTubeも見まくり、カフェのバイトで稼いだお金は、流行りの服や化粧につぎ込んだ。

多分見た目は、そこら辺の人よりかはイケてると思うし、見た目の自信はある。なのに、聞こえてくる噂は

『外見ばかり気にして』
『自分のことばっかりだよね』
『可愛いけど、心がないんだよね』

その噂を耳にするたび、私はますます外見だけを整えた。心の声を隠し、いつも笑顔を貼りつけた。

ある日、バイト先に目の見えない青年がアイスコーヒーを注文した。

「…お待たせしました」
「ありがとう…」

私はそのまま立ち去ろうとしたけど気になって足を止めた。


「あの、、よろしければストローさしてもよろしいですか?ここに、コーヒーがあります」


彼の手をとり、アイスコーヒーの入ったグラスを触らせ位置を確認させた。


「ありがとう…あの…大きなお世話かもですが、あなたの行動はとても優しいけど、声に苦しみを感じられる…大丈夫ですか?」

その人は言った。人の声から、「心の響き」を感じてしまうんだと。


恥ずかしさと、驚きで戸惑った。

「今仕事中なので…すみません」

そんな言葉で逃げきれたかと思っていたけど、彼は私がバイトが終わるまでずっと居続けた。

「すみません、とても気になって…これじゃあ、ストーカーですよね…」

「あ…いえ…なんか…すみません」

「なんで謝るの?」

「あーいや…なんだか…」

しばらく沈黙した空気が流れたが耐えきれず私から口を開いた。


「人に嫌われるのが怖いんです。だから、必死に外側を綺麗に誤魔化して友達を作ってる。だけど、綺麗に着飾ることばかり考えてしまって、人の話なんてどうでもいいと言うか頭に入らない…だから気がついたら本当の友達がいない…だから綺麗にして…って悪循環に疲れてます」


それがこの人に、声だけで悩んでるってわかったって言うの?

彼は静かに微笑んだ。

「誰でも美しいものは好きだと思います。だけど、その人の心がわかって助けたい、側にいたいと思うものです。本当の自分を隠して、本当の友達なんてできないかと…自分を出せば耳を傾けてくれる人が必ずいますよ」

そう言って、彼は音もなく去っていった。

次の日から、化粧もナチュラルにし、露出の多い服も控え、嬉しい時は嬉しい。悲しい時は悲しい。悩みを相談されたら、なんでも聞く。そして、自分の悩みを打ち明ける…そんな簡単ではなかったけど努力を続けた。


「なんだ…早く言ってくれたら良かったに。そんなに着飾らなくても、あなたは美しい!!」


友達は私の肩をポンポン叩いて、笑った。
私が無理している事は知っていた。だけどそれに自分で気が付かないと、何を言っても頭に入らないから、様子を見ていたと…目の前の1人も信じることが出来ず繕っていたのに、私の事を見守っててくれる人がいたことに気がついた…。

今まで感じていた周りの冷たい視線は溶けてなくなり、温かい微笑みに包まれて行った。

もしかしたら、最初からこの、微笑みはあったのかもしれない。見えてなかっただけで。誰か分からないあの青年にまた会えたらお礼を言おう。

私は鏡の中の自分に微笑みかけた。

「私、本当の意味で美しいものを見つけました」

3/18/2025, 7:17:04 AM

叶わぬ夢(創作)

弁護士になった友人。
医者になった友人。
イラストレーターになった友人。
絵本作家になった友人。


私の周りにはどうしてこうも、才がある人ばかりなのか。そしてそういう道に行ける環境が整っている人も多かった。

私と言ったらどうだろう。
両親は早くに病気で亡くなり、長女と言うだけで、弟のために必死になって生きてきた。やっと落ち着いたと思ったら、もう40才近い年齢になっていた。

ずっと、モヤモヤとしたものが胸の真ん中にあったけれど、環境のせいではないのは分かっている。

ふぅとため息を吐きながら、リビングに腰を下ろしてテレビをつけた。内容をしっかり見てる訳では無いが、テレビをつけてるだけで少し安心感がある。

テレビに出ている人達にしても、医者や弁護士だって、そこにたどり着くまでに、相当勉強しただろうし、いろんな人から酷評を受けてもめげずに、絵を描き続けて頑張ってきたに違いない。

~なりたい自分になろうよ~

こんなフレーズのCMが流れ、10代くらいの女の子がジャンプをして、キラキラな笑顔を振りまいていた。まるで私に問いかけているように…。


「ん?…でも私って何になりたいんだっけ?」

目標もなかった。これがやりたいと言うことも無かった。ただ、生きるために仕事をして来ただけだった。

今からでも
夢は追いかけられるものだろうか?

やりたいことが見つかるのだろうか?

考えても浮かばない…。
思わず、笑みがこぼれる。
まずは、何かやりたいことが見つかるように、やっぱり明日も生きるために仕事をしよう。

3/14/2025, 11:12:23 PM

君を探して(創作)

「僕に前世の記憶があると言ったら信じてくれる?」


身分の高い姫。その前が武士だったから、まあ、勇ましい姫だと言われ王様も頭を抱えていたくらいだ。金には困らない姫の人生は幸せではあったが、なにか満たされない…そんな気持ちが残った。次は農民…本当に大変だったがやりがいはあった。

そんな時に出会ったのが、幸子だ。色白で艶やかな黒髪がとても美しい人だった。

今思い返すとあの時の僕は、どうしても仕事のことが頭から離れず、デートをしてても天気のことは毎回話題にしていた。

台風が近づく日には不安で仕方なかったが、それを大きく包み込んでくれて大丈夫、大丈夫って手を握ってくれた優しい幸子。それなのに君の変化に、小指の先程も感じずに、僕は愛されていると思って笑ってたんだ。

それからしばらく会えなくなって理由がわからず、幸子に会いに行った。喪服の人達と何人かすれ違う…嫌な予感しかしなかった僕は、走り出した。

違っててくれ。僕の勘が外れていてくれ!その願いも虚しく、幸子の葬儀が始まっていた…。

今度生まれ変わったら、幸子を絶対見つけて幸せにするから…。


「そして今の僕。サラリーマンの僕」

「えっ、そんな事あるのね…ドラマでは見た事あるけど…びっくり」

「ね、僕もびっくり。ちゃんと前世の記憶もある」

「ん?ちょっと待って…」

彼女は、大きな目をさらに大きく見開いて僕を見つめてきた。

「私が幸…子さん?」

「君を探して見つけたんだ…って言ったらかっこいいかな」

「ちょっとぉ、どこまでが本気なの?」

彼女が僕の背中を優しく、押した。


今は口に出して言わないけど、本当に、君を探す為に、僕は生まれてきたんだ。

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