好き、嫌い(創作)
私の家の庭には、小さなりんごの木がある。祖父が植えたものだそうだ。毎日、毎日、その木に話しかけて大切に育てていたけど、今まで一度も実がなったことはない。
「おじいちゃん、この木に向かって何言ってたの?」
ある日、私は母に聞いた。
「今日あった出来事。そうねぇ、良いことも、悪いことも全部話してたよ。亡くなる前は、ちょっと愚痴っぽくなってたかなぁ…。なんでも“好きなもの”が見つからないと実をつけないんだって妙なこと言ってたわ」
妙な木かぁ…
何気にりんごの葉に触れてみた。
「本当に実がなるの?」
心の中で呟きながら、りんごの木に笑いかけた。
その夜。ベッドでごろごろしていると、どこからか“コロン”と、まるで何かがふわふわの土の上に落ちたような、やさしい音がした。
気になって外に出ると、月の光に照らされてた庭のりんごの木の下に、小さな赤い実が転がっていた。
「……え?実なの?!」
私はそっとりんごを拾って、服で軽く拭い、恐る恐るかじってみた。
シャリッ。
爽やかな甘さと酸味。目を閉じた瞬間に吸い込まれるような感覚になり、懐かしい暖かい世界の中に入り込んだ。
祖父の声。
庭で遊んだ夏の日の風。
一緒にスイカを食べた。
両親の笑顔に包まれて、幸せそうな私。
「……この実は…思い出? 好きなものって…私の中の思い出?」
ふと風が吹いて、葉っぱがふるふると揺れた。それはまるで「そうだよ」とうなずいているみたいだった。
次の日から、私は毎日りんごの木に話しかけた。
今日の学校のこと、好きな本のこと、体育の授業で逆上がりができたこと。
すると秋の終わりには、たくさんの実がなった。小さくて、ころんと丸い、赤いりんご。
「やっぱりこの木は、だれかの“好き”を聞くのが好きだったんだね」
「おじいちゃん、嫌いが多かったのかな?」
「いやー、そんなことはないと思いたい」
母もにこにこ笑って言った。
その夜、“コロン”という音がまた聞こえた。
今度は、いつもより少しだけ大きめの実だった。私はりんごをかじった。
ふぁーと風が吹いたかと思うと、また別の記憶のようなところに連れていかれた。
土の匂い。
木の皮のざらざら感。
懐かしい祖父の笑い声と、温かい声が聞こえてきた。
『大きくなって、まぁるい、まぁるいりんごを実らせておくれ。家族の喜ぶ顔がみたいなぁ。りんごの木よ、お前が大好きだ』
その瞬間、私は目を開いた。
きっとおじいちゃんの「好き」も、木に届いていたんだ。
私はにっこり微笑んだ。
この木とずっと、好きなことを分け合って生きていこう。嫌いな話も時にあるかもしれないけど…好きが溢れるそんな日々になればいいと思った。
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絵本
【おおきな木】を思い出しながら…
6/21/2025, 3:58:58 AM