細言

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12/1/2025, 4:51:51 PM

『凍てつく星空』
手を伸ばしてしまうから、僕の手は赤くなってしまった。冷たい空に曝され、霜焼けで燃えそうな手を引っ込める。あなたはいつしか、何光年、何十光年先の星になってしまった。いくら手を伸ばしても、それは無意味で。冷たく、消えない傷を背負ってしまった。
ベランダから離れ、暖房の効いた部屋に戻る。指先が解凍されていくように、指先の氷が溶けて僕になっていくように。何もする気が起きなくてベッドに転がる。感覚が戻ってきた指でスマホをいじって、つまんなくなって目を瞑る。
君がいれば、もっと暖かかった。もっと近くて、それはもう、太陽のようで。近くにいると、爛れそうで、昇華して死んでしまいそうで、でも、それでも良くて。
ああ、こんなこと考えると、外は一層冷え込んでしまう。外に出たらきっと、君には会えなくなってしまう。冬が明けて、春になる。雪が溶けて、溶けかけた僕が君に会いにいく。自我にしがみつく僕を、どうか抱きしめて、愛して、溶かして欲しい。
もう、寒いのは嫌だから。

11/29/2025, 8:08:58 PM

『失われた響き』
喉がヒリヒリした。閑散とした街中で吠えるような大きな咳を何回かして、やっと治まった。マスクはしているものの、まわりの人はひどく迷惑だったに違いない。やはり今日は外出するべきではなかったようだ。
マスクを整えながら駅近のデパートに入る。外は寒いからと厚着をしていたが、デパート内は暖房が効いていて暑苦しいほどだった。上着を脱ぎ腕にかける。エレベーターに乗って5階で降りる。人は少なく、叫んだらよく響きそうだと思った。
携帯ショップへ行き店員に声をかける。
「すみません、故障した携帯を治したいのですが。」
そう言うと店員は笑顔を作って「ではこちらに掛けてお待ちください」と言って離れていった。
カバンから壊れた携帯を取り出して目の前の机の上に置く。乳白色の中に黒い線が走り回るように沈んでいる。なんという石なのだろうか。
数分して話しかけた人とは違う店員が裏から出てきた。メガネをかけたふくよかな男性だ。修理専門ということか。その男は「失礼します」と言って携帯を取ると「どこが壊れたんですか?」と無愛想に聞いてきた。せめて目は見ろよと思いながら「着信音とか、通知の振動が鳴らなくなってしまって。」と説明する。するとその店員は「それは買い替えですね。直そうとするとかなり高くつきますよ。」と答えた。信憑性は高くなかったが早く帰りたかったために新品を買うと答えた。
適当な新品の携帯を買って、携帯ショップを出た。故障した携帯は自分で捨てろと言われたから鞄に投げ入れた。まだ昼間の電車に乗り、最寄駅の静かな改札を通って帰路につく。突然電話が鳴り始める。それは壊れたはずの携帯から発せられていた。怖かった。あれほど壊したはずなのにまだ鳴ることが。近くを流れる川に走り、鞄から壊れたはずの携帯を取り出す。泣き喚く赤子のように着信音が鳴り続けている。誰からの着信かなんてどうでも良い。弱々しい握力で携帯を握り、思い切り川に投げ捨てる。違法投棄というやつだ。
携帯は弧を描き、カンっと堀の壁にぶつかってから入水した。やっと心に平穏が訪れたように感じた。
そうだ、風邪薬が切れているから買わないといけない。そう思って薬局に向かって歩いた。

11/25/2025, 5:37:41 PM

『落ち葉の道』
かしゃかしゃ、ぱりぱり。歩くたびにそんな音が響く。広漠とした並木道は、閑散としていて、静か。僕は君と歩幅を合わせながらゆっくり歩く。君は薄白く濁った息を優しく吐いて、口元をマフラーにしまうように俯いた。
君は何も喋ってくれなかった。ずっと足元を、何層にも重なった落ち葉を眺めては、踏み鳴らしていく。それは破滅的でありながら、神秘的だった。赤や黄、茶色、夕日のようなグラデーションなど、地面は秋そのものを描きだしていた。
君はそれを、踏み鳴らして、ぱりぱりっと、奏でていた。
時たま、君は立ち止まる。すると僕も呼応して立ち止まるものだから、世界からは音が居なくなって。君の呼吸、僕の呼吸、布の擦れる音とか、落ち葉の揺れる音とか。僕らの周りだけが、世界のすべてのような感覚になる。君の足音が消えただけで、僕の感じる世界は大きく変わってしまうのだ。君は言葉を発しない。だからこそ、足音がとても大きく聞こえる。君の心臓の鼓動も、吐息も、全部足音に掻き消されて。最早、君という存在は落ち葉を踏み鳴らす足音で構成させてるような。そんな気までしてしまったのだ。
僕は君と落ち葉の道を歩くのが好きなんだ。

11/23/2025, 4:28:27 PM

『手放した時間』
僕は小説を読んでいた。休み時間、次の授業の準備を終えた後の、大体7分程度。
いつからだったろうか、友人とめっきり話さなくなった。孤独だったからだ。どれだけ話しても、親密さに欠けていて、話せば話すだけ孤独を感じた。だから距離を置いた。何もしないと、それはそれで辛かった。側から見ても孤独な人間にはなりたくない。だから小説を読んだ。
以前までは、まぁそれなりに仲も良かった。どこかでこいつとは合わないなと感じながらも、楽しんでいた。それがだんだんと募って、ぷつりと切れてしまった。話の輪に入ろうとしても誰も僕を見てくれない。僕から話を振っても軽く流される。あいつと話してる時は楽しそうなくせに。僕はこの感情を知っている。嫉妬だ。心底嫌いな奴に嫉妬している。無様だ。僕は無様な人間なのだ。死にたかった。
始令が鳴り響き、先生が教室に入ってくる。友人はコソコソと話しながら前を向く。僕は本を閉じる。共同体のようで、隔絶された世界のようだった。
以前までは、一緒に下校していた。まぁ今もしているが。ここ半月ほど、僕は下校時に口を開かなくなっていた。話しかけられないから。話しても取り合ってくれないから。友人と話すこと自体が億劫になっていた。
そんな日が続いて、学校に行きたく無くて、遅刻が増えていた。一限に間に合うくらいの中途半端な遅刻ばかりを積み重ねた。
ある日、他の友人が面接練習とかで、友人と2人きりで帰路に立った。
「お前最近おかしいよ。本読んでばっかりで話しかけづらいし。」
友人が言った。僕は、お前のせいだ。と心では吐き捨てた。
「誰も話してくれなくて、孤独だから本を読んでる」
暗い、地下鉄。駅のホームに反響するどこかを走る電車の揺れ。僕はこんなことを言うつもりはなかった。こいつだけには、弱みを見せたくなかった。嫌いだ。こいつは合わない。過去何度も思い知らされてきた。
それなのに、僕は吐いてしまった。弱みを、孤独を。
「お前メンヘラかよ。」
友人は軽くそう言った。酷い奴だ。僕が生々しく疼く傷口を見せてやったと言うのに、その言い種。でも、それ以上に、少し救われている自分に吐き気がした。

11/22/2025, 7:18:57 PM

『紅の記憶』
赤い。目の前が、真っ赤になってしまった。明暗も濃淡もなく、ただひたすらに赤い。赤がこの世界を作っているような。見えている世界、ではなく、脳が、こころが真っ赤に染まってしまったような。そんな感覚だ。見えるものは赤いばかりなのに、他の感覚は鋭く鮮明だ。誰かの笑い声、肺を潰す圧迫感、誰かの笑い声、布が肌に擦れて熱になる、誰かの笑い声、狭く細い呼吸音、笑い声。

赤い感情、それは色々ある。その中でも僕は、殺意だと思う。初めて明確に殺意を感じたあの時、色をつけるとしたら、それは赤いだろう。
僕はずっと、嫌なことでも「殺したい」よりも「しにたい」が先に来る自責人間だった。何でも僕が悪い、ぼくが死ねば、と思っていた。そんな僕でも誰かに明確に殺意を持ったことがある。今思い返せば、それは拠り所が敵に転化した瞬間だ。僕は苦しいのに、笑っているなんて。友達だと思っていたのに、笑っているなんて。僕はその場にいる笑った奴ら全員に殺意を覚えた。きっと、その手に包丁があれば僕は殺人犯になっていただろう。いや、包丁じゃなくても、一撃で命を奪えるものが側にあれば、僕は死神と呼ばれる第一歩を歩んでいたかもしれない。
赤い記憶。それは殺意だ。血の色を連想するかもしれないが、この赤は、血というよりも絶望だ。

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