「……おれ、実は、お前のこと、そういう意味で好き、なんだ」
「え、そういう、って」
やけに熱っぽい視線を向けてきて、ああやっぱりそうなのかと、正直ショックしかなかった。
あたしはずっと、大事な友達のひとりだと思ってきた。幼なじみでもあるから、より特別だと、あくまで友達の意識で……。
「ま、待てって!」
必死に足を動かしたけれど、やっぱり運動得意な彼にはかなわない。袋小路に辿り着いてしまったのもミスだった。
友達のつもりだった彼は明らかに「納得いかない」という色を滲ませていた。あたしだって同じ気持ちだ。
「てっきり、お前も同じ気持ちなんだって、思ってたよ」
「それは、あたしも同じだよ?」
「だ、だって! あんなに仲良くしてたら」
「あたしには、大事な友達だったから。小さい頃から一緒で、気も合って、そんな人、同性でもなかなかいなかったから」
どうしよう、泣きそう。泣きたくないのに、そういう気分じゃ絶対ないのに、変に気持ちが高ぶってしまっているせいだ。
彼はますます浮かべていた感情を強めたようだった。眉間の皺の数を増やして、わたしを見つめる。
「男と女で友達のままでいるなんて無理だよ。彼女がいる友達だって、最初はただ仲がいいってだけだったけど、付き合うようになったって」
「それは……それは、その人たちはそうだったってだけじゃん」
本当にありえないの?
たまに見るテレビのバラエティじゃ、恋人同士じゃない異性の友達をいっぱい見る。芸能界っていう環境だから?
……そんなことないはずなんだ。だって実際に、わたしは彼に恋愛感情は全然ない。恋人みたいなことをしたいと思ったことはない。
「……とにかく、わたし、あんたのこと特別な友達としてしか見れない。ごめん」
なるべく視線をそらさないようにして、改めて返事をする。
彼から返答はなかった。ゆっくり隣を通り過ぎるときも、なにもなかった。
「諦めないからな!」
やがてかけられた言葉は、わたしが望んでいる関係にはもう戻れないという宣言をされたも同然だった。
お題:友情
「いつまでも一緒に、手を取り合って進んでいけたらいいね」
そんな物語みたいにうまくいくかしらと、その言葉を言われたときのわたしは信じきれていなかった。
人の気持ちなんてわからない。数年、いや、一ヶ月先でもころっと変わっていてもおかしくないから。
「そうね。あんまり期待しないで未来を楽しみにしてるわ」
勘違いしないでほしい。わたしはこの人を本当に好きだし、尊敬してる。だからこそ未来にこわくなって、弱気な答えを返してしまった。
絶対この人には見抜かれているでしょうね。
「大丈夫。こわいことなんかなにもないよ。ぼくが意外と頼りになるのは知ってるでしょ?」
握られた両手には少し冷たい温度が伝わってきたけれど、いつものこの人だと安心する。本当に心が大きくて、わたしの「本当」をすぐに見つけてくれる、わたしにはもったいない人。
「うん。でもわたしのことよくわかってるなら、それだけじゃ信じきれてないってわかってるでしょ?」
「ありゃ、やっぱり? ぼくもまだまだだな」
「だから、絶対離れないでいてよ?」
「それなら任せておいて」
眉尻を下げて笑いながら、わたしの唇に軽く触れた。
お題:手を取り合って
ショッピングモールの目立つ場所に飾られた笹を見て、ため息をこぼしながら歩み寄る。
――かわいそう。二人だって年に一度しか逢えない運命なのに、こんなにたくさんの願い事を背負わないといけないなんて。
もちろん彼らが届けないといけない、と決まっているわけでもないだろうし、言い伝えを聞いたこともない。
それでも、人はなんて自分勝手だろうと思う。
そんなことを考えつつも、長机に用意されているペンと短冊に向かう。
『あいつと別れて、彼がまた戻ってきますように』
何度書いたかわからない切望。
彼を傷つけたくないがゆえに堂々とした行為に出られないあたしの、精一杯。
結婚して、子どもも産まれているとわかっていても願わずにはいられない。
「年に一度逢える奇跡を起こせるんだもの。いつかあたしにも、起こるわよね」
少なくともあんたより、あたしのほうがどんなに離れていても逢いたくてたまらない、唯一の人なんだから。結婚してるから、子どもがいるから、なんて優劣の証にはならない。
いつか、あたしの気持ちがわかってくれることを、心から、本当に心から、願っているわ。
お題:七夕
庭先で、見慣れない花が一輪咲いていた。
少なくとも先週にはなかった。このところ記憶が曖昧だから断言はできないけれど。
そもそも、あんなふうに「種を植えてました」みたいな咲き方をする花なんて今まであっただろうか。
……いや、その辺はどうでもいい。
「……あいつが好きだった色にそっくりだ」
ふらふらと歩み寄り、しゃがんで花びらに触れる。彼女は「可愛いだけじゃなくて大人も気楽に歩み寄れるこの絶妙な色合いが好き」と、毎日持ち歩くスマホのカバーを、オーダーメイドまでしてこのピンク色にしていた。
俺にはよくわからないままだった、少しくすんだピンク色。
いわゆる道端でもたくましく咲くような類いのものなのか、公園などで管理されている花壇にあるものなのか、花に詳しくない俺にはよくわからない。ただ、見たことはない。
「たくましく、は見えないな」
地面に這うように広がっている二枚の葉の中心から、たったの一本茎が伸びている。少しでも強い風が吹きそうなものならぽっきり折れてしまいそうなほどに細く、長い。
彼女も、そうだった。
見た目や言動からは信じられないほど、他人や自身の感情の変化に敏感で、振り回されやすかった。
室内に戻って、スマホの画面をつける。
――守ってやりたい。散らせたくない。失うのはもういやだ。
あれから、鉢植えに移った花は不思議と枯れることなく、思い出の色を保ち続けている。
もちろん物語のような奇跡が起きていると信じてはいない。たまたま開花の期間が長いだけだと思ってもいる。
「ちゃんと世話しないとお前、すぐダメになっちまいそうだもんな」
撫でるように触れた花びらからは、出会ったときのような瑞々しさを感じた。
お題:繊細な花
黒い噂の絶えなかった館の主をようやく裁けたその日、地下牢に捕らえられていた者のうち、ひとりの男がなかなかその場から動こうとしなかった。
「……そこの。お前はもう助かったんだぞ。いつまでそこにいるつもりだ」
最初は動けないほど衰弱しているのかと思ったが、他の被害者とあまり変わらない姿形をしているし、最初に会話をしたときも普通に会話できる状態だった。
いや、もしかしたら張りつめていた精神が急に緩んで、急激に悪化してしまったのかもしれない。その場に片膝をついて目線を合わせ、手を差し伸べる。
「……ここを出ても、また同じ目に遭うだけだ」
光の満足に届かないここは、余計に周りが薄汚れて見える。そんな壁に背中を預けたままの男は、感情の薄い声でつぶやいた。長い前髪に隠れて表情がわからない。
「お前のように、かわいそうな目に遭ってた俺を助けたやつがいた。そいつは俺が気を許した途端、金のためと俺を売った」
最初から金が目当てだったのか、心変わりしてしまったのか、悲しい話だが、今回の事件の首謀者のような人間がはびこる世界では、よくある話ではある。
「そこでこき使われていた俺を、またお前のようなやつが助けた。もちろん俺だって馬鹿じゃない、信用なんてしなかったし、回復したらすぐ出て行くつもりでいた。でもそいつは、巧みだった。人たらしとでも言えばいいのかね」
そして、男はまた同じ運命を辿る。それ以降も、こうして出会うまで、何度も。
「もう俺は未来が全然見えねえんだ。ここを出たってまともな生活を送ってる俺なんて想像できない。だったらここで野垂れ死んだほうがましだ」
声が震えている。ようやく、男の心に少し触れられた気がした。
男の正面に回り込み、まっすぐに見下ろす。前髪の隙間から、虚ろな男の瞳が見え隠れする。
「だったらその命、私に預けてみないか」
わずかに男が身体を揺らしたように見えた。
「ちょうど、メイドのような者が家にほしいと思っていたところだったんだ。私はてんで家事が苦手でな」
「……本職のやつを雇えばいい」
「目の前に職を失った者がいるのに?」
無茶苦茶な屁理屈なのはわかっている。
だが、この絶望に染まった男をなんとしても助けたかった。命を無駄に失ってほしくなかった。
「そんな綺麗事、どうせ今だけだ。お前もいずれ、俺を無残に扱う。金のために売る。性の捌け口にする」
「……わかった。なら、お前を裏切った瞬間に、すぐ私を殺してほしい」
はじめて、はっきりと私を捉えた。
「これを預けておこう」
腰から護身用の短刀をベルトごと外し、男の膝に乗せた。男の視線がゆっくりと、それに移る。
「肌身離さず持ち歩くといい。裏切った判断はお前に任せる」
もう一度視線を向けた男は、乾いた笑い声をこぼした。
「……馬鹿すぎないか。お前、そこそこの地位にいるやつだろ。さっき、隊長とか言われてるの、聞こえたぞ。そんなやつを俺が殺したら、痛い目に遭うのは目に見えてるぞ」
「そこは適当に言い訳を考えておいてくれ。俺に殺されそうになったとか盗人に襲われたとか」
「お偉いさんが呆れるな」
しばらくして、男が両手をゆるゆると持ち上げ、短刀に触れた。
剥き出しにした刃の先を、こちらの喉の方に向ける。
「殺してほしい、なんだな」
「なに?」
「殺してもらってかまわない、みたいな言い方じゃなくてさ」
「……ああ。己で立てた誓いを裏切る結果になるわけだからな」
「真面目すぎ。でもそういうやつほど豹変しやすい」
「もちろん信じろと軽く口にするつもりはないさ」
男は深く息を吐き出すと、頭を軽く振った。
あらわになった相貌はなるほど、中性的な美貌をしていた。薄汚れていてもそうとわかるのだから、相当だろう。
「わかった。お前が大人しくしている間は、従順なメイドになってやるよ」
「それでいい」
改めて差し出した手を、男は空いた手で取った。
お題:未来