庭先で、見慣れない花が一輪咲いていた。
少なくとも先週にはなかった。このところ記憶が曖昧だから断言はできないけれど。
そもそも、あんなふうに「種を植えてました」みたいな咲き方をする花なんて今まであっただろうか。
……いや、その辺はどうでもいい。
「……あいつが好きだった色にそっくりだ」
ふらふらと歩み寄り、しゃがんで花びらに触れる。彼女は「可愛いだけじゃなくて大人も気楽に歩み寄れるこの絶妙な色合いが好き」と、毎日持ち歩くスマホのカバーを、オーダーメイドまでしてこのピンク色にしていた。
俺にはよくわからないままだった、少しくすんだピンク色。
いわゆる道端でもたくましく咲くような類いのものなのか、公園などで管理されている花壇にあるものなのか、花に詳しくない俺にはよくわからない。ただ、見たことはない。
「たくましく、は見えないな」
地面に這うように広がっている二枚の葉の中心から、たったの一本茎が伸びている。少しでも強い風が吹きそうなものならぽっきり折れてしまいそうなほどに細く、長い。
彼女も、そうだった。
見た目や言動からは信じられないほど、他人や自身の感情の変化に敏感で、振り回されやすかった。
室内に戻って、スマホの画面をつける。
――守ってやりたい。散らせたくない。失うのはもういやだ。
あれから、鉢植えに移った花は不思議と枯れることなく、思い出の色を保ち続けている。
もちろん物語のような奇跡が起きていると信じてはいない。たまたま開花の期間が長いだけだと思ってもいる。
「ちゃんと世話しないとお前、すぐダメになっちまいそうだもんな」
撫でるように触れた花びらからは、出会ったときのような瑞々しさを感じた。
お題:繊細な花
6/26/2023, 8:05:00 AM