Ayumu

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4/23/2023, 1:03:47 AM

 俺が好きな人は、決して望む場所まで招き入れてくれない。

「あの、俺、もう少し一緒にいたいです」
「だめよ。ご両親が心配するでしょう?」
「今日はいないんです。明後日まで帰ってきません」
「うん、それでもだめ。あなたは未成年なんだから」

 通っている塾の講師だ。初めて見たときから好きだった。彼女に褒められたくて、少しでも印象をよくしたくて、勉強もテストも頑張っているようなものだ。
 もうすぐ、目標の大学入試がやってくる。つまり、塾に通う理由がなくなる。
 彼女に会えなくなってしまう。

「……べつに、先生は、学校の先生じゃないじゃん」

 ジュースの入ったままのグラスを握りしめながらこぼれた台詞は、しっかり彼女の耳に入ったらしい。眉間にはっきりと皺が刻まれる。

「関係ありません」
「未成年だから? だったらなんで俺とこうして会ってくれるの」
「君がわからないところがあると言うからよ」
「何回もやってたら、それが口実だって先生ならわかるでしょ?」

 彼女の口が閉ざされた。違う、こんな言い合いみたいなのをしたいわけじゃない。けれど勢いが止まらない。

「先生ずるいよ。俺の気持ち知ってるくせに、誘ったら乗ってくれるんだもん。期待するなって言う方が無理じゃん」

 頑張って声を抑えているこの努力を褒めて欲しい。俺だって下手な騒ぎにするのは本意じゃない。

「……そうね。それは、私が悪いわね」

 本当にそう思っている口振りと表情だった。ずるい、そんなふうにされたら下手な反論ができない。

「私、付き合ってる人がいるの」

 思わず立ち上がってしまった。なんとか今いる場所を思い出して、すぐに腰を下ろす。

「だから、悪いのは先生。君は優秀な生徒だし、気に入っていたのはうそじゃないから、本当に申し訳ないことをしたわ」

 うそだ。今までそんなそぶり、一度も見せなかった。諦めさせようとして、下手な芝居を打っているだけだ。
 でも、仮に本当だとしても――

「俺、諦めないよ」

 テーブルの上にあった彼女の手を取る。一瞬震えはしたものの、振り払われはしなかった。場所のせいかもしれない。

「先生には悪いけど、未成年なんて関係ない。先生が誰かのものになるのを待ってるつもりなんてない」

 たとえルールに反していたとしても、目的が永遠にかなわないとわかってしまったら、「いい子」のレッテルなんていらない。

「全力であなたを奪いにいくから、覚悟しててね」


お題:たとえ間違いだったとしても

4/18/2023, 6:34:22 AM

※ほんのりBL要素がありますので、苦手な方はご注意ください。


 覚悟を決めていつもの桜の木を訪れる。
 遠目からでも薄桃色の花たちはすっかり跡形もなくなり、代わりに葉が若々しい緑色をまとっているのがわかる。
 だが、恐れていた光景はなかった。

「こんにちは。私の言った通り、消えなかったでしょう?」
「あれ、君……いつもの、君?」
「はい。ただ、歳を少し遡っておりますが」

 つまり若返ったということらしい。


 最愛の恋人を、春を迎えたと同時に失った。
 胸に深く暗い穴をつくったまま、俺はいつも恋人と訪れていた一本の桜の木に、縋るように毎日足を運んだ。
 人目を避けるようにひっそりと、けれど確かな存在感で生えているこの木を、俺たちは毎年見守っていた。
 その想いがきっかけだと、「彼」は言った。
 桜の木の精だと名乗り、突然目の前に現れた「彼」。

『このようにお会いするつもりはありませんでした。ですが、心配で。あなたまで、そのお命を失ってしまいそうで、黙って見ていられなくなりました』

 夢としか思えなかったが、このときはそれでもかまわないと、彼の存在をとりあえず受け入れた。
 そうでもしないと――恋人がいないという現実に、耐えられなかったから。
 今は、違う。
 彼の包み込むような優しさと雰囲気に、空いたままの穴が少しずつ小さくなっていくのを、確かに感じていた。
 だから、怖かった。
 桜が散ってしまったら、彼の姿は消えてしまうのではないかと。
 二度と、会えなくなってしまうのではないかと。


「先日も申しました通り、私たちは新緑の時季を迎えるとこのように若い姿となります」
「じゃあ、あの薄ピンクで長い髪の状態は二週間くらいしか続かないんだ?」

 彼はひとつ頷く。耳のあたりまで短くなった、絹を思わせるような白髪がさらりと頬を滑る。

「そうか、って納得するしかできないけど」

 俺と同じ人間ではないから、疑う余地も当然ない。面白いなと感じるほどには余裕はできた。

「姿は見えなくとも、毎年あなた方にお会いしていましたから消えることはありませんよ」

 少し笑って彼は告げる。そうだとしてもやっぱり、この目で確認するまでは心配で仕方なかったのだ。

「……でも、完全に枯れたら、会えなくなるよね?」

 木に触れながら、気になっていた疑問を口にする。
 この桜の木は彼そのもの。
 今はまだ、大丈夫だと信じられる。太陽の光を存分に浴びている葉はどれも生き生きとして、生命力に満ちているのが素人目でもわかる。
 それでも、いつまで無事かはわからない。
 ――突然この世を去った、恋人のように。

「ご心配なく。あなたがこうして足を運んでくださる限り、私は生き続けておりますとも」

 隣に立った彼は、優しく頭を撫でてくれた。まるで子どもにするような手つきなのに、反抗する気になれない。

「私に会えなくなると、そんなに寂しいですか?」
「そ、それは……まあ」
「そうですか。……ありがとうございます。私もあなたに会えなくなるのは、たまらなく苦しく、悲痛で、耐えられないでしょう」

 ほとんど変わらない位置にある茶と緑のオッドアイが、長い睫毛の裏に隠れた。
 どくりと、覚えのある高鳴りが身体を震わせる。
 いや、これは彼があまりにも美しすぎるゆえだ。人ならざる者の優美さにまだ慣れていないせいだ。

「俺も、大丈夫だよ。簡単に死んだりしたら、あの世であいつに怒られそうだし。今はそう思うよ」

 視線を持ち上げた彼は、心から嬉しそうに微笑んだ。
 喉の奥が、変に苦しい。


お題:桜散る

4/15/2023, 5:30:40 AM

 実家のあった場所から田んぼの並ぶ道を通り、山のある方向へ向かう。
 登山道入口から少し進み、右側に外れて数分歩くと――あった。

「神様、お久しぶりです」

 まるで時が止まっているような錯覚を覚えたが、すぐ現実に戻る。
 子どもの頃何度も訪れた小さく古い社は、最後に訪れたときよりももっと荒れていた。胸元がぎゅっと掴まれたような心地になって、心を込めて掃除をした。
 悲しんでも仕方がない。だって……特別な力のない私には、なにもできないから。
 できることは、今までのお礼を、心を込めて告げるだけ。
 できる限りきれいにしたところで、改めて社の前に膝をつく。

「私、幸せを見つけました」

 私は幼い頃に両親を亡くした。母方の両親に引き取られた先が、この村だった。
 祖父母はとても優しかったが、よそ者扱いをされていたせいで学校にはうまく馴染めず、両親がいない寂しさをなかなか昇華できなかった。
 そのたびに、偶然見つけたこの社に逃げ込んだ。

『こういう場所にもね、神様はいらっしゃるんだよ。私たち人間を見守ってくれているんだよ』

 最初はただいるだけだったけれど、祖父母と出かけたときに同じような社を見つけてそう教えてもらってからは、次第に話しかけるようになっていた。
 その日あったこと、嬉しかったこと、ただの愚痴……何でも話した。

 人ならざるものが見えていたわけではない。
 明らかに「何か」を感じ取っていたわけでもない。
 それでも、誰に話してもきっと信じてもらえないと思うけれど、まるで母親に抱きしめられているような、心地いいあたたかさがいつもあった。
 胸中にできた深い傷が少しずつでも、確実に癒やされていた。
 やがて高校を卒業した私は、大学生になるのを機に村の外へ出た。

『なるべく顔を出すようにしますね。そのたびに立派になったって思ってくださるよう、頑張ります』

 それでも大学を卒業し、祖父母が亡くなると、訪れることも難しくなってきた。社を忘れない日は一日たりとてなかったけれど、約束をしたのは私だ。ただ、心苦しかった。

『それなら、今まで見守ってくれてありがとうございましたっていう気持ちを、伝えにいけばいいんじゃないかな?』

 そう助言をしてくれたのは、夫になる予定の彼氏だった。
 ――謝るより、今までの感謝を。神様に心配をかけないよう、一人前に生きていくと頑張る決意を。
 その想いを胸に、社へ来た。

「ここで情けない姿ばかりを見せてきた私を、好きになってくれる人と出会えました。神様みたいに私をいつも優しく見守ってくれる、私にはもったいない人です」

 震えそうになる声を必死に堪える。

「今まで私が頑張ってこれたのは、神様がいてくださったおかげです。頼りない私を、辛抱強く見守ってくださっていました。本当にありがとうございます」

 ああ、頬が冷たい。笑顔を作りたいのに、なかなかできない。

「実は、もうこちらへは窺えなくなりそうなんです。夫と一緒に、海外へ行くことになって。なので……お別れを、言いに来ました」

 社が歪んでいる。もし神様に実体があったら、しっかりしろと頭を叩かれていそうだ。

「社のことは一生忘れません。本当に……本当に、今までありがとうございました」

 両手を合わせて、深く頭を下げる。この想いを少しでも、神様に届けたい。
 そのとき、明らかに強い風が身体を通り抜けた。

 ――これからも息災でな。もう、泣いてばかりいるでないぞ。

 慌てて顔を上げても、社があるだけ。
 幻聴じゃない。神様はやっぱり、いてくれたんだ。

「……はい。神様」

 目元を拭って、ようやく笑顔を向けられた。


お題:神様へ

4/14/2023, 3:45:30 AM

「うそ、晴れた……」

 目蓋の裏から眩しさを感じてゆっくり身体を起こした。
 思わず洩れた呟きとともに、窓を開ける。
 曇りか小雨が降るかも、との天気予報は完全に外れたらしい。ヴェールのような雲がところどころの青空に敷かれているものの、気持ちのいい天気だった。キャミソールを身につけただけの格好でも寒くない。

「ねえ、起きて。晴れたよ、出掛けよう?」

 隣で布団にくるまっている彼はわずかに唸り声をあげただけで、ぴくりとも動かない。こっちだって疲れているのに、などとつい考えてしまう。

「んー……はれ……?」

 諦めず揺さぶっていると、絶対理解していない返事が来た。

「そう、晴れ。すごくいい天気だから出掛けようよ。昨日は家でごろごろしようって言ったけど、ほんとは出掛けたかったんだもん」

 先週も先々週も天気のせいで引きこもらざるを得なかった。室内も悪くはないけれど、ずっとは飽きる。
 買い物もいいし、春の花たちを堪能もしたい。昨日会社帰りに見た桜はそこそこ咲いていたし、まだ間に合うはず。

「っちょ、んっ!?」

 いきなり寝ぼけているとは思えないほどの力で引っ張られ、唇を塞がれた。図らずも彼の剥き出しの胸元にダイブするような格好になってしまう。

「な、なによいきなり」
「寝てるが吉だ」

 寝起きのガラガラ声で、外出拒否の言葉をかけられる。

「ええー! 出掛けたいよ~」
「明日だ明日。明日も晴れだったろ」
「そうだけど、二日連続でもいいじゃない」
「お前が今すごく色っぽいから誰にも見せたくない」

 さらっとなにを言うのかこの寝惚け男は。素直に出かけたくないと言えばいいのに。

「今バカなこと言ってんなって思っただろ」

 背中を緩く撫でながら、睨むように見つめてくる。微妙にくすぐったい。

「そうに決まってるでしょ」
「いいや、色っぽいさ」

 首元を軽く舐められた。

「お前、ハイネックの服、今ないって言ってたよな?」
「え? うん。結構寒い日が続いたでしょ? 洗濯しないとないのよね」
「ストールだっけ? 巻くやつもないんだったよな」
「う、うん。うっとうしいから……ってなんなの?」
「つまり、首を隠すものがないってわけだ」

 謎かけのような物言いに数秒頭を悩ませ、短い悲鳴が漏れた。

「ちょ、ちょっと! まさか首に!」
「ご名答」

 着るものが限られるからあまりしてほしくないのに、油断してた!

「い、今から洗濯しなきゃ!」

 文句を言いたいところだが防御用の服の確保が先だ。慌てて起き上がると「ぐえっ」という醜い悲鳴が聞こえてちょっとすっきりした。

「明日は私の行きたいとこに付き合ってもらうからね! 罰よ!」
「へいへい」

「所有の証」を残してもらうこと自体は嫌いじゃないのだが、このぶんだとまだまだ黙っていた方がよさそうだ。


お題:快晴

4/11/2023, 7:15:14 AM

「すごい、桜がいっぱい咲いてる! ほんとにこんなに咲くんだね!」

 囲むように咲き誇っている桜たちの下で、満面の笑顔を浮かべた彼女がダンスを踊るようにくるくる回っている。癖のある長髪がふわりふわりと揺れて、まるでヴェールのようだ。

「病室から見ていたのとは違うだろ?」
「うん。生で見るともっときれいで可愛い! ダメなのはわかってるけど、一枝持ち帰って飾りたくなっちゃうね」

 動きを止めた彼女は、桜に向かって思いきり両腕を伸ばす。花びらのシャワーを浴びるさまは無邪気で可愛いのにどこか儚く、少し不安にさせる。
 きっと、長い年月を病院で過ごしていた背景があるからだろう。治るかわからない病とずっと戦い続けて、奇跡的に回復への道が見つかった。
 まだ完治したわけじゃないし、定期的に病院へ通わないといけない。いつ再入院となるかもわからない。
 それでもこうして、不自由なく外を歩けるまでになれたのはとても大きいこと。

「ねえ、他にもこうやっていっぱい咲いてるところ、あるの?」
「そうだな……次の休みの日まで満開のままかどうかはわからないけど、あるなら行ってみる?」

 すると、彼女はわずかに目を見開いたあと、一番近い桜の木に歩み寄り、触れた。後を追って顔を覗き込むと悲痛な色が見え隠れしている。

「そうだよね。今はこんなに元気よく咲いていても、数日したら全部散ってしまうのよね」

 もしかしたら自分と重ねているのかもしれない。
 今は元気でも、一ヶ月後、いや一週間後には体調を崩してしまったら。これはつかの間の夢で、結局は白いベッドの上から逃れられない運命だったとしたら。

「次の休みもまた行こう。来年も、再来年も、また行こう。いろんな場所を見に行こう」

 木に触れていた彼女の白い手を取って誓う。
 お互い明るい方向を向いていられるよう、少なくとも自分は進む道を照らし続けていられる存在でありたい。

「うん。楽しみにしてるね」

 ようやく満開になったこの花を、無残に枯らせやしない。


お題:春爛漫

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