俺が好きな人は、決して望む場所まで招き入れてくれない。
「あの、俺、もう少し一緒にいたいです」
「だめよ。ご両親が心配するでしょう?」
「今日はいないんです。明後日まで帰ってきません」
「うん、それでもだめ。あなたは未成年なんだから」
通っている塾の講師だ。初めて見たときから好きだった。彼女に褒められたくて、少しでも印象をよくしたくて、勉強もテストも頑張っているようなものだ。
もうすぐ、目標の大学入試がやってくる。つまり、塾に通う理由がなくなる。
彼女に会えなくなってしまう。
「……べつに、先生は、学校の先生じゃないじゃん」
ジュースの入ったままのグラスを握りしめながらこぼれた台詞は、しっかり彼女の耳に入ったらしい。眉間にはっきりと皺が刻まれる。
「関係ありません」
「未成年だから? だったらなんで俺とこうして会ってくれるの」
「君がわからないところがあると言うからよ」
「何回もやってたら、それが口実だって先生ならわかるでしょ?」
彼女の口が閉ざされた。違う、こんな言い合いみたいなのをしたいわけじゃない。けれど勢いが止まらない。
「先生ずるいよ。俺の気持ち知ってるくせに、誘ったら乗ってくれるんだもん。期待するなって言う方が無理じゃん」
頑張って声を抑えているこの努力を褒めて欲しい。俺だって下手な騒ぎにするのは本意じゃない。
「……そうね。それは、私が悪いわね」
本当にそう思っている口振りと表情だった。ずるい、そんなふうにされたら下手な反論ができない。
「私、付き合ってる人がいるの」
思わず立ち上がってしまった。なんとか今いる場所を思い出して、すぐに腰を下ろす。
「だから、悪いのは先生。君は優秀な生徒だし、気に入っていたのはうそじゃないから、本当に申し訳ないことをしたわ」
うそだ。今までそんなそぶり、一度も見せなかった。諦めさせようとして、下手な芝居を打っているだけだ。
でも、仮に本当だとしても――
「俺、諦めないよ」
テーブルの上にあった彼女の手を取る。一瞬震えはしたものの、振り払われはしなかった。場所のせいかもしれない。
「先生には悪いけど、未成年なんて関係ない。先生が誰かのものになるのを待ってるつもりなんてない」
たとえルールに反していたとしても、目的が永遠にかなわないとわかってしまったら、「いい子」のレッテルなんていらない。
「全力であなたを奪いにいくから、覚悟しててね」
お題:たとえ間違いだったとしても
4/23/2023, 1:03:47 AM