「先生、どうですか? 探し物、見つかりました?」
振り返った先生は、困ったように眉尻を提げていた。
先生が学生の頃に「大人になったら見つけに来る」と決めて埋めたというタイムカプセルを探す旅に、半ば強引についていった。ここで思い当たる場所は最後らしいが、どうもまたハズレだったらしい。
本当は他にもあるんじゃないか、だからまだ行こう、どこまでもついていくから——
……ただのわがまま。学校が終わってから日が落ちるまでの短い短い二人旅が終わらないでほしいだけ。
「先生?」
先生はまだ同じ表情のままで、視線をふらふらと彷徨わせていた。これは隠し事にしておけなくなったときの癖だ。
「あ、のな。ここまで来て衝撃の事実を伝えるが……」
「もしかして、実は探し物なんてなかった、とか」
長くなりそうだったから数日前から浮かんでいた予想を告げると、普段は細い目を思いきり見開いてきた。
「やっぱりですか。だって先生、まともに探そうとしないで観光案内みたいなことばっかしてましたもん」
二人きりだったというのを抜きにしても、自称秘蔵スポットはどこも楽しかった。……笑い合った記憶がどうしてもよみがえるだろうから、改めて一人で巡る、なんてことは多分、無理。
「お前は、どうしてこんなことを俺がしたと思う?」
まさかの問いかけに考えが全くまとまらない。
「……ここまで来たら全部ぶっちゃけるが、俺は、お前の気持ちになんとなくだが、気づいていた」
全身から体温がなくなっていく。喉の奥が変な音を立てた。
私は今、ちゃんと立てている? 必死に隠していたのに、迷惑にならないように「いい生徒」であろうと努力していたのに。
——急にすべてが繋がった。こみ上げる感情を、笑い声で誤魔化す。
「そっか、わかりましたよ。私の思い出作りしてくれてたんですね。私が笑って先生から卒業できるようにって」
正直残酷でしかない。先生しか知らない場所をたくさん教えられて、つい自惚れたりした私はどうやって消化していけばいいの?
もしかして作戦だった? 私が食いつくと見越して、あんな作り話をしたというの?
「お前の言うとおりだ。……でもな、俺は、無理だったんだよ」
めちゃくちゃに罵倒してやろうとして、詰まる。
「意味が、わかりません」
気づけば、先生との距離が縮まっていた。両腕を伸ばせば簡単に捕らえてしまえるほどの位置に、先生がいる。
ぼやけた視界を拭って直すと、真剣な瞳とぶつかった。
「せ、んせい?」
「卒業するからって関係なく、お前は可愛い『生徒』のままだって思ってたのにな。……ある意味、探し物が見つかっちまったようなもんだ」
おそるおそる伸ばした手は、低めのぬくもりで包まれた。
「ありがとな。こんな奴、ずっと好きでいてくれて」
我慢できずに抱きついて、背中に感じたぬくもりにまた、目元が熱くなった。
お題:旅路の果てに
「あのね、聞いてくれる? この間あいつがね!」
「まーたくだらないことでケンカした?」
「くだらなくない! 今回は絶対あっちが悪いもの」
もう、本当にもう見守ると決めたから、今さら出しゃばるつもりはさらさらない。
けれど、時々妄想してしまう。
もし告白していたら、あいつと付き合っていたとしても諦めずにいたら、と。
俺たちが彼女と出会ったのは、クラスメイトになったとき――スタート地点は同じだった。いつしか三人でよく絡むようになって、たぶん俺が彼女を気にし始めたのと同じくらいに、あいつも惹かれていた。
「ちょっと、聞いてる!?」
「はいはい、聞いてる」
俺は二人のことが大切だから、なにより彼女の心がはっきりとあいつに向けられているとわかってしまったから、流れるように今の席に座った。
「全く、毎度毎度懲りないねぇ。ま、愛し合ってるのは充分わかってますけど?」
「なっ、ちが……わかないけど!」
ここで否定しないのが彼女の微笑ましいところだ。
「でも、こっちこそ毎度毎度ありがとね。あんたがいなかったから私たち、きっとうまくやれてない」
「え。なによ急に」
「いつも思ってたことよ。もちろんあいつも」
こういうときの彼女の瞳は曇りなくきれいな輝きを放っている。誰も逸らせなくなってしまう力も、持っている。
「……なにか見返りをお求めで?」
「もー、そんなわけないでしょ! すぐそうやってはぐらかすんだから」
はぐらかさないといけない気がした。こういう予感は悲しいかな、よく当たる。
「ま、だからいつでも悩んでること言ってね。どんな内容でも、絶対に受け止めるから」
声が詰まる前に、口を開いていた。
「それなら、今言っちゃおっかな。君たちカップルがもっと平和にならないかなーって」
「……ほんと、素直じゃないわね」
さっきの馬鹿げた妄想は、また深い深い場所へとしまい込んだ。
この世界は、誰にも壊させない。
お題:あなたに届けたい
「私も愛してるの、なんて言うと思った!?」
背中に強い衝撃が走り、視界が急に回る。なにもできないまま、憎悪で支配された表情の「恋人」が、見上げた先に君臨していた。
「家族をめちゃくちゃにした男に私が本気で惚れるとでも思ってた? あるわけないじゃない!」
未だに働かない頭の片隅で、必死に封じ込めた記憶が頭をもたげる。まさか、彼女は……?
「ようやく思い出したみたいね……最後の最後まで憎ませてくれて、ありがたいわ」
身体を起こしたくとも肩口にヒールの先をねじ込まれて叶わず、声もショックが大きすぎて出せない。
あのときは本当に馬鹿だった。若気の至りではすまされない。でも正面から向き合う勇気が持てなくて、一番取ってはならない方法で無理やり終わらせてしまった。――自分だけの、中では。
「怖い? でも安心して、愛しの私がちゃあんと幕引きしてあげる」
気味が悪いほどの柔らかな笑みを浮かべると口内になにかを突っ込んできた。
まさか。
「それ」に歯が当たってがちがちと耳障りな音が響く。彼女から表情が消えたのも、全身まで及んだ震えを増長させていた。
本気なんだ。
言い訳も命乞いの暇も与えてくれないほど、本気で。
「本気で愛した女の手で地獄に落ちるだけ、幸せだと思いなさい?」
二人で笑い合った日々が脳裏を駆け巡る。全部、偽物の笑顔だった。自分だけがみじめに踊り続けていたんだ。
「それじゃあね。死ぬほど愛おしい、死神さん」
お題:I LOVE...
「ほら、横になってみて」
繋がれたままの手を振りほどこうとしてみたが、やはり無駄に終わった。諦めて仰向けに寝転ぶ。
「……あ」
「気づいた? ここだけ木で覆われてなくて、空が見えるの」
光の届きにくかった道中が嘘のように、青空が二人を見下ろしている。
そういえば、空を意味もなく見上げるなんて、子どもの頃でもやっていなかった。
「ね、目を閉じてみて」
「ここで仮眠しろとでも?」
「違う違う。絶対後悔しないから」
ここまで来たら半ば意地になって、ぎゅっと目を閉じた。しょせん意味がないとわかれば諦めてくれるだろう。
呼吸が落ち着いてくると、周りの様子が少しずつみえてくる。
木の葉同士が気まぐれに擦れ合い、かすかながら鳥の鳴き声も時々混じる。身体を撫でているのは風? 歩いているときは全く気づかなかった。それに直接光が当たっていなくても、地面はほんのり暖かい。
眉間の力はいつの間にか抜けていた。眉間だけじゃない、全身を蝕んでいた余分な力さえも少しずつ浄化されているかのよう。
「気持ち、いいわねぇ」
心の中を見抜かれた。
「自然って怖くもあるけど、優しくもあるのよね。いつだってありのままで、人間を迎え入れてくれる」
「優しい人間」とはまた違う。むしろ明確な意思を持たないからこそ、素直に全身を預けられるのかもしれない。
――だって、誰が悪かったのかなんてわからないから。むしろ犯人がいないからこそ、負の感情をどこにぶつければいいのかわからなくて、胸中でめちゃくちゃに暴れて……。
やがて啜り泣く声がノイズとして混じり出しても、優しさはひとつも変わらなかった。
お題:優しさ
外から窓を打つかすかな音に気づいて、引手に手をかける。
一本の街灯に、細かな雨粒たちが照らされていた。
――夜遅くに降る雨は、きらい。
心を寄せてはいけないとわかっていて止められず、いろいろ失った哀れな過去の自分自身を思い出すから。
求め続ければ、いつか神が気づいて奇跡を与えてくれる?
馬鹿だ。現実は都合よく展開する物語じゃない。敢えてそんなふうに表現するとしたら「初めから未来は決まっていた」んだ。
雨音と混ざってお決まりの四文字を何度も告げる声がよみがえる。涙か雨かわからない水を頬に滑らせながら向けられた揺れる双眸を思い出す。苦しみしか生まないぬくもりに最後包まれたことを
力のままに窓を閉める。膝から崩折れた。目の奥が熱い、顎の奥が痛い、身体が震える!
――早く、早く過去にさせてよ。いつまで縛られないといけないの!
ふたたびあの四文字が、頭の中でこだました。
お題:ミッドナイト