「ほら、横になってみて」
繋がれたままの手を振りほどこうとしてみたが、やはり無駄に終わった。諦めて仰向けに寝転ぶ。
「……あ」
「気づいた? ここだけ木で覆われてなくて、空が見えるの」
光の届きにくかった道中が嘘のように、青空が二人を見下ろしている。
そういえば、空を意味もなく見上げるなんて、子どもの頃でもやっていなかった。
「ね、目を閉じてみて」
「ここで仮眠しろとでも?」
「違う違う。絶対後悔しないから」
ここまで来たら半ば意地になって、ぎゅっと目を閉じた。しょせん意味がないとわかれば諦めてくれるだろう。
呼吸が落ち着いてくると、周りの様子が少しずつみえてくる。
木の葉同士が気まぐれに擦れ合い、かすかながら鳥の鳴き声も時々混じる。身体を撫でているのは風? 歩いているときは全く気づかなかった。それに直接光が当たっていなくても、地面はほんのり暖かい。
眉間の力はいつの間にか抜けていた。眉間だけじゃない、全身を蝕んでいた余分な力さえも少しずつ浄化されているかのよう。
「気持ち、いいわねぇ」
心の中を見抜かれた。
「自然って怖くもあるけど、優しくもあるのよね。いつだってありのままで、人間を迎え入れてくれる」
「優しい人間」とはまた違う。むしろ明確な意思を持たないからこそ、素直に全身を預けられるのかもしれない。
――だって、誰が悪かったのかなんてわからないから。むしろ犯人がいないからこそ、負の感情をどこにぶつければいいのかわからなくて、胸中でめちゃくちゃに暴れて……。
やがて啜り泣く声がノイズとして混じり出しても、優しさはひとつも変わらなかった。
お題:優しさ
1/27/2023, 4:27:44 PM