Ayumu

Open App
1/26/2023, 2:41:20 PM

 外から窓を打つかすかな音に気づいて、引手に手をかける。
 一本の街灯に、細かな雨粒たちが照らされていた。

 ――夜遅くに降る雨は、きらい。

 心を寄せてはいけないとわかっていて止められず、いろいろ失った哀れな過去の自分自身を思い出すから。
 求め続ければ、いつか神が気づいて奇跡を与えてくれる?
 馬鹿だ。現実は都合よく展開する物語じゃない。敢えてそんなふうに表現するとしたら「初めから未来は決まっていた」んだ。
 雨音と混ざってお決まりの四文字を何度も告げる声がよみがえる。涙か雨かわからない水を頬に滑らせながら向けられた揺れる双眸を思い出す。苦しみしか生まないぬくもりに最後包まれたことを
 力のままに窓を閉める。膝から崩折れた。目の奥が熱い、顎の奥が痛い、身体が震える!

 ――早く、早く過去にさせてよ。いつまで縛られないといけないの!

 ふたたびあの四文字が、頭の中でこだました。


お題:ミッドナイト

1/25/2023, 2:02:09 PM

 自分のように身寄りをなくしてしまった未成年たちを引き取って、朝から晩まで面倒を見てくれている「お母さん」。
 みんなにとって、あの人の笑顔はなによりの安心感を与えてくれる一番の薬。
 でもいつからか、自分から見るあの人の笑顔は一抹の不安を与える毒薬になっていた。
 どうして自分一人だけ? そういえばあの人からは得体の知れない気持ち悪さを早くに感じていた。赤の他人を無条件で引き取ってくれただけでもありがたいのに分け隔てなく優しくて、威圧的になることも変に遜ることもなく対等に見てくれて、非難するところなんてひとつもないはずなのに。
 今まで人の好意に裏切られてばかりだったせいかもしれない。そう考えても、納得できなかった。
「なにヘンなこと言ってるの! 院長先生すっごく素敵な人じゃない」
「僕はそんなふうに思ったこと全然ないなぁ……気のせいじゃない?」
 改めて訊いてみても答えは変わらない。そう思いたい、思いたいのにやっぱり、確かな警告音が頭のどこかで鳴っている。

「ねえ、ちょっといいかしら? あなたにぜひ見せたいものがあるの」

 皺の刻まれた、いつもの柔らかな笑顔。
 なぜだろう、その皺の数が少ないように見えたのは。
 自然と後ずさりしてしまったのは。 


お題:安心と不安

1/24/2023, 3:52:12 PM

 逆光で写る人の写真は、怖い。
 まるでその人の抱える闇を容赦なく暴いているみたい。
 このときはいつもあたたかい存在の太陽が、ひどくつめたく感じる。敢えて荷担しているみたい。
 写真は「真実を写す」――だから私は、写真が嫌いだ。


お題:逆光

1/23/2023, 4:20:08 PM

 目が覚めて身を起こすと、思わず目の端に指を置いた。

 泣いている……。

 内容ははっきりと覚えてはいない。けれどひどく悲しい夢を見た。きっと「身を引き裂かれる」というのはこういう感覚なのだろう。
 まるで大切ななにかと離ればなれにでもなってしまったかのよう、いや、それ以上の衝撃が全身にまとわりついている。

 そういえば、誰かに、必死に呼ばれていたような……。

 もっと思い出そうとした瞬間、胸元がきゅうと苦しくなって咄嗟に右手で押さえてしまった。警告でもされているような気分になるのもまた、不思議でたまらない。

 もう一度眠れば、また「誰か」に会える……?

 会わないといけない気がした。明確な理由もなしに思うことこそが、一番の証明だった。


お題:こんな夢を見た

1/22/2023, 3:23:51 PM

 病室のドアを開けると、今日も親友はベッドに腰掛け、幸せそうな笑みを窓の外に向けていた。
 今日は一体、どの過去に心を置いているのだろう。
 最初は運命の出会いだったと語っていた結婚間近の恋人と、次に懸命に支えてくれた両親と、最後に辛抱強く待ってくれていた新しい恋人と……ショッキングな離別を三度も経験した親友は、現実に生きることを放棄してしまった。
 無力な自分がひたすら腹立たしかった。例えば何度声をかけても、ずっと過去を生きている親友にはなにも聞こえていない。担当医もいろいろと手を尽くしてくれているが、傍目には変化がみられない。
「でも、あなたにとっては現実に戻るほうが苦しいんだよね」
 わからなくなる。少しでも長く生きてほしい、またお互いに笑い合いたいと願っているからこそ、毎日少しでも回復するようにと祈っている。
 親友にとって苦しいのは今だけ。治ればきっと——でも、それは本当に?
 いったい、親友の未来はどうなっているのだろう?

 自分こそ、今すぐタイムマシーンを手に入れて過去に戻りたい。
 親友に降りかかる不幸すべてを振り払ってあげたい。

 数日前花瓶に生けた花を捨てて、新たな花を挿す。
「花の世話するの好きだったのに、また、枯れてたよ」
 響いた声は、それだけだった。


お題:タイムマシーン

Next