今日の地獄と戦った自分に
天国をあげよう
毎日の仕事内容より人間関係で疲れてしまう。
10人10色、いろんな人が居て当たり前。
分かっているけど、いろんな人からたくさんの話を聞く。誰もが違うことを言っている様にみえてしまう。誰を信じて良いのか分からなくなっている。
自分の味方が欲しいのか?
毎日誰かの裏切り、足の引っ張り合いばかり見聞き、体験する。
人はみんなそうなのかな。
助け合ったり協力したりしないの?
表では上手くやってる様に見えるけど実際は違うのか。
自分は不器用だからそんな仮面をつけた日常は無理だ。
そんな事を考えながら毎日仕事をしている。
まさに地獄。
家に帰ったら地獄と戦った自分へのご褒美を。
今日はどんなご褒美で天国を味わおうか。
一生忘れられない1日から月日が流れた。
オレは今1人でアパートの冷たい床の上で寝転びカーテンの無い窓から夜空を見上げている。
今でも常にあの日が思い出される。
上司を切りつけた時の限界だった自分の感情、思っていたより力が入り深く傷付けた時の手の感触。
鮮明に頭に焼き付いている。
それからオレは殺人未遂で捕まったが、初犯である事と他の社員の上司の発言内容、オレが鬱の初期症状があったという証言、何より強かったのは上司の息子さんの父親がいつも高圧的な態度で接していた事と成績が悪いと酷い言葉で罵倒されていて我慢の限界だった事、上司の奥様も上司に注意をしたが聞いてくれず、次は奥様を罵倒した事の証言で切りつけた事は重大な犯罪だが、同情の余地ありと判断され執行猶予が付いた。
その後の上司は重傷で入院したが、奥様とは離婚して息子さんも奥様の実家で暮らしていると聞いた。
あの日からオレは自分のした事で誰一人として幸せにならなかった事への懺悔の日々を過ごしている。
あの人と離れて暮らすようになって何日が過ぎただろうか。
あの日に至るまでに私にできる事はたくさんあったように思っている。
もう少しお互いに話ができていれば良かった。
あの人の様子から察する事もあったのに言いたくないこともあるだろうと聞かなかった後悔。
自分も辛い思いをした事があるからこそ分かることも あったのに行動に移せなかった。
今までの後悔とこの先の事を考えるとまだ答えは出せずにいる。
たくさんの方から色んな話を聞いてあの人の事を悪く言う人は少なかった。
会社の人も関わりたくないと思う気持ちがあることはわかる。私が同じ立場にいたら何もできず見て見ぬふりをするだろう。
相手の弁護士の方から伝えられた上司の奥様の言葉も分かる。
家の旦那があなたの旦那さんにした事で旦那さんは本当に辛い思いをされたと思います。だけど、人を傷つけてしまった行為は許せないでいます。こちらの思いで執行猶予を長くさせていただきました。この間に鬱病の治療と反省をして、二度と同じ事が無いようにして頂きたいと思います。
あの人のことだから今は1人で毎日懺悔の日々を過ごしているのだろう。
ちゃんと食事はできているだろうか。
今日は少しでも眠れただろうか。
毎日あの人を思っている。
窓の外の夜空を見つめる。
あぁ今日は私の好きなキレイな三日月。3回目のデートでまだお互いに話したくて、私のアパートの近くの公園でもう少しだけと言いながら長く色んな話をしたあの日の夜の月と同じだ。
あの人も今日の月を見てるだろうか。
オレは窓の外の月を見つめて3回目のデートを思い出した。
今頃妻はどうしているだろうか。
あの時は妻に会うのが楽しみだった。いつもの日常の他愛のない話をするのが楽しかった。
結婚していつからそんな他愛のない話をしなくなったんだろうか。オレに余裕がなくなったからか。
そういえばあの公園で話していた時に三日月が好きだって言っていたな。
妻も今日の月を見ているだろうか。
いつかあの公園で見た妻のあたたかい笑顔が見れる日が来るだろか。
いつかあの公園でみたあの人のぎこちないけど何故かこちらも笑顔になってしまう笑顔が見れる日が来るだろうか。
そんな思いを「月に願いを」込めて。
非常階段を駆け上がる黒い色の人影を見て私は一瞬身を隠し体を180度向きを変えて歩き出す。
違うかもしれない。きっと見間違いだ。
何度も自分に言い聞かせる。でも、どうしても見間違いと思えない。
そんな考えを打ち消すかの様に初めて出会った日のことを思い出した。
そろそろ結婚を考える歳になり、出会いのない私は初めてマッチングアプリを試してみた。
何人かと実際に会ってみた。しかし、第1印象で合わないなと思ってしまう。
旦那と初めて会うとなった日も正直また合わないだろう と期待をしないで行った。
少し早めに待ち合わせ場所である駅の南出口付近で携帯を見て少し時間を潰す。興味のある記事に夢中になっていると
‥‥ごめんなさい。少し遅くなってしまって。
と不意に聞こえて我に返り声のする方へ目を向けると
少し照れくさそうで、普段はあまり笑わない人なのかなと思わせる程にぎこちない笑顔で私を見ている。
いえ、少し前に着いたばかりです。
そうでしたか。良かった。1本乗り遅れてしまいまして‥すいません。あそこの喫茶店でどうでしょうか?
と駅前の2階の喫茶店を指さした。
はい。(慣れてなさそうだけど悪くない感じかな)
他愛もない話をして、初めて次の約束をして家に帰える。
そういえば旦那の笑った時の顔は初恋のあの人の笑顔によく似ている。
何だか影があって、ミステリアスな感じの人が私は好きなんだなと「初恋の日」を思い出した。
帰ろう。あの笑顔を見に。
いつもより乱暴に玄関を開け痕跡を残さないよう注意しながらシャワー室へ直行する。
一刻も早くこの後悔と自分への失望の匂いから逃れたい一心で走る。
乱暴に服を脱ぎ捨て直ぐに洗濯機を回す。
シャワーのお湯で全身を流し、足元を流れる赤茶色からオレンジ色に変わるお湯を眺める。
窓を20センチ程開けていつものシャンプーのいい香りに包まれると何故か落ち着いてきた。
ここでも思い出すのは、仕事のことだった。
オレは日々の業務を普通にやっているつもりだ。しかし、周りはそうでないようだ。
上司や先輩に鼻で笑われ、話し声は全てオレのことを見下して話しているようにしか聞こえない。
オレの思い込みか?いや、違う。
オレが部屋から出たあとに大抵オレを嫌っている上司と先輩が話した後に笑い声が毎回聞こえる。
オレの方をチラチラ見ながらヒソヒソ話して鼻で笑っているのが分かるのだ。オレの周り全員が敵に見える。
会社では必要最低限だけ話し、手持ち無沙汰にならないよう仕事を見つけて真面目にやっている。
何がいけない! いつまでこの状態が続くんだ?
毎回心で叫び続けていた。
全身の泡を流しながら、この憤りは消えることは無かったのかと落胆した。
「明日世界が終わるなら」とありもしない事を考えては、現実に戻り震えが止まらない。
あと3分で気持ちを落ち着けて出よう。
もうそろそろ妻が帰っている頃だ。
とうとうオレはやってしまった。
後悔の念にかられながら必死に走る。
体についた血の匂いなのか、それとも全力で走っている口の中から匂う血の味なのか。
そんなことよりも早く帰らなくては‥早く!
妻には知られたくない!
アパートの非常階段を駆け上がり、3階の踊り場を曲がった。
もう、限界か‥
急に足が重くなり、人に見られない所に隠れ呼吸を整える。
オレのこの姿を見たら妻はどんな顔をするだろうか?
「君と出逢って」オレはまともに生きたいと願った。
今は後悔しか無い。汗が目に入る。固く目を閉じ天を仰ぐ。呼吸は少しかるくなった。
もう少しだ!何としても妻より早く帰らなくては!
さっきより足は重いが、最後の力を振り絞る。
また血の匂いだ。後悔がオレを押しつぶす。
玄関を入ってシャワーを浴びたらいつも通りのオレに戻らなくては。知られてはいけない。