一人新幹線に乗るまでは良かった。
目的地のホームに着いた途端、人、人、人。
地元とは比べようもないくらいの息苦しさに、手荷物を少なめにしていて良かったと改めて思った。
ただ。
「……どっちに行ったらいいんだろう」
今いる場所も、目的地も分かるのに。
その間のルートが分からない。
以前来た時もその前も誰かが一緒で。
おびただしい人の群れ、溢れ返る匂いと熱。
少しの心細さに『街』に呑み込まれそうになりながら改札を目指す。
壁にもたれるよりも早く一息つきたくて。
少しでも早く、あいたくて。
結果として勝負には負けてしまったけれど。
目尻を少しだけ赤くし、笑みを浮かべるその横顔はやりきった達成感に溢れているように見えた。
少しだけ、落ち着きたくて。
人気のない通路をなるべく選んで柱の隅に座り込む。
ここは少し埃っぽくて、長居するべきではないのはわかるけれど、ほっと力を抜く。
それでも湧き上がる歓声や床を蹴る音がする。
あの顔に見合うだけの熱意はあっただろうか。
教わったことは十分に発揮出来ただろうか。
緊迫した場面であっても、あの人の声が反芻して、僕の身体を僕以上に動かした。
今も手が痺れている。
あの人はもうここで終わりだけれど。
あの人の想いは、教えは取り零さないように。
『やりたいこと』、やりたかったことを。
繋げられるように。
警戒心を露わにした、貼り付けた笑顔。
これ以上踏み込んでくるな、と予防線を張られた。
けれど、根は真面目の負けず嫌い。
興味が無いように見えて、その実何気ない会話や動きを素早く吸収して真似てみせる。
目が合いそうになれば反らされてしまうが、こちらを見る貪欲な目はいつだって獲物を狩るもののようだった。
そんないじらしさが可愛く思えた時にはすでにもう遅く。
初めの頃の社交辞令のような笑みではない、年相応に笑う顔は、そう、それはまるで。
『朝日の温もり』だ。
このまま地元で過ごし、好きな事を続けるのか。
それともあの人のいる、身寄りのない東京に行くのか。
まだはっきりとしない中での進路希望を前に、僕は『岐路』に立っている。
どうしたものかと考えても、相談に乗ってもらえるような人はいない。
結局は皆他人。
自分でどうするか決めるしかない。
分かっているのに軽率に考えられないのは、どちらも大事に思っているからだと信じたい。
「どうしたらって考えてる時には、自分の中でもう結論は出ている」
と去年卒業していった先輩が言っていた。
一理あるかと素直に思えたものだった。
そして今。
一足先に大人へと踏み出したあの人を呼び止めている。
機嫌が良いのか、鼻歌が聞こえてくる。
誰もが一度は聞いたことのあるメジャーな曲というチョイスではない辺りがあの人らしいなと思う。
けれど、これはなんの歌だろう。
聞いたことのあるような、ないような。
記憶力はある方だと自負している分、ご機嫌な歌が更に気になってしまう。
声が聞こえる方へ。
水音も聞こえてくる。
浴室のドアの向こうに影。
「ねえ」
シャワーが止まったタイミングでドアを開ける。
泡立つスポンジを手にしたままの彼が驚き跳ねて、目を丸くした。本当に猫のようだ。
「『世界の終わりに君と』なんて、なんの曲?」
「え?……えぇ?」
首を傾げ始めた姿を見るに本当に無意識なのだろう。
お邪魔しました、とその場を後にする。
そうして戻ったリビングでふと思い出す。
あれは彼のオリジナルだと。